小説を出版する
いろんなきっかけで小説を書く人がいる中で、自分のきっかけは謂わば暇つぶしと脳トレだった。何て理由だと自分自身でも思ったりするが、きっかけなんて何でもいいと思う。そんな理由で始めた小説が出版出来たりもするのだから。
一年ほど参加し続けたテーマ短編から少し離れ、また自分が書きたいと思ったもので書く方向に戻して書く事を続けていた。この頃には無事仕事も見つかっていた。仕事が始まったら書けなくなるんじゃないかと不安もあったが、すっかり小説が自分のリズムになっていたからか、月に一本何かを書くという習慣は自然と続けられていた。
明確なきっかけはいまだに自分自身もよくは知らないが、確かどこかの漫画家の方がツイートしてくれたと教えてもらった記憶がある。
ある日Twitterを開いたら今まで見た事もない通知数が画面に表示されていた。何だ何だと思ったら、テーマ短編に参加していた時に書いた時の話がTwitterでバズっていた。この時”バズる”という表現も知らず、ただただ急な事でパニックだった。Twitterの画面を開く度に通知が表示されるという状態だった。それと合わせてなろうのページにも感想が書き込まれ続けポイント数は恐ろしいスピードで伸び続けた。
もう寝る前の時だったので、「おいおいいつまで続くんだこれ」とその時は嬉しさより急な出来事で驚きと恐怖の方が大きかった。
もちろんそんな事がいつまでも続く訳はなく、一日経つと通知は鎮火するように一気に落ち着いた。やっと自分自身も落ち着く事が出来、頂いたコメントや感想を噛み締める事が出来た。
内容が内容なだけにごもっともな指摘ももちろんあったが、概ねは好評な内容だった。自分自身怒られるんじゃないかと思って勢いで書いた話だっただけにそれなりに覚悟はしてたつもりだったがその心配は杞憂に終わってくれた。
三日も経てばそんな出来事なかったかのように全てが通常通りに戻った。
フォロワー数やお気に入り登録してくれた方は爆発的に増えた。でも何かが大きく変わる事はなかった。
それからも月一ペースで話は書き続けていた。けど、ポイントの平均点が上がるわけでもなく、バズる前と何ら変わらない状況だった。一時倍以上に増えたフォロワー数はみるみるうちに減っていった。
まあそんなものだろうなと思った。別に文句も何もない。自分自身あんな話を量産出来る気もしなかったし、出来ることはいつも通り書く事だけだった。
もちろん面白いものを書こうと思って書き続けてはいるが、別に自分のファンになってくれたわけではない。ただたまたまその話だけが面白かっただけで、自分に興味を持ってくれたわけではない。そういうものだと思う。自分だって何かの娯楽に触れる中で作品は面白くてもそれ以上追いかけようとまではなかなか思わない。
だからこの出来事は良い夢を見させてもらったなと、自分の中で素晴らしい思い出として大事に残っている。そしてそれで終わりだと思っていた。
でもこの出来事がきっかけでとある編集者の方にこの作品が目に留まってくれた。
「この話を出版しませんか」
なろうのページにそんなメッセージが届いていた。
小説家になろうと思って小説を書き始めたわけではない。それでも自分の本が出せたらいいなとは薄っすら夢見ている部分はあった。
人生の中で自分の本が残せるなんて滅多にない機会だ。ここで逃したらきっと一生ないだろう。断る理由なんてなかった。そして人生で初めて小説を出版する事が決まった。
大変ではあったが、何とか時間を作りながら本にする為の作業を続けた。初めての事だらけで不安も大きかったが、編集者の方から的確にフォローして頂いた事で不安はなくなり、安心して作業を進めていく事が出来た。
すごいなと思ったのは校閲だった。自分の書いたものを隅から隅まで読み、表現・内容含め指摘をしてくれた。時にその内容に「え、じゃあこれ全部書き直さないとダメじゃない?」と絶望しながらも、自分には絶対に出来ない仕事だとその凄さに感動した事を覚えている。
そんなこんなで原稿が出来上がった。そこから表紙のイラスト等本にする上で提案してもらった諸々を確認しながら順調に進んでいった。
出版するという話が出てから約一年。ついに本が完成した。送られてきた製本は大事に今も家に置いている。出版情報が解禁され、発売日が訪れた。いつも行っている本屋に行くと、自分の本がしっかりと積まれていた。
ーーすげぇ。
素直に感動した。毎週のように立ち寄る本屋に自分の本が並んでいる。生きていて味わった事のない感動だった。こんな日が来るなんて思いもしなかった。日を空けてまた来ると、積まれた本が減っているのを見てまた嬉しくなった。自分が書いた本を買ってくれている人がいるのだ。
嬉しさの中にまだ不安は残っていた。自分の中では納得のいく話が書けたとは思っていたものの、元の話を膨らませて書いた一冊だっただけに内容が受け入れてもらえるかのという懸念はあった。
ネットで検索すると読んだ人の感想を拾うことが出来た。厳しい意見もあったが、思っていた以上に響いてくれた意見もあった。大げさに思われるかもしれないが、生きている意味が自分にもあったんだなとその時思えた。
こうやって誰かの心に残るものが書けた。改めて本当に本を出せて良かったと思った。