繰り返される日常(5)
集合場所となる緑豊かな公園で学年主任が自由行動に関しての注意事項を話している。
でも、芝生に座る生徒のほとんどはその話をきいていないだろう。朝食の時間にきいたし、何より、みんな残り少ない修学旅行を満喫することで頭がいっぱいなのだ。
僕は一応、学年主任の話に耳を傾けながら公園に集まっている鳩を数えていた。
先生の、解散、が合図となり、生徒たちが各々好きな方向に明るい足音をたてていった。
僕のそばに三つの足音が集まった。
「さあ、行くよー」
そう言って、吉岡が歩きだす。大きなリュックを楽しげに揺らしてずんずん進んでいく。
「マーケットは反対側だよ」
僕が冷静にツッコミを入れると、賢人と桜井さんが吹きだして、振り返った吉岡が頬を膨らませ、こちらを鋭い目で睨んでいる。
吉岡はリュックからたくさんの付箋が飛びだしたガイドブックを取りだし、突きだしてきた。僕はガイドブックを受け取り、背中に痛くて怖くてこそばゆい視線を感じながら先頭を歩いた。
五分ほど歩くと、大きな赤い看板が掲げられたマーケットの入口に着いた。
「うっわー」
吉岡が驚愕の叫びをあげて走りだした。
賢人が止めようと声をかけたけれど、時すでに遅し。吉岡は人混みのなかに消えてしまった。
賢人も桜井さんも姿が見えなくなり、焦っているようだった。僕は何も心配していない。
吉岡はこのマーケットに着くと必ず走りだす。タイムバックのたびに変化が起こるのもいいけれど、こうして変わらないのも安心する。そう、賢人がコアラにお漏らしされるみたいに。
「僕たちも行こうか」
僕はお漏らしの瞬間を思いだしてしまい、笑いを我慢しながら言った。
「芽唯ちゃんと合流できるかな?」
桜井さんの瞳が不安そうに揺れている。
「大丈夫。すぐに見つかるよ」
僕は桜井さんの不安を打ち消すように力強く頷いた。
「そうだな。とりあえず行くか」
そう言って歩きだした賢人に僕と桜井さんはつづいた。
吉岡はすぐに見つかった。触ると痛そうな刺々しい果物が山ほど積まれた巨大なカゴの前で、興味津々といった様子で首を忙しなく動かしていた。
合流するなり、賢人が吉岡の頭を軽く小突いた。吉岡が舌をだしておどけたので、僕は胸をなでおろした。
いつかの図書館のような喧嘩に発展しなくてよかった。何度目のタイムバックかは忘れたけれど、ふたりはこの場所で喧嘩をした。賢人の小突きが強かったことが原因で。
賢人よ、しっかりしてくれ。
好奇心を頼りに動く吉岡を先頭に四人でマーケット内を散策する。
このマーケットは観光客だけではなく地元の人も利用するので、お土産を売る店と生活用品を売る店が混在している。
店の外まで陳列棚がはみだした洋服屋で賢人が足を止め、緑色の謎の動物が存在感たっぷりに描かれた赤色のTシャツを四枚買おうと言いだした。
「え、なんで四枚?」
僕はわからないふりをしてきいた。
「お揃いってこういうことだろ」
賢人が不機嫌そうな顔で行きの空港での話を持ちだしてきた。無視されたのを根に持っていて拗ねているのだろう。こういう面倒な可愛さも女心をくすぐるんだろうな。
前を歩いていた吉岡と桜井さんがあからさまに苦い顔をして、首を振って拒絶を示している。
やっぱり、こうなるのか。
僕はため息を吐き、賢人におごってもらう形で、お揃いのTシャツを買ってもらった。
空港でのお揃いの話がなくても、賢人は必ずこのマーケットで変なTシャツを買う。そして、いつも僕だけが犠牲になる。
ふたりともずるい。でも、このTシャツを着たくない気持ちはすごくわかる。
ちなみに、そのTシャツの緑色の謎の動物を、賢人は鼠だと言って、僕は猫だと言って、桜井さんは犬だと言って、吉岡は熊だと言った。お店の人に尋ねても、わからない、という答えしか返ってこなかった。
賢人はなんでこのTシャツを毎回選ぶのだろうか。不思議なファッションセンスだ。
十三時の集合時間ぎりぎりまで、僕たちはマーケット内で異文化に触れて過ごした。
桜井さんが弟へのお土産としてカンガルーのぬいぐるみを買ったり、吉岡が楽器店の前の置かれた先住民族の太鼓を叩いて遊んだり、コアラを見るたびに嫌な顔をする賢人を三人で笑ったり。
異国の非日常のなかに四人の日常があって、僕は幸せと不安の両方に襲われた。
こんな日常がずっとつづけばいいのに。
そんな願いをぎゅっと抱きしめ、三人の姿を目に焼きつけた。
公園に戻った僕たちはバスで移動し、中華レストランでこの国での最後の食事を取った。
最後がなぜ中華なのかはみんな疑問に思っていただろうけれど、それを口にしたのは僕の知るかぎり、吉岡だけだった。
「もう帰るんだね」
僕はガラスの向こうの飛行機を眺めながら呟いた。うっすらと映る自分の顔は寂しさでいっぱいになっている。
「楽しかったな」
ガラスに映る賢人の顔も寂しそうだった。でも、それは修学旅行が終わる寂しさであって、この先を知っている僕が感じているものとは違う。
「やっぱりこれ、鼠だよな」
賢人がお腹の謎の動物の頭をさすった。
「いや、猫だよ」
僕もお腹のあたりをさすった。
今回もふたりして謎の動物をお腹に従える形で、修学旅行は終わってしまった。




