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Tバックマシン  作者: Tai
第五章
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勉強、喧嘩そして海へ(2)

 

 三年生になりクラスがわかれたことがきっかけだった。いや、吉岡はその前から四人で過ごせない状況にやきもきしていたのだろう。

 始業式の日。部活を終えて教室で着替え、賢人たちに気を遣ってひとりで帰ろうとしたら、下駄箱の前で今年も同じクラスになった吉岡が鬼気迫る顔で仁王立ちしていた。

「寂しい」

 表情とは反対側にある言葉に僕は驚いた。

「な、何が?」

「四人でいられないのが寂しい」

「でも、それは仕方ないよ」

「仕方なくないっ」

 賢人と吉岡の関係が恋人になったのだから、四人が揃わないのは仕方がないことなんだ。

 でも、吉岡の気持ちは痛いほどわかる。クラスが離れてしまったこともあって、僕だってめちゃくちゃ寂しい。

「わたしは、四人で一緒に楽しく過ごしたい」

「でも、クラス変わったし。それに、……色々あったし。もう難しいんじゃないかな」

「だから、わたしね、思いついたのっ」

 吉岡は、体育祭の日のように頭上にぴかっと電球が点ったような閃き顔をみせた。

「四人で選抜に入ろうよ」

「えっ」

 吉岡の思いつきの意図がわからない。

 後期課程になると一クラスだけ、成績上位者だけが集められた選抜クラスというものが作られる。そこに入れれば四人揃うけれど、同じクラスになるだけで解決できるほど僕らの人間関係は簡単じゃない気がする。

「みんなで選抜に入っても、あんまり意味ないと思うけど」

 ふっふっふっ、と吉岡はしたり顔で笑った。まるで、僕の発言を知っていたかのような振る舞いだ。賢人と付き合ってもこのむかつく感じは直らないのか。

「今のところ選抜に入れなさそうなのはー?」

「僕と吉岡」

「そう。わたしたちが成績を上げないと四人で選抜には入れないっ」

「うん」

「だから、一月の最終テストに向けて詩と賢人に勉強を教えてもらおうよ」

 この瞬間だけは吉岡のことが鬼ではなく天使にみえた。

 桜井さんと過ごせる日常が戻ってくるかもしれない。そう思うと、うれしくてたまらなかった。

 吉岡と話し合った結果、毎回、僕が桜井さんにわからないところを教えてほしいと頼むことになったのだ。

 黄陽はエスカレーター式で高校生になる。だから、高校入試代わりに最終テストという名の中学三年間の勉強の総まとめのテストが一月に行われる。この最終テストの結果を基に、選抜クラスに入る生徒が選ばれるのだ。

 だから、僕は今日もできない生徒のふりをして、わからない教科を絞りだした。

 四人で勉強会をして、最終テストで三十位以内に入り、四人とも選抜クラスに入るために。



 地下駐輪場に自転車を置いた僕たちはエレベーターで二階に上がった。ファミレスのなかは学校帰りと思われる学生たちで賑わっていた。僕たちの勉強会の場所は、僕と吉岡のクラス教室かこのファミレスのどちらかだ。

 今日は駅前を一望できる窓際のボックス席に通された。僕と賢人が通路側に、桜井さんと吉岡が窓側に座った。桜井さんの隣で勉強ができるので僕はとても幸せだ。

「何色に塗られると思うー?」

 それぞれがドリンクバーで飲み物を取ってきた後、吉岡が勉強とは関係ない話を持ちだした。

 僕たちの視線は、窓外の全体が布のカバーで覆われた丹駕駅舎に注がれた。

 丹駕駅周辺は再開発のため、色々なところで盛んに工事が行われている。くすんだ古い建物が壊され、ぴかぴかの真新しい建物が建てられていく。この商業ビルもその再開発によって建てられたものだ。駅舎もきれいに塗り替えられるらしい。

 僕は町が新しくなっていくことに、うれしさよりも寂しさのほうを強く感じてしまう。足場が組まれている建設現場を見るたびに、心は沈んでいった。

「前と同じ黒色じゃないのかな」

 桜井さんが鞄から教科書を取りだしながら答えた。

「緑」

 ぶっきらぼうに短く答えた賢人はメロンソーダを飲んでいる。きっと、まだ拗ねているのだろう。でも、吉岡を無視してはいけないと思って、目に入った色を適当に答えたに違いない。

「茶色だと思う」

 僕は自信を持って答えた。

「わたしは派手なピンクがいいなー」と吉岡が無邪気に言った。

 それは絶対ない、と僕は内心で否定して、鞄から筆箱と英語の教科書とノートを取りだした。

 それぞれの不得意を補うように教え合いながら、二時間ほど勉強に取り組み、橙色がかった空を映すビルを背に、僕たちは帰路に着いた。

 僕たちはまず、毎月のテストの順位を上げるために毎日、勉強を開いた。吉岡の狙い通り、勉強会のおかげで四人で過ごすのが当たり前になっていた。



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