旗とエール(7)
後夜祭に向けて生徒たちは片づけをはじめる。
僕は賢人と一緒に中島先生を手伝いに行こうと思ったけれど、テントの周りをぐるっと見回しても賢人の姿は見当たらなかった。応援団の集まりにでも行ったのだろうか。
仕方なく来賓席のあたりにいる中島先生のもとへひとりで向かおうとしたら、弱々しい声に呼び止められた。
「……戸島くん」
振り返ると桜井さんが思い詰めたような顔で立っていた。
「ど、どうしたの?」
僕は動揺が隠せなかった。桜井さんから伝わる空気が僕の気持ちをざわつかせた。
桜井さんの瞳がつらそうに揺れている。
「旗を持って行くの、手伝ってくれない?」
「い、いいけど」
クラス旗はひとりで運べる重さだ。きっと、それよりも大事な何かがあるから僕を呼び止めたのだろう。
僕は期待と不安とクラス旗を抱え、桜井さんと歩きだす。
すれ違う生徒たちは後夜祭に向けて楽しそうに会話の花を咲かせていた。僕たちのあいだには会話がない。
呼び止めた理由を知りたい。でも、怖い。でも、沈黙がつづくのはもっと怖い。僕は体の奥底から勇気をふりしぼり、口を開いた。
「デザイン賞おめでとう」
僕は桜井さんを見ずに言った。
「……あ、ありがとう」
次に桜井さんが声を震わしながら発した言葉で、僕は足を止めてしまった。
「わたし、一色くんのことが好きなの」
突然の告白に、僕は顔いっぱいに驚きが広がっていくのを感じた。
え、急に、賢人が、好き……って。
えっ、うそ、そんな。
どうして、僕に……。
抱えていた期待は塵となって落ち、地面の砂と同化した。
僕のもとに残ったのは、巨大化した不安と生まれたての落胆と重力感の増したクラス旗だった。
「急に、どう、したの?」
うつむいている桜井さんに、僕はたどたどしくも何とか言葉を投げることができた。
桜井さんの言葉を待つあいだ、僕のなかで様々な意味を持った、なぜ? が積もっていく。
「誰かに言いたくて」
「どうして僕に?」
僕は積もっていたなぜをひとつ、言葉にした。
「……わからない」
なぜは形を変えずに戻ってきてしまった。僕は徐々に大きくなっていく落胆に知らないふりを決めこんで、桜井さんに問いかけた。
「賢人に告白しないの?」
「うん。……わたしだけじゃないから」
「えっ」
「芽唯ちゃんも一色くんのことが好きで、それで……芽唯ちゃんのほうがお似合いだって思ったから、わたしは応援するって決めたの」
顔をあげた桜井さんは微笑んでいた。でも、それはいつもの天使のような微笑みではなかった。僕には苦しみを必死に隠そうとして無理に笑っているようにしかみえなかった。
「なんか、なんか、なんか違うよ!」
胸を締めつけてくる様々な感情にまかせて僕は言葉を吐きだす。
「桜井さんはめちゃくちゃ可愛いし、優しいし、頭いいし、可愛いし、絵がうまいし、僕は吉岡よりお似合いだと思うよ。それなのに賢人に告白せずに終わるなんてだめだよ」
僕が心に刻んだじいちゃんの言葉が今の桜井さんには必要だ。
「自分の気持ちを大事にできない人は、本当の意味で人を大事に思うことはできないんだよ。桜井さんが自分の気持ちに蓋をするってことは、本当の意味で吉岡のことを大事に思ってないってことと一緒だよ。だから、ちゃんと、賢人に気持ちを伝えよう」
最後の言葉は震えてしまった。
「……でも、今、芽唯ちゃんが告白してるからもう遅いよ」
「大丈夫。僕にまかせて」
僕は抱えていたクラス旗を桜井さんに渡した。不安そうにこちらを見つめる桜井さんに、僕は自分の想いを伝えた。
「僕は桜井さんのことが大好きだから、桜井さんのために走るよ」
頬を紅潮させて不思議そうな表情の桜井さんをグラウンドに残し、僕は急いで教室に自転車の鍵を取りに行き、自転車置き場へ行った。
走り疲れた脚を奮い立たせ、全速力でペダルを漕いだ。




