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Tバックマシン  作者: Tai
第七章
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未来をみつめた瞳(6)

 

 僕はまた学校に通うようになった。

 母さんが学校まで車で送ってくれた。心配だから慣れるまでは送り迎えする、と強く言われたので、喜んで甘えることにした。

 学校の駐車場で三人が待ってくれていた。賢人は僕のために、いや、そう言うと怒って拗ねてしまうので、賢人の意思で自転車通学をやめ、電車通学に切り替えていた。

 学校では賢人が常に隣にいてくれて助けてくれた。担任の山本先生が、病気のことや視野の問題を事前に各教科の先生に伝えてくれていた。先生たちは授業に支障がでない範囲で気遣ってくれた。僕もそれくらいの気遣いがちょうどよかった。クラスメイトに迷惑をかけたくないし、露骨に特別扱いされるのも嫌だったから。

 見慣れたはずの校内の景色、クラスメイトたち、先生たちがぼやけていたのは、覚悟していたけれど、心がぎゅっと締めつけられて苦しかった。その苦しみを、そばにいる三人の存在が和らげてくれた。

 放課後は、目に慣れるまでは心配をかけないほうがいいよ、という桜井さんの配慮で、新たな勉強会の場所として僕の部屋が選ばれた。僕は母さんの車で先に帰り、文化祭の準備を早めに切りあげた三人が家まで来てくれた。

 四人で小さな机を囲み、その日の授業のわからないところと休んでいた分の範囲を三人が先生となって教えてくれた。

 優しく丁寧に生徒に寄り添うように教えてくれる桜井先生。

 難しい言葉を並べて混乱を招きつつも、自分なりの言葉で一生懸命教えてくれる賢人先生。

 泳ぎかたなら上手に教えられるのにー、と早々に教えることを放棄し、小声でいじることに専念する吉岡先生。

 そんな個性豊かな先生たちと楽しく勉強し、一度、お菓子タイムを挟んでから、三人が調べてくれた焦点をずらして物を見る練習を始めた。

 吉岡が紙に書いた〔さくらいうた〕の〔う〕が見える位置に僕は目を動かした。見えた合図をだすと、賢人がその紙をゆっくりと動かしていく。僕は常に〔う〕が見える状態を維持するように目で追いかけた。

 僕は目が疲れるまで練習し、三人は退屈な顔ひとつせず付き合ってくれた。

 僕が〔う〕の文字を追いかけているあいだ、吉岡は、にししっとした悪い笑顔を浮かべてだろうな。いや、むしろ、はっきり見えた気がする。たぶん、間違いない。

 一日では何か変わった気はしなかった。でも、みんなといれば大丈夫だという安心感がある。

 見慣れた場所や人がぼやけて見えて知らない世界が広がっているようだった。見える世界が僕を拒絶しているように感じてしまった。それはつらくて苦しい。

 でも、そこに変わらない楽しい日常があった。

 久しぶりに学校へ行き、三人と机を囲んで勉強し、他愛もない話で笑い合った。当たり前のことが、愛おしくて尊くてたまらなかった。

 ぼやけた現実はもう変わらないだろう。

 治ってほしいと思うし、病気を受け入れることは、まだできていない。もう戻らないって決めたけれど、のっぺらぼうに遭遇すると、Tバックマシンが脳裏にちらつくことだってある。

 それでも、病気になる運命に絶望して閉じこもっていたときとは違う。

 あのときは、何の希望も持てなかった。だけど、今はちゃんと希望がある。

 大好きで大切な人たちとまだ知らない未来を過ごす。

 未来には絶対、楽しい日常が待っているんだ。

 僕はベッドに横になり、疲れ切った目を閉じる。

 楽しかった今日。そして、楽しいが待っている明日。

 今日の幸せと明日への期待に胸を躍らせて眠りについた。



 それからも母さんが送り迎えをしてくれて、どうしても仕事で都合がつかないときは、じいちゃんや伯母さんが車をだしてくれた。

 学校では、先生、クラスメイト、大切な三人の友だちに支えられ、楽しく過ごしていた。

 文化祭の準備で忙しいなか、文化委員の子が僕にもできる準備を考えてくれて、僕も文化祭に向けて盛りあがる放課後の雰囲気に溶けこむことができた。家に帰ると、三人と勉強会をして、見る練習をした。

 文化祭が翌日に迫った日の放課後、僕は四文字目の〔い〕を必死に追いかけていた。

「やっぱり太ってるー」

 吉岡がまた失礼なことを言った。

「そうだ。夏休みに一緒に泳ごうよー」

「……泳ぐのは怖いな」

 僕は〔い〕を見つめながら、声のトーンを落として答えた。

「大丈夫だよ。わたし教えるのうまいし、お姉ちゃんもくるからー」

「俺も行く」賢人が言った。

「わたしも」桜井さんが言った。

 紙から三人に視線を移す。のっぺらぼうが並んでいた。だけど、今の三人の表情は予想がつく。

 吉岡は、にししっとしたお決まりの悪い笑顔を浮かべているだろう。賢人は、おれがついてる、と言わんばかりに頼もしい顔を決めているだろう。桜井さんは、可愛い可愛い天使のような微笑みを浮かべているに違いない。

「みんながいるなら、行こうかな」

「決まりぃー」

 吉岡の元気な叫びが部屋に響き渡った。

 まだ知らない夏休みに早速、みんなでプールに行くという予定が入った。

 僕は再び〔い〕に視線を戻し、練習を再開したけれど、先ほどの吉岡の言葉を思いだしてしまい、うまく集中できなかった。

 桃太子先輩も来るのか。プールだから間違いなく水着姿だ。また抱きつかれてしまったら、間違いなくノックアウトされてしまう。それも、一回で済むだろうか。うまく泳げたたびに抱きしめられでもしたら――。

 心に新たな不安が芽生えた。でも、その不安には期待がたっぷりと詰まっている。


 

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