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Tバックマシン  作者: Tai
第五章
30/49

勉強、喧嘩そして海へ(1)

 

「今日も勉強してこっ」

 そう言って、吉岡が丹駕駅前に新しく建てられた商業ビルの二階を指さした。

 そのビルの二階はフロアの半分がファミレスになっていて、僕はそこのポテトフライがお気に入りだ。安くて腹持ちがいいポテトフライは学生の味方だ。

 夏服への移行期間である五月がもうすぐ終わるというのに、いまだに冬服を着ている吉岡が目を細めてこちらを睨みつけてきた。濃緑のブレザーの袖を限界までまくっている吉岡は、次の発言権を僕に押しつけているらしい。

 僕は指先で頬をかきながら慎重に言葉を選ぶ。じいちゃんから受け継いだ照れ隠しの仕草は、僕の場合、悩んでいるときにもでるみたいだ。

「いいね。英語でわからないところがあるから、桜井さん、教えてくれない?」

「……わたしでよかったら」

 よし。微妙な間はあったけれど、今日も桜井さんを帰さずに済んだ。

 昨日は現代文、一昨日は生物基礎。桜井さんを引き留めるため、僕は毎日のようにわからない教科を絞りだしている。でも、そろそろ絞りだすのも限界だ。

 桜井さんはわからないところと一緒に他の大切な箇所も教えてくれる。それも詰めこむようにではなく、頭にしっかりと定着するように優しく丁寧に寄り添うように教えてくれるのだ。

 全教科、桜井さんが先生だったら、僕は学年で一位を取れる自信がある。教え上手な桜井さんのおかげで、どんどんわからない部分が埋まっていくのに、僕は毎日のようにできない生徒のふりをしなければならない。

 これでは成長しない馬鹿な生徒みたいじゃないか。

 たしかに、今、駅前で自転車にまたがったまま会話している四人のなかでは成績がいちばん下だけれど、今月のテストでは学年順位で四十位以内には入ったんだ。家でちゃんと勉強すれば、僕より一つだけ順位が上で勝ち誇っている吉岡を簡単に抜くことができるだろう。

 まあ、今はみんなと勉強する時間だけで十分だから、焦る必要はない。

「俺も、桜井に数学教えてもらおうっと」

 自転車のサドル位置を限界まで高くしている賢人が、桜井先生に授業を申しこんだ。高身長とまだ幼い顔立ちがちぐはぐで、なんか可愛らしい。

「賢人にはわたしが教えるっ」

「いや、俺のほうが頭いいし」

「数学はわたしのほうが上だもんー」

「芽唯に教えてもらっても、ふたりしてわからなくなるだけだろ」

 ふたりの仲睦まじい言い合いを耳に入れつつ、僕は桜井さんを見やった。桜井さんは穏やかな表情で微笑んでいる。

 よかった、と僕は心底ほっとして、ふたりの言い合いに視線を戻す。

 夏服対冬服の戦いはまだ続いていた。

「それでもわたしが教えたいのっ」

「桜井にきいたほうが早いだろ」

「早いとかじゃない」

「じゃあ、何だよ」

「なんでもないしー」

「…………」

 どうやら冬服に軍配が上がったらしい。

 このふたりの言い合いは先に黙ったほうが負けなのだ。傍観者の僕が勝手に作った他の三人は知らないルール。ちなみに、賢人が勝ったところに一度も遭遇したことはない。

 負けた賢人は首をかきながら、梅雨を迎える前の貴重な青空を見上げていた。吉岡は勝ったのに不機嫌な顔をして、桜井さんとビルの地下駐車場へ入っていく。

 僕は賢人を励まし、ふたりの後ろをついて行った。

 体育祭の日。

 ふたりは賢人に告白した。

 賢人は吉岡と付き合うことを選んだ。

 どうやら前から吉岡のことを気になっていたらしい。吉岡への好意を付き合う前に教えてくれなかったことを、僕はほんの少し根に持っている。

 ふたりが付き合いはじめてから、四人で過ごす時間はなくなった。

 僕は初々しいカップルの大事な時間を邪魔しないようにした。何事も最初が肝心だから。

 桜井さんの気持ちはわからないけれど、きっと、気まずかったんだと思う。親友と好きな人が恋人になったのだ。僕も桜井さんの立場だったら、ふたりが一緒にいる空間に近づきたいとは思わない。

 体育祭の翌日に携帯に届いた桜井さんからのメッセージを読んで、賢人にフラれたと知ったとき、僕は驚きや落ちこみより、告白を勧めたことへの責任を感じた。

 でも、その後の吹きだしに、

 〔ちゃんと伝えて終われてよかった〕

 〔戸島くん、背中を押してくれてありがとう〕

 と書かれていて、それを読んだ僕は自室でひとり、泣いた。

 色んな意味がこもった涙だった。

 あのときの僕からすると、四人揃ってファミレスで勉強するのは夢のような出来事だ。



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