子猫の名前は茶々(5)
パンツ、だと思う。
でも、僕がいつも穿いているトランクスに比べると布の面積が格段に少ない。水泳選手やお笑い芸人が穿いている三角形の水着に形は似ているけれど、こんなに小さくて細くてきらきらしているのは見たことがない。
腰ゴムのところに三角形の小さな宝石が、大事なものを隠すところには六角形の宝石がびっしりと埋めこまれていて、部屋の光で輝いている。腰ゴムの上部の白い台形型のでっぱりにだけ、宝石がついていなかった。
再び目を細めてそれを観察していると、先週、塾の社会の授業で習った縄文土器に似ているなと思った。土器はこんなに細くて薄くて小さくないけれど。
「じい、ちゃん。な、なに、これ?」
「これはTバックマシンだ」
じいちゃんの瞳はパンツの宝石に負けないくらい輝いている。
「たいむ、ばっく、ましん?」
「これを使えば、隼が戻りたい時に戻れる」
「こ、この子を助けられるの?」
「それはやってみないとわからない」
「やる!」
僕は力強く頷いた。
疑いもためらいもなかった。じいちゃんが言うなら間違いなく時間を戻れるんだ。
だって、じいちゃんはすごい発明家なんだから。
今の僕の瞳は、じいちゃんの瞳よりも、Tバックマシンよりも、輝いているに違いない。
「どうやったら、戻れるの?」
僕は待ちきれずにきいた。
「簡単だ。Tバックマシンだけを穿いて、色んな人に見られながら走るだけだ」
「えっ……」
僕は驚きで言葉を失った。
そのマシンだけを穿いて走るなんて……、絶対無理だよ。
「隼、Tバックマシンだけを穿いて人前を走ると、どういう気持ちになると思う?」
「…………恥ずかしい」
想像するだけで、耳に熱が集まっていく。
「そう、それだ」
じいちゃんの声が高くなった。
「その恥ずかしいという気持ちがエネルギーになるんだ」
「でも、そのマシンだけを穿いて走るなんてできないよ」
「連れて帰らなかったことを、後悔しているんじゃないのか?」
「……うん」
「連れて帰るかどうか、もう一度、隼自身で選ぶんだ」
僕はTバックマシンから、膝の上に視線を落とした。
この子猫を助けたい。でも、恥ずかしい。でも、助けたい。
今度は助けたいと恥ずかしいがぶつかった。唇をぎゅっと噛み、気持ちを戦わせる。
「じいちゃんがそばにいるから大丈夫だ」
顔をあげると、優しい笑顔のじいちゃんと目が合った。その瞬間、心強い安心が生まれ、それが助けたいを後押しした。
僕は決意を胸に口を開いた。
「やる」
今度は、助けたい気持ちが勝った。
遅すぎる決心だけれど、Tバックマシンならその遅れを取り戻すことができる。
目を細めて何度も頷いてくれるじいちゃんがいつもよりも眩しくて、かっこよくみえた。じいちゃん、すごすぎるよ。
僕はマフラーに包まれた子猫をじいちゃんに預け、Tバックマシンを穿いた。
お尻にひんやりとした空気が触れるのを感じて、恥ずかしさがものすごい勢いでわきあがってきた。
「隼にはまだ大きかったかな」
じいちゃんが言った。
大人用なのか、腰ゴムのところを持っていないと今にもずり落ちてしまいそうだ。
「ちょっと待ってろ」
そう言うと、じいちゃんは子猫をソファーの上にそっと置いて、机からテープとハサミを持ってきた。
じいちゃんが腰ゴムの台形のところに優しくテープを張っていく。お腹にぺたりとくっついたテープの感触がくすぐったかった。
「移動するからこれを着なさい」
僕はじいちゃんから差しだされた黒いロングコートを受け取った。
わざわざ移動しなくても、すでにすごく恥ずかしい。
「じいちゃん、今、すごく恥ずかしいんだけど、ここで走ったらだめなの?」
「戻るにはたくさんのエネルギーが必要なんだ。だから、色んな人がいるところで走らないと意味がない」
じいちゃんは、にかっと笑った。
何でうきうきした顔をしているのだろうか。僕がこれからTバックマシンだけで走るというのに。
僕はどんどん膨らんでいく恥ずかしさとコートの裾をずるずると引きずりながら、じいちゃんと一緒に裏口から外にでて、母さんに見つからないようにこっそりと家を後にした。