未来をみつめた瞳(5)
「ここからはひとりで行かせて」
僕は研究室の扉の前で、決意をこめた声で言った。
「わ、わかった」
賢人が残念そうな声で了承してくれた。
賢人、ごめん。じいちゃんとふたりきりで話がしたいんだ。
研究室に入り、賢人と繋いでいた右手を壁に添えながら慎重に歩いていく。
研究室のなかをひとりで歩くことに不安は感じなかった。ぼやけていても、どこに何があるのかちゃんとわかる。だって、数えきれないくらいここには来たから。
壁や家具に手を添えつつ、ゆっくりと、でも迷いのない足取りで黒い金庫を目指した。
そして、体を支えるように金庫に両手を置き、僕は尊敬する大好きな人を呼んだ。
「じいちゃん」
ぼやけているけれど、じいちゃんが椅子を回してこちらを向いたのがわかった。
「隼、また使うか?」
「ううん。もう使わない」
「もう、いいのか?」
じいちゃんの声は怯えたように震えていた。
「先に進むことに決めた」
僕ははっきりとした声で答えた。
じいちゃんが椅子を回してドラフターのほうを向いた。
しばらくのあいだ、研究室に沈黙が漂った。
「……隼、本当にいいのか」
背中を向けたままのじいちゃんが再び問いかけた。
「だってひとりじゃないから。みんながいるから」
僕の見える世界は変わってしまった。
でも、みんながいることは変わらない。
友だち、先輩、先生、家族。大好きで大切な人たちがそばにいる。
そして、大好きな人たちと出会えたのは、じいちゃんがいたから。
じいちゃんがいちばん近くで見守って、背中を押してくれたから。
「じいちゃんのおかげだよ。ありがとう」
「…………わ、私は、隼に何もしてやれなかった。……隼にTバックマシンを渡すことしか、できなかった」
洟をすする音と嗚咽をもらす音がする。じいちゃんが泣いている。
「ねえ、じいちゃん」
僕は優しく呼びかけた。
「久しぶりにじいちゃんの膝の上に座りたいな」
じいちゃんは何も言わず、くるりとこちらを向くと僕を抱き寄せ、膝の上に乗せた。
「……隼、大きくなったな」
「じいちゃんが小さくなったのかもしれないよ」
僕のうまい返しに、うははっとじいちゃんが大きな笑い声をだした。じいちゃんは大口を開けて楽しそうな笑顔を浮かべているに違いない。