勉強、喧嘩そして海へ(3)
勉強会だけではない。僕たちは最後の中学生を全力で楽しむことも忘れてはいない。
六月の文化祭は賢人と一緒に全部の出し物を回った。お化け屋敷で賢人が意外にビビりだという新たな発見があった。クールな賢人がわああっ、とか弱い声をだして驚く姿をみて、こういうギャップが女心を掴むのだろうと思った。
そのとき、春に卒業した桃太子先輩に会った。
桃太子先輩は無事に志望の美術大学に合格した。大学近くにアパートを借りてひとり暮らしをしているので寂しいと連呼していた。五月の連休にも会ったのに。先輩は意外と寂しがり屋だ。
僕は桃太子先輩が寂しさを訴えていることより、髪型が紫色のショートボブになっていることに驚いた。束ねた髪が柴犬の尻尾みたいに揺れるのがけっこう好きだったのに。
夏休みまえの丹駕祭り。
桜井さんは去年と同じ水色の浴衣を着ていた。違うのは伸びた艶やかな黒髪でお団子を作っていたことだ。桜井さんのうなじに見惚れてしまい、それが賢人と吉岡にばれてしまった。
賢人はにやっとした笑みを浮かべて肘で脇腹を小突いてきた。吉岡は楽しそうに背中を思いっきり叩いてきて、僕がまた大盛りにしてもらった焼きそばを食べているときだったので、危うく焼きそばを喉に詰まらせて窒息死してしまうところだった。
今回は賢人と金魚すくいで勝負して、僕は一匹もすくえず負けてしまった。
そして、去年のようにうつむくことはせず、最後の一発まで花火をしっかりと目に焼きつけた。
無事に約束を果たせたのだけれど、桜井さんの横顔に見惚れていたほうが長かったことはじいちゃんに内緒にしている。
夏休みに入り、学校が閉まっているため、新たに丹駕城下公園近くの県立図書館が僕たちの勉強会の場所になった。さすがに毎日ファミレスで勉強会はできない。経済的な問題もあるし、お店にも迷惑がかかってしまうから。
冷房の風が心地いい図書館で勉強をしていたある日、事件が起こった。
海行きたいー、と吉岡が図書館で発するには似つかわしくない大声で叫んだ。その吉岡を賢人が頭を軽く叩いて注意した。
いつもなら、いてっ、と言って舌をだして笑うだけなのだけれど、この日の吉岡は違った。
吉岡は机をばんっと力強く叩いて立ちあがると、声を荒らげて怒りだした。それをきっかけに、ふたりの声量を考えない喧嘩がはじまってしまい、僕と桜井さんは慌てて立ちあがり、喧嘩を止めつつ、他の利用者に頭をさげて謝り倒した。
結局、図書館の職員が止めてくれるまでふたりの喧嘩は収まらなかった。
僕たちは追いだされるように図書館をでて、その日の勉強会は燦々と照りつける太陽の下で早すぎるお開きとなった。
喧嘩したふたりが今の気持ちを表すように、違う方向へ自転車を漕いで帰っていく。
僕と一緒にふたりの背中を見送った桜井さんが、事件の発端となった出来事を教えてくれた。
この日の吉岡は虫の居所が悪かったらしく、その原因は賢人にあった。
賢人が同じクラスの女子と頻繁に連絡を取っていると吉岡は耳にしたらしく、その相手は吉岡が僕たちの前で嫌いだと公言していた女子だった。
そのことを問い詰めても、賢人からはっきりとした答えがもらえず、我慢できなくなった吉岡は禁断の手を使ったのだ。
僕と賢人が息抜きに図書館の一階にある自動販売機コーナーに飲み物を買いに行っているあいだに、吉岡は賢人の携帯電話を盗み見たのだ。携帯にはロックがかかっていなかったらしい。不用心すぎる。
吉岡はふたりがやりとりをしている証拠を見つけてしまい、何とか気を紛らわせるために、海に行きたいー、と言ったらしい。それで頭を叩かれたから、抑えていた感情が爆発して怒ったというのだ。
図書館をでるときに、頭を叩きたいのはわたしのほうっ、と息を荒くして嘆いていたらしい。
賢人よ、しっかりしてくれ。
僕は心の内で帰っていった親友の背中に向けて言葉を投げた。
だけど、この事件のおかげで、去年は果たせなかった桜井さんとの夏休みの思い出を作ることができたのだ。勉強会もいい思い出だけれど、もっといい思い出だ。