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Tバックマシン  作者: Tai
第六章
36/49

繰り返される日常(1)

 

 何も知らなかったときは、素直な気持ちを書けた。

 大切な友だちと楽しく過ごすこと。

 今回もそう書けばいい。

 でも、この先に待ち受けている出来事を知っているから、シャーペンをぎゅっと握ることしかできなかった。

 書きたいのに、書きたいのに、書けない。

 終りを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気は緩み、緊張感はどこかへ消えた。

 結局また最後の解答欄は埋めることができずに提出した。

 解答用紙を回収し終えた中島先生が、今日からしばらくは遊びまくれ、と言うと、教室のいたるところで安堵の笑顔が咲いた。

 僕だけは笑えなかった。

「終わったぁー」

 自転車にまたがって前を走る吉岡が、雲の多い冬空に向かって叫んだ。

「テストどうだった?」

 吉岡の隣を走る桜井さんが優しい声できいた。

「社会以外は大丈夫かなっ。詩はー?」

「わたしは全教科大丈夫かな」

「いいなー」

 お揃いのもこもこした白色のマフラーを巻いたふたりが、顔を見合わせて笑っている。

「テストどうだった?」

 僕の隣を走る賢人が言った。

「大丈夫だと思う。賢人は?」

「余裕だな」

 賢人は白い息とともに自信満々に答えた。

「それ、さっきもきいた」

 僕のツッコミに、賢人は、ははっと声をだして笑った。

 僕は無理やり口端をあげて笑顔の形を作る。

 国語の最終問題と対峙した後はいつも気分が落ちてしまう。でも、みんなとの時間を大切にしないといけないから、落ちこんだ気分に大きな蓋をするのだ。

 大切な友だちと過ごすこと。

 あの問題への最初で最後の解答は、戻るたびに強くなっている。でも、今回も書けなかった。

「いつものところで打ち上げしようよー」

 吉岡が自転車を止めて振り返った。隣の桜井さんも同じように振り返っている。

「うん、行こう!」

 僕は元気なふりをして答えた。

 わかっているからこそ、楽しい時間を一分一秒、大切にしたい。

 僕たちはいつものファミレスで外が真っ暗になっても話しつづけた。

 最初は最終テストの振り返りが中心だったけれど、頼んだ料理が到着してからは、三月の修学旅行の話で盛りあがった。

 前期課程の修学旅行は一週間の日程で、コアラやカンガルーで有名な南国へ行く。

 動物園に行ったり、ホームステイをしたり、世界最大のサンゴ礁地帯を泳いだり。

 ホームステイはクラス関係なくペアを組めたので、僕は賢人とペアを組んだ。

 賢人が持っていくホストファミリーへのお土産がタイムバックするたびに変わる。それが密かな楽しみだ。今回はどんな日本らしいお土産を持っていくのだろう。

 そんな修学旅行でのいちばんの楽しみは、最終日の自由行動だ。この四人で異国の街を散策する時間は何度経験しても面白い。

「そろそろ帰るか」

 六杯目のジュースを飲み終えた賢人がテーブルの上を片づけはじめる。手早く食べ終えた食器を重ねて、店員が取りやすいように通路側に寄せていた。こういうさり気ない気遣いができる賢人は本当に素敵だ。

「帰るかー」

 気怠そうに言った吉岡が立ちあがった。隣の桜井さんも席を立ち、鞄を肩にかけた。

 僕は最後に立って、四人別々に会計を済ませ、ファミレスを後にした。

 半分だけ布のカバーがはがされた丹駕駅前で、僕たちはそれぞれが別れの言葉を口にし、帰っていく。

 また明日会えるとわかっていても、この一日を大切にしたい。

 僕は暗闇に消えていく大切な友だちの背中を目に焼きつけた。

 半分だけ茶色く塗り替えられたきれいな駅舎を背に、僕も自分の家に向かってペダルを漕いだ。


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