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Tバックマシン  作者: Tai
第七章
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未来をみつめた瞳(2)

 

 あれから僕は何度もタイムバックして、病気になる運命と闘いつづけている。

 また変わらなかったことに落ちこみつつも、僕はパジャマ姿のまま、じいちゃんの研究室へ向かった。

 少しぼやけて見えるじいちゃんは、入口に背を向けるようにドラフターを眺めていた。

「じいちゃん、おはよう」

「隼、おはよう」

 じいちゃんは背を向けたままだった。

「また、だめだった」

「……そうか」

 じいちゃんの声は研究室の本たちに吸いこまれるようにすぐに消えた。

「また戻りたい」

「わかった」

 僕は慎重に歩き、黒い金庫の前に立った。

 金庫の上には、ぼやけた輝きを放つTバックマシンが置いてある。

 もう、じいちゃんから戻りたい理由をきかれることはなくなり、Tバックマシンは出しっぱなしにされている。

 僕はTバックマシンに穿き替え、じいちゃんの背中に向けて声をかけた。

「行ってきます」

「……隼、行ってこい」

 ぼやけているけれど、じいちゃんの肩が震えているのがわかる。

 僕が病気になる運命と闘うためにタイムバックするとき、じいちゃんは必ず肩を震わす。小さく嗚咽が洩れる音がきこえてきた。

 僕は薄々気づいているけれど、それを口にせずもう一度じいちゃんに、行ってきます、と言って研究室をでた。

 今までのタイムバックのときのように誰かに見られる必要がないので、心に棲みついた恐怖や不安を力に家の前の道を走って、また、三年生の始業式の日に戻った。

 今度こそ、変わってくれ。そう強く願って。



 始業式の部活終わり。鬼気迫る顔をした吉岡が、寂しい、と言って、四人で選抜クラスに入るための勉強会が始まり、ファミレスで新しくなる駅舎の色当てをした。僕は知っているから自信を持って、茶色、と答えた。

 文化祭。桃太子先輩の髪の色がピンクになっていて、驚いた。

 丹駕祭り。三人のはしゃいだ笑顔、きれいな花火、その花火に照らされる桜井さんの美しい横顔を目にしっかり焼きつけた。

 夏休み。図書館で賢人と吉岡が喧嘩をして、僕と桜井さんで海に行く計画を立てて実行した。今回も桃太子先輩が来て、また、抱きつかれそうになった。僕は今回も避けて海に逃げたけれど、結局、怒った桃太子先輩に抱きしめられ、大人の色気にノックアウトされた。海で遊んだ後は、入念に目を洗った。

 体育祭。種目にあまりでないようにした。砂ぼこりや走るときの風が、目に悪いかもと思ったから。もう一度の日常を楽しみつつも、目を守るために必死だった。病気にならないよう、できることはすべてやりたかった。

 正月の初詣。今回も桃太子先輩は何をお願いしたのか教えてくれなかった。僕は、病気になりませんように、と神様にお願いした。

 二月の最終テスト。また国語の最後の問題の答えは書けなかった。大切な友だちと楽しく過ごすこと。その思いはさらに強くなっているのに。

 修学旅行。僕はまた白のパーカーで桜井さんとお揃いになった。賢人は吉岡に選んでもらった服を着ていて、今回は自分と吉岡がお揃いのTシャツを着ているのに気がついていた。

 初日の飛行機。また悪い笑顔のふたりに挟まれ、いじられつづけた。

 ホームステイ。前回と変わらずブラウン家族だった。変わらなかったという変化で心に小さな期待が芽生えた。楽しみのひとつである賢人のお土産は、三人分のコスプレ衣装だった。ペーターさんには人気映画の海賊の衣装、ジェシカさんには魔女の衣装、ヘンリーくんには王子様の衣装を渡していた。日本らしいはどこにいったのやら。

 その後、庭のプールで遊んだとき、僕はまた桜井さんの水着姿を目に刻みこんだ。

 二日目の買い物。賢人がコスプレ衣装をプレゼントしたからか、ジェシカさんが僕たちにも衣装を買ってくれた。賢人はかっこいい騎士の衣装、僕には蜂蜜の壺を抱えている熊のキャラクターの衣装。明らかに僕だけ方向性が違うけれど、みんなが喜んでくれたので気にしなかった。

 動物園。賢人はコアラにお漏らしをされた。

 最終日の自由行動。マーケットに着くなり、吉岡が走りだした。果物売り場で合流したとき、賢人が強く小突いたせいで喧嘩になりそうになってひやっとした。そして、賢人が謎の動物のTシャツを買おうと言いだして、また僕だけが犠牲となった。

 初日の飛行機の席順、コアラのお漏らし、走りだす吉岡、謎の動物のTシャツ。この四つは何度もタイムバックしている僕だけの恒例行事だ。果物売り場で賢人と吉岡が喧嘩しない形が定着すればいいのに。

 幸せな日常ほど、あっという間に過ぎていく。

 四年生の春。四人とも選抜クラスに入ることができて、ほっとした。

 始業式の日の放課後。ファミレスでの勉強会が終わって駅前で別れるとき、桜井さんが塗り替えられた駅舎を見上げて、戸島くん正解だね、と言った。

 タイムバックしている僕にとっては、毎日が特別でかけがえのないものだった。見える景色を必死に焼きつけ、すべてを記憶の引き出しに大切に保管していた。

 だから、何気ない日常を覚えていてくれたのがすごくうれしくて、でもそれと同時に、桜井さんの笑顔がまた見られなくなるかもしれない不安が押し寄せてきて、気持ちがぐちゃぐちゃになって泣きそうになった。

 必死に涙をこらえたけれど、三人の背中が見えなくなったときには、目から涙があふれていた。

 今度こそ、今度こそ、変わってくれ。

 さらに強くなった思いを抱いて、僕は運命の朝を迎えた。


 

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