弟子、師匠を椅子にする
「全く、散々な目にあったです」
ピーリカは黒の領土へと戻って来ていた。どうでもいいが、ピピルピはピーリカの魔法で桃の領土へと強制送還させられ「一人寂しーい」なんて言っている。
「お、ピーリカ嬢。今日は野菜買う?」
「ごきげんよう愚民。買いません」
この間の野菜売りがいる街中までやってきたピーリカ。野菜売りは赤く熟した実を持って見せてきたが、ピーリカは首を横に振る。野菜売りも流石に本気で子供相手に押し売りはしない。
「そういや、この間のエトワールって子には会えたの?」
「会えましたよ。わたしの素晴らしい行動でエトワールには笑顔が戻ったです」
「ピーリカ嬢が素晴らしい行動をとるなんて、そんな嘘つかなくていいから。嘘つくと来年からサンタマン来ないよ?」
「嘘なはずないでしょう! わたしはお利口さんですから、今後もサンタマンは絶対来るですよ。おっと、こんな奴と遊んでる暇はないです。早く帰って師匠の面倒を見るです」
ピーリカはゆっくり大人になろうとしている。もう大人になれる方法なんて聞いたりはしない。
だが彼女の心情など知らない野菜売りは、いつも通りピーリカを鼻で笑う。
「面倒みられる側が何言ってるんだか。大人ぶってもピーリカ嬢はまだまだ子供だよ」
「うるせーです!」
ピーリカは怒りながらも駆け足でその場を去る。その歩幅はまだまだ小さいけれど、踏み込んでいく一歩一歩は確実に彼女を成長させていた。
「ただいまですよー」
もうボイコットもしてないので、ピーリカは普通に師匠の待つ家へ帰宅した。だが返事はない。
「師匠ー?」
廊下を通り、ピーリカはリビングへ顔を覗かせる。そこにはソファに座るマージジルマの後ろ姿が目に入った。
「いるなら返事くらいしたらどうです」
そう言って彼の顔を覗き込むと、すぐさま師匠が返事をしなかった理由を把握した。マージジルマは毛布に包まり、ソファの上で眠っている。
「全く、こんな所で寝るなんて。風邪引いても知らねーですよ」
そう言いながらも、ピーリカは部屋の中をキョロキョロし始めた。自分と師匠以外に人はおらず、ラミパスも部屋の隅の止り木の上で眠っている。
ベッドに入るのは巨乳じゃないとダメだと言われたピーリカだが、膝上に乗るのはダメだとは言われていない。ボイコットをする前には、むしろ引っ付いてろと言われコートの中に入れられていたくらいだ。
彼女は恋焦がれの種とも言える、その温もりが忘れられなかった。周りの者が何と言おうと、叶うのであればもう一度。その熱を味わいたい。
ピーリカは少しだけ毛布をめくり、マージジルマの膝上にそっと座る。
「ふふん、世界で一番愛らしい弟子の椅子になれる事を光栄に思えですよ」
言葉は偉そうだが、にやけが抑えきれていない。
にやけ顔のピーリカは、再び周囲を見渡した。今度は真上にも目を向けて、師匠がまだ寝ている事を確認する。
「別にね、子供であろうとなかろうとね、こうね、するのはね、悪くないと思うのですよ」
誰に聞かせているのか、ピーリカは言い訳を呟きながら向きを変えて、師匠の膝上に座り直す。腕を回し、抱きつくように座った。
「全く、態度も体もデカい師匠も寝てりゃ可愛げあるんじゃないですか。思わず笑っちゃうですね、へへへへへへへ」
にやけを隠す事すら忘れるくらい喜んでいるピーリカ。だが悦に浸っていたのも束の間。ある視線に気づき、顔を上げる。
まだ寝ぼけているのか、マージジルマはボーっとした表情で弟子を見つめている。
「ち、違うですよ、これは師匠を跪かせるための作戦ですからね!」
薄っすらと目をあけているマージジルマに、一体彼女はどんな顔を見せたのか。
それは彼しか知る事はなく。彼以外が知る前に隠されてしまった。
彼女の後頭部に添えられた彼の右手。胸の方へ寄せられたかと思えば、ギュッと抱きしめられた。
「あ、あのっ……師匠っ……」
「……巨乳と間違えた」
マージジルマはそう呟いて、ピーリカを自分の膝上から冷たい床上へと降ろした。毛布を弟子にかぶせ、そして何事もなかったかのように台所へコーヒーを入れに行く。
そんな態度を取られてしまっては、ピーリカは怒りと悲しみを半分半分に抱き。
「きょっ、なっ、ゆっ、許せない!」
一応怒りの声を荒げはしたものの、師匠の温もりが残った毛布を握りしめて包まっているのだから彼女は素直じゃない。
マージジルマは怒られても気にしていない。本当に巨乳と間違えたと言わんばかりに、しれっとした顔でコーヒーを入れる。実際の所、彼が自ら求めた巨乳なんてただ一人しかいないのだが。
真実を知らないピーリカは、やっぱり早く大人に、胸だけでも早く大きくなりたい。なんて思ってしまった。
だが残念ながら、後日彼女はワザと危ない目にあった事をマハリクにチクられ。大人だと思われるには遠のいてしまっている。
「今回ばかりはババアの意見に賛同してやる。このバカ。怪我させていいのは悪い奴だけなんだよ! 自分で自分傷つけるような事すんな!」
(他人から見ればその怒り方もどうなんだと言われそうではあるものの)マージジルマはちゃんと弟子を叱った。
頬をつねられたピーリカは目元に涙を溜めている。
「反省しましゅよ、しますってば! だからわたしのきゃわいいほっぺつねるのやめろでしゅ!」
偉そうではあるが反省すると口にしたピーリカ。自称とはいえ、天才であるピーリカは師匠が愛らしい自分を心配して叱っているのだと理解していた。
師匠に叱られている内はまだまだ子供で半人前。
頬をつねられ怒ってはいたものの、心の中ではしっかりと反省し。大人になるためにも、少しだけ勉強を頑張る事を決意したピーリカなのだった。
サンタマン編完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました!
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