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Tバックマシン  作者: Tai
第七章
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未来をみつめた瞳(8)

 

『今朝七時二十分頃、丹駕駅前のビル建設現場で台風八号の影響と思われる突風にあおられ、足場が崩壊。六人が死亡。八人が重軽傷を負いました。通勤、通学の時間帯だったため――』

 今までとはこのニュースをきくときの心身の重みがまるで違う。

 手を伸ばし、机の上に置かれたリモコンを探し当て、テレビの電源を切った。

 黒い画面にぼんやりと映る顔は、悔しさと悲しさがないまぜになったような表情をしているのだろうか。

 隼はこの事故に巻きこまれ、亡くなった。

 突風による事故が起きるこの日に、隼は必ず命を落としてしまう。

 初めて隼の死を告げられたとき、事故だと思われたが、自殺ではないかともきかされた。隼は三階にあった自分の部屋の窓から転落したのだが、部屋には大量の薬を飲んだ痕跡があったという。

 その話をきいた私は、隼が自殺するはずがないと激怒した。

 いつも楽しそうな笑顔で研究を見守ってくれていた隼が自殺するなんてありえない。

 隼が生きて年を重ねていくのが当たり前だと思っていた。

 隼の死は間違っている。

 何かが間違えて隼の命を奪ったんだ。

 そう考えた私は、間違いを正すことを選んだ。

 隼の命を助けることを選んだ。

 当時進めていた研究をすべて捨て、隼を助けるための研究に没頭した。何十年もの月日を費やし、Tバックマシンを創りあげた。

 私は隼の命を奪う間違いを犯した何かに対する怒りで、最初のタイムバックをし、隼が亡くなる前日に戻った。

 何十年も一気にタイムバックしたせいか、体に引き裂かれるような激痛が走った。しばらく研究室の床に倒れこみ、もがき叫びながら激痛と闘った。

 何かに対する怒りで自分を奮い立たせ、体を引きずるようにして隼の部屋へ行き、隼の傍らからひと時も離れなかった。

 隼は最初、困惑した表情を浮かべていたが、隣にいさせてくれ、と頼んだら愛らしい笑みで頷いてくれた。

 このとき、隼は思いがけない色々な話を私にきかせてくれた。それは、どれも隼の表情を暗くさせるような話ばかりで、話すごとに隼は苦しそうに顔を歪めていた。これまで見たことない隼の表情に私は驚き、戸惑った。

 翌朝、隼は原因不明の心臓発作を起こし、亡くなった。

 苦悶の表情で胸を抑える隼の姿を今でも鮮明に覚えている。その顔を見て、何かに対する怒りがさらに強くなった。

 私は研究室に戻り、増幅した怒りで再び、隼が亡くなる前日にタイムバックした。

 今度は隼を部屋から連れだし、研究室で一緒に夜を過ごした。あの部屋が死に関係しているかもしれないと思ったからだ。少しでも変化を起こせば、何かが間違いに気づくかもしれない。

 だが、期待は虚しく、隼はまた発作を起こして亡くなった。

 前日ではだめだ。

 もっと前に戻る必要がある。

 そう考えた私は、三度目のタイムバックで、隼が生まれた日まで遡った。

 再び長い時を戻ったことで、体は激痛に苛まれ、そのまま研究室のソファーに倒れこんだ。一週間経っても、起きあがることすらできなかった。病とは無縁の私が倒れたことで妻は慌てふためき、妻から連絡を受けた娘夫婦が様子を見に来た。

 そのとき、靖子にビデオカメラの映像を見せられた。そこには、薫さんに抱かれ、幸せそうに眠る幼い隼が映っていた。

 隼を守らねばならない。

 間違いを正さなくてはならない。

 私は己の使命感を力に起きあがり、すぐに行動にでた。

 小さな選択から変えていけば、大きな出来事が変わるかもしれない。

 私はまず、家の隣に研究室を建て、三階にあった研究室を改築し、隼たち家族を迎え入れた。

 タイムバック以前は、情けない息子のどうしようもない振る舞いが原因で離婚に至ってから、隼たち家族の暮らしを助けるために同居するようになっていた。だが、そうなるまで待てなかった。

 先のことを考え、今まで隼の部屋になっていたスペースは物置部屋にした。

 あの部屋にいる隼を私は見たくなかった。

 それまで家族を顧みることのなかった私が、家族の問題に自ら首を突っこんだことで、妻は本気で私の寿命を心配したらしい。

 それから毎日のように隼の様子に目を配り、成長するにつれ、隼が何かで一歩踏みだせないたびに背中を押した。隼なら大丈夫、と。

 小学生のときの隼は楽しそうに過ごしていた。二週間ほど塞ぎこんだことがあって心配したが、それからも幸せそうに元気な姿を見せていた。

 だが、中学受験を機に、隼は急に元気を失った。

 私は以前のタイムバックの際に、隼から黄陽を受験したくなかったときいていたから、今回は受験せずに済むよう、受験には反対だ、と薫さんに詰め寄った。

 だが、結局、母さんを悲しませたくないから、と隼が涙を堪えながら言い、自分の気持ちを押し殺し、黄陽に入学することを選んでしまった。

 隼は小学校の友だち過ごした楽しい時間、丹中に行けば過ごせたかもしれない楽しい時間を思いつづけ、孤独になっていった。

 私は必死に励ましつづけ、隼はほんの少し前を向くようになった。

 そして、隼はある女の子に恋をした。だが、隼は自分に自信が持てぬまま、想いを伝えることもなく、自らの想いに固く蓋をしてしまった。

 今回のタイムバックで初めてその女の子の姿を見たとき、改めて隼は私の孫だと思って笑ってしまった。その子は妻の若い頃にそっくりだった。女性の好みまで似てしまうとは。

 高校一年生の四月の終わり。隼はやはりレーベル病になってしまった。

 私は少しでも変化を喚起しようと、隼を研究室へ連れだした。病気になってからあの日までずっと一緒に過ごした。

 それでも、死は容赦なく訪れ、あの日の朝、隼は亡くなった。

 何をどう抗っても、隼の命の終わりを変えることができない。

 まるで、命の炎が消える日が、隼の人生に予め深く刻まれているかのように。

 何度タイムバックしても、決して揺るがない何かが、隼の命を奪っていく。私にはどうすることもできない。

 四度のタイムバックで、繰り返し繰り返し、たくさんの時間を隼と過ごした。そこで隼が抱えるたくさんの苦しみを知った。

 幾度もの長い時間を隼と過ごし、私はようやく気がついた。

 隼が自殺したのは、本当の自分を押し殺しつづけ、見失い、孤独になったからだと。

 私の前では、無理して楽しそうな孫を演じていただけで、本当は孤独でつらくて苦しかったのだ。その苦しみを誰にも言えず、隼は自ら命を絶ってしまった。

 私は本当の隼を見ていなかった。

 本当の隼と向き合えていなかった。

 孤独に苦しんでいることに気づこうともせず、むしろ、隼に楽しそうな孫を押しつけていた。

 私は、隼の痛みに、苦しみに寄り添おうとすらしなかった。

 ただ、隼の死が間違いだと思い、それを正すために戻っていた。

 私はずっと自分のために戻っていた。

 そのことに気づいたとき、何かに対する燃え盛るような怒りは、もう取り戻すことができない後悔へと変わった。

 今回が最後のタイムバックになるとわかっていた。

 だから、私は今までの隼が教えてくれた隼自身の後悔を変えようと思った。

『子猫を助けられなかった』

『黄陽で友達がほしかった』

『告白しておけばよかった』

『病気になりたくなかった』

 隼の後悔を胸に刻み、私は最後のタイムバックをした。

 隼が生まれた日に戻り、隼のためのTバックマシンを創った。

 私にできたのは、傍らで見守ることと、Tバックマシンを渡すことだけだった。

 隼の後悔は、隼自身にしか変えられなかった。 


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