師弟、めかしこむ
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
「どうだピーリカ、うまいか?」
「ふぁい、おいしーです」
「そうか、よく覚えとけよ。これが人の金で食う肉の味だ」
「んぐんぐ、分かったです!」
守られて平和なはずの国で、嫌な事を教え教わっている師弟がいた。
ロクな事を教えていない男の名はマージジルマ・ジドラ。これでも一応、黒の魔法使い代表である。いつもならボサボサの黒髪にシワだらけのローブを着ているが、今日はシワ一つない白いワイシャツに黒のスーツパンツを履いていて。胸元の紺色のネクタイは緩められているものの、いつものだらしない恰好の彼を知る弟子にはそれはそれは格好良く見えた。
そんな弟子の名はピーリカ・リララ。黒髪に白いリボンをつけている。今着ている黒いワンピースはいつも着ているシンプルなデザインのものと似ているが、裾にフリルがあしらわれている。
彼女の身長は135センチと小さく、椅子に座ると床から足が浮いていた。マージジルマも158センチと決して大きくはないが、彼はちゃんと床に足がついている。
彼女達がいるのは黄の領土にある高級そうなレストランの中、壁際に用意された四角いテーブル席だ。
横に並んで座っている師弟。
ただでさえ場の雰囲気がいつもと違うというのに、恰好まで違うのだから。弟子はついつい、いつも以上に師匠をチラチラ見てしまう。マージジルマはその視線に気づいた。
「何だよ」
「べ、別に。師匠もこれくらいの料理を作ればいいのにと思っただけです!」
照れ隠しに慣れた手つきでフォークとナイフを使うピーリカは、小さな口に大きな肉を運ぶ。噛めば噛むほど肉汁の溢れるそれは、師匠がよく作る料理とは程遠い味。その違いの理由はマージジルマも理解していた。
「材料費だけでいくらかかると思ってんだ。やだよ」
彼はとても金に汚ない。
彼女達の目の前には、空席ながらもまだ未使用の食器が一組置かれていた。
肉を飲み込んだピーリカは、さらに誤魔化すように隣に座るマージジルマに質問をする。
「ところで師匠、お客さんはまだ来ないですか?」
「あぁ、少し遅くなるから好きなもん注文して食べてろって。金は全部出してくれるっていうから、今の内に色々頼んどけ。食べる気がなくてもいい、高いの頼め。余ったら持って帰る」
メニュー表を広げたマージジルマは、料理名を見ずに値段を見ている。勿論、既に自分の分の肉は平らげた後だ。
ピーリカは彼の持つメニュー表を覗き込んだ。
「わたしアイスが食べたいです」
「アイスは……食っても良いけど、持って帰るの大変そうだから。どうせ頼むなら、こっちのアイス添えワッフルってのにしろ。こっちの方が高いからな。食いきれそうになかったら、アイスだけ食ってワッフルは持って帰れ」
何ちゅう客だ、近くにいた店員はそう思ったが黙っていた。
ピーリカは改めて店内を見渡す。壁に飾られた花の絵に、天井から吊るされたシャンデリア。ピーリカにとっては普段自分が暮らす森とはどう見ても別世界で、今着ているステキな服にピッタリの場所だった。
「にしても、いいお客さんですね。お金持ちですか」
「あぁ、お金持ちの奥さんだ」
「……奥さん!? まさか子供もいるんじゃ」
「いるぞ。息子が三人だったかな」
ピーリカは覚えている。師匠の初恋相手が巨乳の人妻子持ちだという事を。
「そんな人妻と会うなんて……師匠、不倫はいけないんですよ!」
「誰がするか!」
「じゃあ何で会うんですか」
「普通に仕事だっての」
もしかしたら不倫はしていなくても、初恋相手かもしれない。そう思ったピーリカは無駄にファイティングポーズをとる。
「わたし、負けねーですからね!」
今日も彼女は師匠に対して素直に恋心を告白する事が出来ない。ただ決意表明だけは出来た。
そんなピーリカを見て、マージジルマはニッと笑う。
「おういいぞ。俺に負けないくらい食え」
勿論、恋心は伝わってない。
そんな二人の元に、カツンカツンと靴の音を響かせながら近づいた者がいた。
「マージジルマ様、遅れてごめんなぁ」
そう言って二人の前に現れた、黄色の髪に赤いパーティードレスを着た女。
女のなだらかな胸を見て、ピーリカは師匠の初恋相手じゃないなと判断した。それによく考えてみれば、結局あれは夢だったような。なんて思っている。
敵じゃないと判断したピーリカは、安心して最後の一口を食べた。
マージジルマは女に笑みを返した。
「いいよ別に。それで? 要件は?」
「そない急がんでもえぇやろ。デザートでも食べたらえぇわ。奢ったるさかい、好きなもん頼み」
「……このスーパーウルトラハイパーミラクルとってもとってもロマンチックパフェとかいうやつ」
「流石マージジルマ様、店で一番高いデザート頼みよる。ええけどな」
女は席に着くと、店員に「ワインを」と注文を入れた。マージジルマもパフェとアイス添えワッフルを頼んだ。
店員はすぐさまグラスと液体の入った瓶を持ってきて、グラスを机の上に置き、その上で瓶を傾ける。トクトクと注がれる赤い雫に、ピーリカは興味を示した。
「わたしもその赤いの飲みたいです」
「あれは大人にならないとダメだ」
果実の香りが楽しいその飲み物は、ある年齢に達した大人には美味なるものだが成熟してない幼子には毒と言われている。
師匠に止められ、ピーリカはパンパンに頬を膨らませる。だがアイス添えワッフルが目の前に運ばれると、すぐに機嫌を直した。
その様子を見て、女はにっこりと笑う。
「ピーリカ嬢ももう少し大きくなったら一緒に飲もな。マージジルマ様は? 一杯どうや?」
「んにゃ、俺も飲めないから」
「あれ。マージジルマ様、まだ飲める歳ちゃうんやったっけ?」
「じゃなくて、飲んだら気持ち悪くなるからな。どんなに高くても諦めてる」
「あぁ、体質的にあかんタイプか。ならしゃーない、ここはジュースもうまいで」
「コーヒー」
「えぇよ、好きなん選んだって」
マージジルマはすぐさまコーヒーを追加で注文した。勿論、数あるコーヒーの中から一番高いものを選ぶ。遠慮など全くしない。
しばらくして、コーヒーと共にワゴンで運ばれて来たスーパーウルトラハイパーミラクルとってもとってもロマンチックパフェ。専用の巨大グラスに多くのクリームや果物、様々な味のアイスなどが入っている。
女はグラスを手に持ち、左右に揺らしながら口を動かす。
「さて、じゃあ食べながらでえぇから話聞いたって」
「やべぇ、これアイス入ってる! 持って帰れねぇ!」
「マージジルマ様、話は聞いてな?」
マージジルマはスプーンを手に持ち「残すならワッフルな」と言い弟子のワッフルの上にパフェの一部を移動させている。ピーリカはワッフルが豪華になった上、師匠に構ってもらえキャッキャッと喜んでいる。
パフェを弟子に分け与え終えたマージジルマは、パフェを食べながら女の話に耳を傾けた。
「分かってるって。んで、何をしろって?」
「うちの旦那、どうにかしてほしいんよ」
「ま、そういう話だろうなとは思ってた。どこまでやっていい?」
「考え方改めるくらい。あんまりボコボコにしたら国に影響出るさかい。他人には迷惑かけない方法がえぇな」
「ん。じゃあ軽く殴る方向で計画を立てよう。で、報酬は? この食事代とは別に用意してくれるんだろうな」
女はフッと笑い、ワインを口にした。かと思えば、一気に飲み干されて空になったワイングラスを勢いよく机に置く。そして。
「明日から一か月間、電気代全額タダにしたる!」
「乗った!」
もう一度記しておこう。
彼はとても金に汚い。
そんな師匠でも嫌いになれないピーリカは、アイスを食べながらも見つめていた。




