未来をみつめた瞳(7)
「本当に大丈夫なの?」
隣から母さんの心配そうな声が飛んできた。
「大丈夫だよ。たくさん練習したし」
僕は卵焼きをのみこんでから答えた。
「でも、台風近づいてるじゃない」
「まだ近くないし、直撃しないって言ってるよ」
僕は母さん越しにぼやけたテレビ画面を見た。はっきりと見えなくなったけれど、声は変わらずちゃんときこえる。
この目になってから、テレビを音で楽しむという新しい方法を身につけた。音をきき、頭のなかで勝手に映像をイメージする。これがけっこう面白い。
「やっぱり、心配だから送る」
「ううん。今日から電車で行くって決めたし、駅で賢人と待ち合わせしてるから、大丈夫だよ」
駅までなら、ひとりで行く自信がついた。学校で三人に見守ってもらいながら廊下を歩いたり、じいちゃんと川の遊歩道に行って歩いたりして練習を重ねた。
そして、昨日、ひとりで駅まで安全に歩くことができたのだ。じいちゃんが後ろをついてきてくれていたけれど、頼ることなく駅にたどり着けた。
だから、今日からは電車で通学する。
「気をつけてね。何かあったらすぐに母さんに電話するか、近くの人に助けてもらうんだよ」
「うん」
「やっぱり、後ろからついて行こうかしら」
「だから、大丈夫だって。ありがとう」
こちらを向いている母さんは心配をはりつけたような顔をしているだろう。まだ人の表情をうまく捉えられない。焦点をずらす練習をしても、見えるようになるかはわからない。
でも、記憶の引き出しに今まで見てきたみんなの表情がちゃんとしまってある。だから、母さんは僕の推測通りの顔をしているに違いない。
「隼ちゃん。そろそろでないと遅れるよ」
向かいに座るばあちゃんのほんわかとした声が流れた。
「じゃあ、行ってきます」
僕は鞄を持ち、しっかりとした足取りで玄関へ向かった。気をつけるのよー、という心配性の母さんの声に、わかったー、と答えて靴を履き、引き戸を開いた。
目の前のぼやけた白い人影に一瞬、びくっとしたけれど、頭の上に乗ったぬくもりですぐに誰なのかわかって安心した。
「隼、気をつけて行くんだぞ」
「もう、みんな心配しすぎ」
うははっ、とじいちゃんは朝の空気を楽しげに揺らした。そして、僕の髪をくしゃくしゃとしきりになでて、隼の心配をするのは当たり前だ、とくすぐったい言葉をくれた。
「じいちゃん、ありがとう」
うははっと笑いかたを真似ると、本物はこうだと言わんばかりにじいちゃんはさらに大きく笑った。
「行ってくるね」
じいちゃんのぼやけた顔を見上げ、僕はとびっきりの笑顔をみせ、家を後にした。
駅までの道を慎重に歩きながら、来週から始まる夏休みをどう楽しもうか考えた。
とりあえず、桃太子先輩にノックアウトされるのは三回までにしようと決め、賢人が待つ丹駕駅へと歩みを進める。
今日はどんな楽しいことが待っているだろう。