弟子、落ちる
その頃、彼女達の大声は大地の上で弟子達を待っていたマハリクの元にも届いた。
「何を騒いでるんじゃアイツらは……」
「おばあ様ーっ」
マハリクの耳に、弟子達の声の他に女の声――ピピルピの声も届いた。ピピルピは未だにシャバから借りた服を着ている。
「なんじゃピピルピ、シャバと一緒に帰ったじゃろ。それに何でまだアイツの服を着とるんじゃ」
「うん。一度はシーちゃんに送ってもらったし、お礼のチューもしたんだけど。やっぱりピーちゃん達と一緒に暮らすのも悪くないなって思って、戻って来ちゃった。上着はくれるって。シーちゃん優しい」
「お主もシャバも馬鹿だ。マージジルマも加えて北の三バカだよ」
「確かに領土の位置は北側だけど。そんな意地悪言わないで、素直に好きって言って」
「言わん」
ピピルピから顔を背けたマハリクは、空を見上げた。ピピルピはマハリクに抱きつき、同じように空を見上げる。空の上で騒ぐ弟子達の声は、ピピルピにも聞こえていた。
「それよりどうしちゃったの、これ」
「ピーリカとエトワールがやらかしたのさ。離れんかい」
「どうやらかしたらサンタマンにお礼を言うのかしら……それにしても、意外よねぇ」
「そうだよ。あんな存在しないもんに礼を言うなんて馬鹿げてる。そんな事より離れんかい」
「え? 違うわよ。エトちゃんがお礼を言うなんて意外だなって」
「何を言う。エトワールは礼儀正しい子じゃぞ。言ってる相手はともかく、礼くらい言うわい。いいから早く離れい」
どんなに離れろと言われてもピピルピは離れそうにない。それどころか胸を押し付け始め、何事もないかのように口を動かす。
「そうじゃなくて、エトちゃんってサンタマン信じてたんだなぁって」
そう言われて、マハリクは目線だけをピピルピの方へ動かした。
「……何?」
「だってエトちゃんって普段はすっごく真面目だし、お勉強も出来る子だから。おばあ様みたいにサンタマンなんていないって言うと思ってたわ。いくら子供のためのイベントって言ったって、楽しみにしてる子ばっかりじゃないもの。パンプルさんの子供みたいに興味のない子だっているし」
確かにエトワールは、サンタマンを信じなさそうと言われてもおかしくない程普段は落ち着いている。だがマージジルマの話によれば、サンタマンが来なかったと言って泣いたとまでいう。
マハリクは考え直す。もしかして自分が思っている以上に、エトワールはまだ子供なのだろうか、と。
しかし。
「……信じていても、信じていなくても。やっぱりサンタマンなんて必要ないよ」
「あら、そんな事ないわよ。だってサンタマンが来るのってドキドキワクワクするじゃない」
「それが何の役に立つんだい」
「役になんて立たなくていいのよ。ドキドキもワクワクも知らないなんて、楽しくないわ。だから私達大人はサンタマンに来て欲しいって子には全力でプレゼントを用意しなきゃ」
「楽しさなんてあったって仕方ないだろう。勉強して、将来良い仕事につくのが幸せだ。それでいいじゃないか」
マハリクはエトワール達の方へ視線を戻した。ピピルピはそんなマハリクを見つめる。
「もしかしておばあ様、エトちゃんにサンタマンのプレゼントあげなかったの?」
「必要ないと思ったからね。来なかったって泣くとは思わなかったよ」
「うーん……本人が必要ないって言ったのならまだしも、おばあ様がそう決めつけちゃったのは良くなかったかも?」
「何故」
「大人だって大切な人が来る事を期待してたのに来なかった、なんて事があったらガッカリするでしょう」
「そんな事でガッカリしてどうする。人生もっと辛い事だってあるんだよ」
「んもぅ、おばあ様は人生経験豊富で既にそういう経験をしてきたからそう言えるのよ。エトちゃん達はまだまだ体験した事ない事だらけなの。時には辛い経験をしなくちゃいけない事もあるでしょうけど、そんな辛い事ばっかじゃ生きるのさえ嫌になっちゃうわよ。楽しい気持ちにさせてあげられるのなら、そうした方が皆幸せじゃない」
そう聞いてマハリクは黙り込んだ。エトワールは強い子だ、自分を傷つける事も殺めるような事もしない。そう思っていた。けれど。
マハリクが思い出したのは、先ほどのピーリカの行動。彼女の危険な行動も、何も考えずに行われた訳ではない。ピーリカが考えに考えて、絞り出された結果。
いくらピーリカとエトワールは性格や私生活が違うと言えど、同じ年頃の少女だ。ふとした瞬間に似たような事を考えて、似たような行動をとったかもしれない。そしてそれが、今後現実にならないとも言い切れない。
「……だからって、今更やっぱりサンタマンはいるなんて言えんわい」
「無理にサンタマンがいるなんて言わなくてもいいわよ。人を喜ばす方法なんていくらでもあるもの。私とイチャイチャするとか」
「それはないね」
「そうやって何でもかんでも否定するのは良くないわ。何事にもトライよ」
「それだけはないね」
「そんな事言わないで。何ならおばあ様が私とイチャイチャしてくれても良いのよ」
ピピルピは老婆相手にも興奮出来る。杖の先端で容赦なく頭を殴られても、ピピルピは喜んでいる。
「あっ、変態がいる!」
気が済むまでお礼を言えたのか、ピーリカとエトワールはようやくマハリクからも目視出来る距離まで降りて来た。
ピピルピは片手でマハリクの尻を撫でながら、もう片方の手でピーリカ達にに投げキッスを送る。
「あらピーちゃん、エトちゃん。私に会いに来てくれたのね。嬉しいわ」
「貴様がいるなんて知りませんでした。早くどっか行けです!」
「じゃあ一緒に帰りましょ」
「嫌です! どこにも行かないと言うのなら、こっちがどこかに放ってやるです。ラリルレリーラ・ラ・ロリーレ!」
ピーリカはピピルピを別の場所へ連れて行く魔法をかけたかった。だがピーリカの魔法は相変わらず間違っている。
ピーリカの手元に魔法陣が現れ光ったかと思えば、どこかへ行ったのはピピルピではなくピーリカ達がまたがっていたほうき。魔法陣と共にパッと消え、空の上に残されたピーリカとエトワールは勢いよく落ちる。
「うわーっ!」
「きゃあああっ」
自分や他人を守る事の出来ない黒の魔法しか知らないピーリカは、当然落ちる事しか出来ない。
エトワールは工夫次第では自分や他人を守る事も出来る緑の魔法を使えるものの、咄嗟にそれを発動させる発想や心の余裕はない。
経験不足な子供達は、何も出来ずにただただ叫び落ちる。
亀の甲より年の劫。マハリクはすぐさま緑の呪文を唱えた。
「ルルルロレーラ・ラ・リルーラ!」
地面に落ちそうになった子供達の下に現れた、巨大な花の蕾。その上に落ちた彼女達の体を包むふんわり香る甘い匂いは、まるでお菓子のようで。
助かった安心感と欲しかったものを思わせる香りに、エトワールは少し涙目になりながらも。蕾の上に寝転び、その香りを楽しんだ。
一方ピーリカは柔らかな蕾の上に落ちた感触が楽しかったらしい。蕾の中から地面へと飛び降り、無邪気に輝かせた目でマハリクを見つめた。
「もう一回やらせろです!」
「反省せい!」
怒られたもののピーリカから目の輝きは消えていない。
マハリクは今回ピーリカが危険な事をした件に関して全てマージジルマへ説教ついでにチクる気でいる。だが今は他人の弟子より自分の弟子。ピーリカの視線を無視し、未だ蕾の上に寝転んでいるエトワールの前に立つ。
「エトワール、無事なら立ちな。帰る気があるならついておいで」
「はい。助けていただきありがとうございました。この素敵な魔法、私も使えるようになるまで修行します」
「……本当に、サンタマンとかいう奴に会いたかったのかい?」
「え? えぇ。でももう良いんです。ご挨拶は済みましたから。今はそれよりお師匠様とお勉強致します」
「……気が変わった。今日は菓子でも作るよ」
「菓子……お菓子ですか? お師匠様、料理出来ないのに何をおっしゃっているのですか」
「うるさいね、そういう気分なんだ。付き合いな」
「わ、分かりました」
そういうとマハリクは彼女達に背を向け、家へと続く道を歩き始めた。エトワールは名残惜しそうにしながらも蕾から足を出す。その瞬間、蕾はスッと消えてしまった。
エトワールは目元を擦り、ピーリカに向け軽く会釈。
「それではピーリカさん……ありがとうございました。ではまた」
顔を上げたエトワールは、マハリクの後ろをついて行く。
残されたピーリカはピピルピに体のあちこちを触られまくっていた。天罰かもしれない。
「待てです二人とも、この変態も連れてってくださ、う、うわーっ!」




