弟子、風呂を覗かれ(?)る
「イザティって、青の民族のでしょう? わざわざ青の領土に行くような事でもねーです! わたしがつけてやるですよ」
「お前裁縫出来るのか?」
「当然でしょう。天才ですよ」
「ピーリカが裁縫してる所なんて見た事ねーけど。まぁいいか、んじゃ頼んだ。急ぎじゃねぇし、手紙書いてからでいいぞ」
師匠にシャツを手渡されたピーリカだが、つい見えを張っただけなのでボタンを縫い付けた事は一度もなかった。それどころかボタンをつけるような道具すら持ってなかったりする。とりあえず道具さえあれば何とかなると思っているピーリカは、まず糸と針を用意しようとする。
「じゃあわたしお買い物に行きたいんですけど」
「何だ突然。何買う気だ」
「それは内緒です。でもわたしお金持ってないので、ください」
「何だか分かんないもんに金なんか出せるか。何だ、便箋か?」
正直に針と糸と言ってしまえば、裁縫なんてしたことがないとバレてしまう。そう思ったピーリカは師匠に話を合わせた。
「便箋は持ってるですよ。猫ちゃんの絵が描いてある、かわいいやつです。ただあまりにもかわいいので、パパに使うには勿体ないです。だからパパ用の便箋買いたいですね。ゴミの絵が描いてあるやつとか」
「そんな便箋絶対売ってねぇよ。まず嫌な奴に金なんか使うな。だったら書き損じの紙くれてやるから、それの裏にでも書け」
マージジルマは一度地下室へ戻り、ペン二本と封筒一枚、いらない紙を数枚持って戻って来た。ゴミの絵が描いてある紙ではなく、実質ゴミの紙だった。
「ほら、嫌な事はさっさと終わらせろ」
机の上に紙とペンを置いたマージジルマは、ピーリカに座れと言わんばかりに椅子を指さした。
ピーリカは椅子の背もたれにシャツをかけ、大人しく椅子に座った。もしも抵抗して裁縫が出来ない事がバレたら、と心配をしている。彼女が一番恐れているのは、彼に嫌われる事だ。
ペンを握り、紙とにらめっこ。
「何を書けばいいんでしょう……そうだ!」
ピーリカは紙に自分の願望を書いた。すぐさま三つ折りにし、目の前の椅子に座った師匠へ渡す。
「書いたです。師匠は見ちゃダメですよ、絶対見るなです」
「へーへー」
マージジルマは言葉だけをピーリカに向け、別のいらない紙の裏に何かを書いた。
「師匠もお手紙書いてるですか?」
「あぁ。てめーの娘は預かった、絶対に帰さねぇって書いておいた」
「誘拐犯みたいですね……ま、まぁ悪くないと思います」
絶対に帰さないと言われ、ピーリカは少し喜んでいる。
ピーリカから受け取った手紙を、マージジルマは自身が書いた手紙と共に封筒に入れた。
「早く出さないと、追加で催促の手紙が来そうだからな。とっとと出してくる」
「じゃあ一緒に行ってやるですよ。師匠は迷子になるかもしれねーですからね」
「ならねぇよ。もう外暗いし留守番してろ。ついでにシャバん所行ってくる。ボタンつけといてくれ」
「あー、えー、ボタンつけるのは、ちょっと師匠が帰って来るまでには終われないかもしれねーです。師匠のシャツに触れる事はとても苦痛ですからね」
明らかに動揺している弟子を見て、マージジルマはピンときた。
「……お前、さては縫えないんだろ」
「そんな事ないです!」
「じゃあまず針と糸を出してみろ」
「師匠に見せる針と糸なんてありません」
これでもピーリカはまだ縫えないなんてバレていないと思っている。
全てを察したマージジルマだが、怒る程でもないと考えて。
「まぁすぐ着る予定もねぇし。気が向かねぇんなら風呂入って待ってろ」
「そ、そうですね。気が向かないので今日は縫いません。わたしは師匠と違ってキレイ好きなので、ちゃんとお風呂入って待ってるです。師匠はとっとと手紙出してきやがれです」
「俺だって綺麗好きだっての。余計な事はすんなよ」
「わたし余計な事なんてした事ないですけど」
「嘘つくな。とにかく行ってくる。知らない奴が来ても家に入れるなよ」
そう言って家を出て行ったマージジルマ。
一難去ったと思っているピーリカは、ため息を吐いた。
「全く、師匠ってばわたしの事を見くびってやがるですね。わたしは天才だという事をいい加減学んだらどうなんでしょう。それより早い所糸と針を用意しないとですね。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
いつもの泥棒魔法で召喚したのは、誰のものか分からないソーイングセットだった。
ピーリカの手の内に収まる程の透明な袋に入っていた、黒い糸に小さなハサミ。それから、縫い針とまち針が一本ずつ。
ピーリカが手に取ったのは、まち針の方だった。頭の部分に花の飾りがついていて、かわいいというだけの理由で選んだ。
「わたしは天才なので分かるんですよ。ボタンの穴に糸を巻いた針を刺せば良いんでしょう」
ピーリカはまち針に黒い糸をグルグルと巻き付けて、ボタンの穴に入れようとする。しかし花の部分が穴に通らず、引っかかったまま先に進まない。
「不良品では?」
ピーリカ・リララ。失敗をなかなか認めない少女である。
「この調子だと師匠が帰って来るまでには終わらねーですね。多分お風呂にも入っておかないと怒られるですし。仕方ない、もしかしたら少し待てば花の部分が萎れて通るようになるかもしれねーです」
花飾りは薄いプラスチック製である。
「これは明日にして今はお風呂に入っておくです。針と糸はしばらく借りておきましょう。どこの誰だか知らねぇですけど、許せですよ」
ピーリカは糸と針を袋の中に入れる。その姿をジッと見ているラミパスに注意する。
「いいですかラミパスちゃん、これは餌じゃねぇですからね。食べちゃダメですよ」
言われなくともそんなもの食べないよ。そう思っているラミパスだが言葉にする事は出来ない。
ピーリカは自分の部屋へシャツとソーイングセットを持って行き、隠す場所を探す。別に隠すようなものでもないのだが、どうせなら師匠には完璧なものを見せたいと思っていた。
ラミパスも低空飛行をしながらピーリカの後をつける。何か悪い事をしていたらマージジルマにチクろうとしている。
「ここなら師匠も気づかないでしょう。師匠は間抜けですからね」
ピーリカはこげ茶色のショルダーバッグの中に折りたたんだシャツとソーイングセットを入れた。
「問題はラミパスちゃんです。ラミパスちゃんは師匠と違って賢いので、バッグを開けられるかもしれません」
そんな無駄な動きはしない。そう思ったがフクロウは喋らない。黙ったままベッドの上に座っている。
「そうだラミパスちゃん、たまには一緒にお風呂入りましょう。そうすれば針を誤飲する事もないでしょう」
フクロウの名はラミパス。普通のフクロウでありメスではあるが、元白の魔法使い代表であるテクマと感覚をリンクしている者でもある。
ピーリカの言葉を聞き、ラミパス……というよりテクマは、フクロウの目を瞑らせて視界と意識を閉ざす。
その頃、遠く離れた白の領土で死んだように眠っていたテクマの本体。パチッと目を覚ましたもののベッドからは降りず。ラミパスの姿で喋れない分、テクマの口で考えを述べた。
「ピーリカ僕の事メスだと思ってるからなぁ……いやメスでもあるんだけど……ま、いっか!」
いい笑顔で再び目を瞑り、テクマは視界と意識をラミパスの体へと戻した。
ラミパスはピーリカに抱きかかえられ、脱衣所へと移動。将来マージジルマくんにぶっ飛ばされたらどうしよう、なんて思いつつも大人しくワンピースを脱ぐピーリカを見守っていた。
大量の電球を抱え帰って来たマージジルマは、リビングの止り木にラミパスがいない事に気づいた。白の民族代表という事になっているテクマがいなくなるのは、国にとって大問題であった。
「テ……ラミパス、どこ行った!」
大量の電球を机の上に置き、まず師匠が向かったのは弟子の部屋。ピーリカは疑われていた。
迷わず乙女の部屋を勝手に開ける師匠。デリカシーなんてものはない。
部屋の中にフクロウはおらず、それどころか弟子もいない。
これでもし弟子以外の、何者かがラミパスを連れ去ったのであれば。それはそれで大問題。
他の部屋を探し、それでも見つからなければ他の代表達も呼んで外も探そう。そう思った瞬間、風呂場の方から声が聞こえた。
「よし、キレイになったですね。さぁラミパスちゃん、温まるですよ」
マージジルマは聞こえた言葉を疑いつつも、すぐさま風呂場へ向かった。
勢いよく風呂場の扉を開ける。室内には湯気が籠り、その熱が彼の頬を撫でた。
マージジルマの眼に飛び込んで来たのは、浴槽の前で背もたれのない低めの椅子に座った弟子と白フクロウ。どちらも全身がずぶ濡れで、毛の先から水滴が垂れている。
「へ……し、しょう!?」
全裸のピーリカは顔を赤くし、サッと胸元を両腕で隠す。ちなみに下半身は膝上に乗った白フクロウが良い感じに隠していた。
だがマージジルマは幼い弟子の体には目もくれず、ずぶ濡れのフクロウだけを掴み持ち上げた。
「ひょわぁっ!?」
ピーリカはフクロウがいなくなったせいで下半身を隠せなくなった。軽く両足を上げて、見られて恥ずかしい部分は何とか隠そうとする。
弟子の事は気にせず、マージジルマは風呂から、脱衣所から出て行く。
その場に残されたピーリカは、ただただ呆然とするしかなかった。
ピーリカを風呂場に残し、リビングへと戻ったマージジルマは濡れたラミパスをタオルで乱雑に拭きながら尋問していた。
「何してんだよ」
『お風呂入ってたよ。何も心配しないで。僕はあくまで家族的な目でピーリカを見てるからね。下心なんてないよ。それにラミパスはメスだもーん。何も心配ないもーん』
マージジルマしかいないので喋る事を許されているラミパスは、平然と人の言葉を話す。
「家族であっても一緒に風呂入るなんてそうそうないだろが。大体、テクマは男なのか女なのか、どっちなんだよ。答え次第ではエサ抜きだからな」
『別にどっちだっていいじゃない。僕は僕だよ。それに、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。分かったよ。君とも今度一緒に入ってあげるから』
「一緒に入ってほしい訳じゃねぇよ」
『じゃあピーリカと一緒に入ってた事に怒ってるの?』
「当然だろ。あれだってガキとはいえ女なんだぞ」
『その女を冬場暖房代わりにする君に言われたくないんだけどなぁ』
「服着てるのと着ていないのとじゃ大違いだろうが」
『そこまで違わない気もするけど……君も今見たよね?』
「あ?」
『僕はまぁフクロウの姿だから、ピーリカにとっては何の問題もないよ。そもそも一緒に入るって言ったのピーリカだし。でも君は違うだろ? ピーリカからしてみれば、いきなり入って来ていきなり体を見てった訳だろ?』




