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Tバックマシン  作者: Tai
第六章
37/49

繰り返される日常(2)

 

 集合場所である空港のロビーには、すでに大勢の私服姿の同級生が集まっていた。みんな、一週間の修学旅行に備えて大きなキャリーケースを従えている。

 僕は大きな黒のキャリーケースをがらがら転がしながら、賢人に駆け寄った。

「よっ」

 こちらに気づいた賢人が手をあげた。

 デニムジャケットを羽織り、胸元に若者たちに人気のブランドのロゴが大きく描かれたTシャツを着ている。下は黒のパンツでかっこよく決めていて、今日の賢人は一段と大人っぽい。

 服に興味がない賢人がこんなにも大人な格好をするなんて、信じられない。修学旅行の初日の賢人の服装は、襟がよれよれのくすんだ色のTシャツと、着古した上下セットのジャージと決まっていたのに。

 慣れ親しんだジャージ姿を思いだしながら、目の前にいる大人な出で立ちの賢人を舐めるように観察する。

 タイムバックのたびに少しずつ変化は起きるけれど、この変化には海に桃太子先輩が来たことと同じくらい驚いた。

 変化を感じるたびに、期待が膨らんでいく。

 今度こそ、って思いが強くなる。

「おっはよー」

 空港の天井を突き破りそうな元気な声をだした吉岡が僕たちの前に立った。

 黄色のキャリーケースを従えて麦わら帽子を被っている吉岡の心は、もう南国に旅立っているのだろう。吉岡は賢人と同じTシャツを着ていた。

「ほら、やっぱりこっちのほうがいいー」

 吉岡が賢人のデニムジャケットの裾を掴んで鼻を鳴らした。

 どうやら、吉岡が服を選んだみたいだ。うん、納得。

「別に服なんて何でもいいだろ」

 賢人が面倒くさそうに言った。

「うわっ、でた。ねえ、戸島きいてよー」

 裾を掴んでぶんぶん振っている吉岡に、なに? と僕は優しくきいた。

「賢人さ、ジャージで来ようとしたんだよ。ありえなくない?」

 知ってる。口からでそうになった言葉を慌てて喉の奥に引っこめ、違う言葉を引っぱりだす。

「うん、ジャージはちょっとね」

「ほらねー。賢人は戸島からファッションを学んだほうがいいよっ。戸島みたいにおしゃれだったら完璧なのにー」

 意外な褒め言葉に僕は驚いた。服装に気を遣ってはいるけれど、まさかおしゃれの部類に入れられるとは。

 今日は、特に気合を入れてきたからうれしい。

「これが、おしゃれなのか?」

 賢人が訝しげな目を向けてきた。僕は白のパーカーのポケットを意味なく触って賢人からの観察に耐える。

「あー、ほんとわかってな――あっ、詩ぁー」

 吉岡がぴょんぴょん飛び跳ねて僕たちの背中の向こうに手を振っている。賢人は観察を止めて後ろを向いた。

 僕も期待をこめて後ろを向く。赤のキャリーケースをゆっくり転がしながら歩いてくる桜井さんを見て、僕は誰にもばれないように拳を握って喜びを噛みしめた。

「みんな、おはよう」

「詩ー、おはよっ。あれ? 戸島とお揃いじゃん」

「あ、ほんとだ」

 白のパーカーを着た桜井さんと目が合った。

「偶然だね」

 嘘です、ごめんなさい。

 僕はタイムバックするたびに桜井さんが白のパーカーを着ていたので、我慢できずにお揃いになることを狙ってしまった。ここで賢人みたいな変化がなくて本当によかった。

「ふたり、カップルみたいー」

 吉岡がにししっと悪い笑顔で言った。

 いじられるのは覚悟していたけれど、桜井さんの前でいじるとは思っていなかったので、僕は心のなかで桜井さんに謝り倒した。ごめん、ごめん、ごめん。

 巻きこまれていじられた桜井さんは頬を赤らめて笑顔を浮かべた。

 あれ? ちょっと待って……、もしかして、その笑顔は……。

「そっちもね」

 桜井さんは、にししっと悪い笑顔で言った。

 だめだ、桜井さん。その笑顔を覚えてはいけない。今すぐ忘れてください。

「あっ、ばれたかー」

「ばればれだよ」

 ふたりは悪い笑顔で見つめ合っている。

 僕がお揃いを狙った結果、桜井さんは悪い笑顔を身につけてしまった。でも、お揃いを

 嫌がってなさそうだからいいか。それに、悪い笑顔を身につけたとしても吉岡のように頻繁に使わないだろう。

 僕がそう考えているあいだも、悪い笑顔で向き合っているふたりの楽しそうな会話がつづいていた。

「もしかして、ふたりで買いに行ったのー?」

「ううん、偶然かぶっただけだよ」

「ほんとにー?」

「ほんとだよ。芽唯ちゃんたちは?」

「わたしたちは一緒に行ったよー」

「なあ、ちょっといいか?」

 悪い笑顔のふたりの会話を遮ったのは賢人だった。賢人は難しい顔で首を傾げている。

「どうしたのー?」

 明るい声をだした吉岡と桜井さんが揃って頭ひとつ大きい賢人を見上げた。僕も賢人の横顔を見上げる。

「俺と芽唯は、何がお揃いなんだ?」

「…………」

 誰も何も答えなかった。

 ん? と沈黙に対して不服そうな声をだした賢人を置いて、僕たち三人は自分のクラスの場所へ戻った。

 班ごとに一列に並んで校長の話をきいているあいだ、後ろに座る吉岡に賢人の鈍感さについて散々愚痴られた。後で賢人にジュースをおごってもらわないと。


 

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