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Tバックマシン  作者: Tai
第六章
39/49

繰り返される日常(4)

 

 二日目からはホームステイがはじまった。

 僕と賢人はブラウンさん家族にお世話なることになった。

 筋肉質で屈強そうなペーターさん、笑顔が素敵なジェシカさん、お母さんの後ろに隠れてこちらの様子をうかがう内気そうなヘンリーくんの三人家族だ。

 タイムバックするたびにホームステイ先は変わっていたので、新鮮な緊張感で僕は挨拶をした。

 赤い屋根の一軒家に着き、僕と賢人が室内履きに履き替えて家のなかに入ると、すぐに白を基調としたリビングとダイニングキッチンが広がっていた。普段から土足で生活しているのに床のタイルは驚くほど真っ白できれいに輝いている。

 リビングの大きな窓から庭にでることができた。庭には大きなプールがついている。

 賢人はそのプールの前で驚き立ち尽していた。僕は他の家で何度も見た光景なので驚かなかった。この辺りは土地が広くてプール付きの家が普通なのだ。初めて見たときは僕も賢人と同じ反応をしていたけれど。

 リビングの奥の廊下沿いに寝室、子ども部屋、お風呂場、トイレがあり、僕たちはリビングにいちばん近い部屋に通された。

 僕は入口側のベッドのわきに黒のキャリーケースを置き、中からホストファミリーへのお土産を取りだした。

 ばあちゃんにお願いして桜色の包装紙に包んでもらったそれは、艶やかな黒の甲冑を身につけたかっこいい日本人形だ。そのお土産を抱えて賢人に近づく。

「お土産を渡しに行こうよ」

「そうだな」

 賢人がキャリーケースから取りだしたのは、小さな車や電車が描かれた可愛らしい包装紙に包まれた箱型の何かだった。

 また変わっている。

「何を選んだの?」

「秘密」

 賢人は自信ありげな顔で言った。

 毎回教えてくれないから、僕もホストファミリーと一緒に新鮮な反応ができる。楽しみだ。

 僕たちはそれぞれのお土産を抱えて、リビングに向かった。キッチンのほうから漂ってくる香ばしい匂いが鼻をくすぐる。ペーターさんがトングで大きな肉をひっくり返すとじゅーと音が鳴り、それに合わせて胃が幸せそうな低音を響かせた。

 キッチン前のダイニングテーブルで書き物をしているジェシカさんに、僕は英語で声をかけた。記憶では何度もホームステイを経験しているから、英語を話すのにもだいぶ慣れた。うまくはないけれど。

 ジェシカさんが手元のきれいな手書きの英文からこちらに視線を移し、微笑んだ。

 僕は、プレゼント、と日本語のような発音で言って桜色の包みを手渡した。僕につづいて賢人もお土産を渡した。

 ふたつの包みを受け取ったジェシカさんは、顔の前で手のひらを大きく広げて歓声をあげた。キッチンで肉を焼くペーターさんはトングを振っていて喜んでいるようだった。

 ジェシカさんは僕のお土産から開けた。

 桜色の包装紙から現れたガラスケースのなかの日本人形に、ジェシカさんは、ビュティフォー、と言って、ペーターさんのもとに軽快な足取りでそれを見せに行った。ジェシカさんのきれいな英語の発音も、僕の耳を通ると日本語のようにきこえるのが不思議だった。

 日本人形を見たペーターさんは、ブシ、ブシ、と言って、トングで華麗に空気を斬っている。

「ちょうどよかった」

 賢人が耳元で囁いてきた。

「ちょうどいいって?」

「俺のお土産はヘンリーくんへのだから」

 賢人の答えをきいて期待に胸が躍る。今すぐテーブルの上に置かれた賢人のお土産を開けたい気持ちを必死に抑える。早く開けてほしいな。

 笑顔のジェシカさんが戻ってきて大事そうにガラスケースをテーブルに置くと、賢人のお土産に手を伸ばした。ペーターさんもキッチンから首を伸ばしてその様子を眺めている。

 ジェシカさんが豪快に可愛らしい包装紙を剥がした。

 中身を確認したジェシカさんは首を傾げている。僕はそのお土産を見て、日本らしいと納得したけれど、ホストファミリーに伝わるかどうかは未知数だ。

 賢人が自信満々に持ってきたのは、日曜日の朝に放送されている番組のヒーローに変身できるベルトだった。

 僕も小さいころにじいちゃんに買ってもらって、怪人もいないのにベルトからかっこいい機械音をだして変身し、ヒーローになりきっていた。

 たまに、じいちゃんに怪人役をお願いしたこともあった。じいちゃんは全力で怪人を演じてくれたので僕は世界の平和を守ることに夢中になれた。

 ジェシカさんは変身ベルトを取りだした。顔の前でベルトを回し、色々な角度から観察している。

 すると、賢人がジェシカさんに声をかけ、そのベルトを受け取り、腰に装着した。付属していたストップウォッチのような形のものを右手に持って、賢人は真剣な顔で身構えた。

 賢人がストップウォッチの上部についた白いスイッチを押すと、低い機械音が流れた。その音をきいたジェシカさんは青い目を大きく見開いている。

 賢人は慣れた手つきでストップウォッチを変身ベルトの右側に差しこむと、ベルトの上部に触れ、ぐるりとベルトを一回転させた。すると、心が湧きたつような明るい機械音が流れて、賢人がそれに合わせて変身ポーズを決めた。

 ベルトの機械音が消えると、広いリビングに静寂が流れる。

 ブラウン夫妻は瞼をぱたぱたとさせ、賢人はやりきった表情でポーズを決めたままだ。

 リビングは異様な空気に包まれた。

 僕は静寂をなでるような優しい声で、賢人のプレゼントは日本で人気のおもちゃでヘンリーくんへのものだと、たどたどしい英語でジェシカさんに伝えた。

 拙い英語でもすぐに理解してくれて、ジェシカさんは子ども部屋にいるヘンリーくんをリビングに連れてきて、賢人にもう一回みせてほしいと頼んでいた。

 賢人がまた軽やかな変身すると、ヘンリーくんはうれしそうにベルトをなでて可愛く笑っていた。

 僕たちはお土産でブラウン家族の心をしっかりと掴むことができた。

 昼食はペーターさんが焼いてくれたお皿からはみでている巨大なステーキを食べ、午後は近くの家にホームステイしている吉岡と桜井さんがその家のアメリアちゃんを連れて遊びに来て、僕と賢人とヘンリーくんを合わせた六人で庭のプールで遊んだ。

 僕は桜井さんの水着姿を目に焼きつけて、記憶の引き出しの大事な場所にしまった。

 吉岡に、詩のことみすぎー、といじられたのは、きこえなかったことにした。言い返す時間すら惜しいから。

 ホームステイの二日目はブラウンさん家族に連れられて、近くのショッピングモールに買い物へ行った。背の高い棚にびっしりと商品が陳列されていて、そのひとつひとつが大きかった。

 賢人は、食べるのに一週間くらいかかるな、と巨大なティラミスのパックをしげしげと眺めていた。

 ホームステイ最後の夜はみんなでお寿司を作った。

 ジェシカさんはお寿司が大好物らしく、巻き寿司が簡単に作れる道具まで持っていた。細長い円柱に押しだす用のレバーがついていて、それを見ていると家のところてん突きを思いだした。

 じいちゃんがうれしそうにところてんを押しだすのをみて、夏が来たんだなと僕は毎年思うのだ。

 お寿司を食べ終えると、僕と賢人はヘンリーくんに頼まれて怪人役を演じた。ジェシカさんが動画投稿サイトで調べたらしく、ヘンリーくんは疲れ果てて寝落ちするまで、ヒーローとして中学生怪人から自分の家の平和を守っていた。

 楽しいホームステイは、あっという間に終わりを迎えてしまった。

 初日に泊まったホテルのロビーで別れるとき、ジェシカさんが泣いて僕たちをなかなか離してくれなかった。別れを惜しんでくれることが、僕はうれしくて寂しくてたまらなかった。

 もうひとりの母さんができた気分だ。

 南国にできた新しい家族と別れ、クラスメイトたちとバスに揺られて海へ向かった。

 燦々と照りつける太陽が透き通る青い海をより輝かせていた。シュノーケルをつけ、サンゴ礁地帯を優雅に泳ぐ色とりどりの魚たちを見下ろしながら、美しい海を堪能した。

 翌日は朝から動物園に行き、僕は賢人と一緒にコアラを抱っこして記念撮影をした。

 今回も賢人にちょっとした事件が起きた。

 写真を撮り終えた途端、我慢できなかったのか、コアラが賢人の腕でお漏らしをしてしまったのだ。記念撮影のために並んでいた同級生の列では爆笑の渦が起こっていた。僕もくすっと笑ってしまった。

 理由はわからないけれど、賢人は必ずコアラにお漏らしをされる。

 タイムバックするたびに間近で目撃するのだけれど、何回見ても面白い。

「俺はトイレじゃないんだぞ」

 申し訳なさそうな顔をした飼育員から渡されたタオルで服や腕を拭きながら、賢人がぼやいた。

「記念になったじゃん」

 僕は笑いながら言った。

「そんな記念いらねえよ。まあ、可愛かったから許す」

 賢人は鞄からTシャツを取りだして着替えはじめた。そのTシャツの襟がよれよれだったので、僕は安心した。すれ違う同級生から心配や茶化す言葉をかけられる賢人と一緒に動物園を楽しんだ。

 その後、飛行機でこの国の首都に移動して、世界遺産などの観光名所をバスで巡り、一日を過ごし、楽しい修学旅行も最終日になってしまった。


 

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