旗とエール(8)
研究室に着くと、じいちゃんは珍しくソファーでコーヒーを飲んでくつろいでいた。
「隼、おかえり」
「ただいま。じいちゃん、突然なんだけど、またTバックマシンを使わせてください」
「理由は?」
「桜井さんのために使いたいんだ。桜井さんには好きな人がいて、本当は気持ちを伝えたいのに、自分の気持ちを抑えこんで告白せずに終わろうとしてる。僕は桜井さんのことが大好きだから、その気持ちを大事にしてほしいから、戻りたい」
「隼は自分の気持ちを優先しなくていいのか?」
「うん。これが僕のわがままなんだ」
「それで後悔しないのか?」
僕は無理に笑顔を作らず、真剣な顔で頷いた。
「本当にいいんだな?」
「はい」
「よし、わかった。みんなに隼の決意の走りをみせてこい」
じいちゃんからTバックマシンを受け取って僕は急いで穿き替えた。
じいちゃんがはってくれたテープの数は前と後ろに一枚ずつだけになった。
僕はじいちゃんに深々と頭をさげてから、自転車に乗り、大急ぎでグラウンドに戻った。
すでに後夜祭がはじまっていた。
後期課程の先輩たちが喜びを噛みしめるようにダンスを踊っている。僕はそのダンスを横目で見ながら、入場門があった場所へ向かう。生徒も先生もダンスに夢中で、僕には気づいていない。
靴を脱ぎ、何の躊躇いもなく体操服を脱ぎ捨て、僕は勢いよく走りだした。
「うおおおおおぉぉぉぉー」
雄叫びをあげると、トラックを囲む生徒や先生の視線を痛いほど感じた。
でも、見られていることに恥ずかしさは感じなかった。
むしろ、見てくれ。
大好きな桜井さんのために走る僕を見てくれ。
恥ずかしい気持ちを全然感じていないのに、体が炎をまとっているみたいに熱くなった。桜井さんのためなら灰になったって構わない。
視界に広がっていた白いテント、僕を止めようと駆け寄ってくる先生の険しい顔、ダンスを踊っていた先輩たちの驚いた顔が消え、世界が桃色に包まれた。
向かう先には、あの太陽のような白い円が待ち構えている。
足裏に感じていた砂のざらざらとした感触が消えて、空気を掴むような感触に変わった。
体が徐々に浮かびはじめ、僕は透明な階段を上っているような感覚に襲われる。
今までは浮遊感が強かったけれど、今回は見えない段をしっかりと踏んでいる気がする。
僕は強い決意を胸に、桃色の世界を駆け抜けた。




