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Tバックマシン  作者: Tai
第四章
26/49

旗とエール(6)

 

 体育祭は午前の最後の種目である全員リレーを迎えた。

 一年生が熱いレースを繰り広げるなか、二年A組の生徒たちは入場門にかけつけた中島先生と一緒に円陣を組んで気合を入れた。

 僕はしっかりとスタートを決め、一位で次の走者にバトンを繋いだ。

 クラスメイトから渡された赤色のビブスに袖を通しながら、走っている選手に声援を送る。クラスによって順番が違うため、男女が一緒に走ることも多く、順位が目まぐるしく変わる。順位が入れ替わるたび、大地を揺らすほどの歓声がグラウンドに轟いた。

 桜井さんの走りはしっかりと目に焼きつけた。

 レースも終盤を迎え、差がほとんどない状態でアンカーの僕にバトンが回ってきそうな展開だ。こういう展開のときは冷静さが勝敗をわける。僕は胸に手を置き、長い息を吐いて、高ぶる気持ちを落ち着かせた。

 賢人にバトンが渡った。前を走る青組の選手に必死に食らいついている。二位でコーナーを曲がってきた賢人に僕は大きく手を振って、言葉になっていない声で叫ぶ。

 僕は再びバトンを持った。

「隼、行けぇー」

 賢人の叫びに背中を押されて僕は走りだす。

 スタートのときより、バトンが重く感じる。クラスメイトの思いがこもったバトンをぎゅっと握りしめて脚の回転をどんどん速くする。

 僕は最後の直線で前を走っていた青組の選手を抜き、ゴールテープを切った。

 ゴールした僕のもとにクラスメイトが歓喜の叫びとともに集まって、僕はもみくちゃにされた。桜井さんが喜んでいたかどうかは確認できなかった。喜んでくれていたらいいな。

 興奮冷めやらぬまま昼休みを迎え、僕は昼食をとるために母さんたちがいるテントへ行った。兄さんは別にお弁当を用意してもらったらしい。彼女と一緒に食べるのだろうか。そうだとしたら、羨ましいかぎりだ。

 三段のお重には茶色いおかずと巨大なおにぎりがぎゅうぎゅうに詰めこまれていて、走り疲れた僕の体を癒して元気づけてくれた。学生時代、陸上部だった伯父さんが今年も僕の走りを絶賛してくれた。

 僕が三個目のおにぎりを麦茶と一緒に流しこんだころ、応援合戦がはじまった。

 一番手は赤組。

 真っ黒な学ランに地面に触れてしまいそうなほど長い赤色の鉢巻きをした応援団が、ボウリング場のピンのような逆三角形に並んでいる。僕は先頭にいる団長ではなく、いちばん後ろの角に立つ賢人を見やる。

 賢人は胸の前で両腕をきれいに合わせて目を閉じている。すでに、かっこいい。

 どんっと太鼓の音が鳴った。

 団長のマイクを通していないとは思えない迫力のある声がグラウンドに響く。今度は隙間なく太鼓の音が鳴る。その音に合わせて、腰をぐっとさげた応援団員が足踏みをしてリズムを刻みはじめる。

 どどんっと太鼓の音が空気を切り裂いた。

 静寂がグラウンドを支配する。

 団長が、ハッと一声で静寂をかき消すと、応援団は一糸乱れぬ動きで舞いはじめた。力強く優雅な舞に、僕は目が釘づけになるほど魅了された。

 その後に歌われた応援歌は、青空に浮かぶひとつの雲を消し去るような凄まじさがある歌声だった。歌というよりは魂の叫びのようだった。

 八分間の応援はあっという間に終わった。

 僕は誰よりも大きな拍手を応援団に送った。その後の二組の応援団も素晴らしかったけれど、僕は赤組の応援に強く心を打たれた。いちばん素敵だと思った。自分の組がいちばんにみえるのは当たり前かもしれないけれど。

 僕の午後の最初の種目は台風の目だった。四人で太い竹棒を持って走り、後ろに繋いでいく。僕は知らない先輩ふたりに挟まれて緊張しつつも精いっぱい走った。赤組の結果は二位だった。

 休む間もなく僕は五十メートル走決勝のために入場門へと向かった。

 テントで水分補給をしたとき、ちらっと桜井さんの顔をうかがったら、午前中よりほんの少し明るい表情になっていたので、安心した。

 僕は気合いを入れるために、どうしても桜井さんの声がききたくなった。

「絶対に勝つから観ててね」

「うん、戸島くんもがんばって」

 桜井さんの穏やかな声に癒され、優しい微笑みを受けて全身から気合があふれでるのを感じた。

 絶対に勝つぞ。

 賢人とはレースが終わるまで言葉を交わさなかった。別に喧嘩をしていたわけじゃない。男と男の真剣勝負をする前に会話は必要ないと思ったから。

 僕は桜井さんのおかげで予選よりもいい走りができて、見事一位でゴールテープを切った。

 気持ちが高ぶった僕はゴールした後にテレビで観た陸上選手のポーズを真似した。でも、その選手のように手足が長くないから様にならず、ちょっとした歓声とたくさんのくすくすとした笑い声に包まれた。

 一位の列に並んだとき、予選と同じように前に座っている吉岡に決めポーズのことをにやけ顔でいじられた。恥ずかしさでどこかに隠れたくなった。二位だった賢人にもいじられた。背の高い賢人だったらかっこよく決まっていたのかもしれない、と考えると少し落ちこんだ。

 体育祭は最終種目の選抜リレーの時間になった。

 グラウンドでは、最終種目への静かな熱狂と体育祭が終わりを迎えることへの哀惜が渦巻いている。僕はその渦に身を投じるように入場した。

「赤組、ファイトォー」

 退場門側に並ぶ六つのテントで赤色の鉢巻きやクラス旗を振り回す人たちの声援を受けた。他の組も負けじと選手たちに声援を送っている。ぶつかりあう声援が鼓膜を激しく揺らした。

 中島先生がスターターピストルを構えた。声援たちは一旦、影を潜める。

 バンッと号砲が鳴り、レースが始まった。

 再び声援たちが顔をだし、選手の背中を押すようにグラウンドに轟いた。

 僕は四番目に走り、ふたりの選手を抜いて一位でバトンを繋いだ。今日の僕は絶好調だ。

 一位を死守したまま赤組のアンカーがゴールテープを切ると、赤組の人たちがテントから飛びだしてきて、アンカーのもとに駆け寄り、お祭り騒ぎになった。僕もその輪に加わって勝利の喜びを分かち合った。

 グラウンドに熱狂のかけらを残しつつ、体育祭は無事に終わった。赤組が見事優勝。閉会式の後、賢人やクラスの男子と肩を組んで僕は勝利を味わった。


 

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