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Tバックマシン  作者: Tai
第四章
24/49

旗とエール(4)

 

 澄んだ青空に見守られながら、ペダルを踏む足に力をこめる。ひんやりとした朝の風をきって僕は学校へ急いだ。

 母さんとばあちゃんから、どの種目に出場するのかを何度も確認されたせいで、予定より家をでるのが遅れてしまった。昨日の夜に、プログラム表の出場種目のところに丸をつけておいたのに。

 まあ、毎年のことだから仕方ないか。こういうイベントのときは、当事者の僕や兄さんより、大人たちのほうが盛りあがるのだ。

 じいちゃんは研究で忙しいから来られないけれど、その日の夜に伯父さんが撮ったビデオを観てくれる。僕は毎年じいちゃんの隣でビデオに映しだされたシーンを細かく解説してあげるのだ。僕とじいちゃん、ふたりだけの後夜祭だ。

 今年は、五十メートル走、台風の目、借り物競争、全員リレー、選抜リレーに僕は出場する。とにかく走る体育祭だ。

 学校に着くと、僕は教室ではなく美術室へ向かった。

 静かな美術室で桜井さんがひとり、クラス旗を眺めていた。

 昨日の帰り、最後の仕上げをするから早めに学校に行く、と桜井さんは言っていた。クラス旗のデザイン賞を狙っているからぎりぎりまで粘りたい、と珍しく興奮した様子で語っていた。

 クラス旗の制作を手伝うあいだ、桜井さんとふたりで話せなかったので、ふたりで過ごす時間を作りたくて僕も早めに学校に来たのだ。

「おはよう」

 僕は桜井さんに歩み寄って声をかけた。

「戸島くん、おはよう」

「できたんだね」

「直そうか悩んだけど、結局、このままでいいかなって思ったの」

「うん、すごくいいよ。僕はこの絵、かっこいいと思う」

「ほんと、ありがとう」

 にっこりと笑った桜井さんと目が合って、僕は隠せない照れを何とかごまかすために、桜井さんの笑顔から目をそらし、指先で頬をかいた。

 あ、じいちゃんと同じだ。

 思わぬところでじいちゃんとの共通点が見つかってうれしくなった。じいちゃんの孫であることはずっと僕の自慢だ。今までもこれからもずっと。

「旗棒につけるの手伝ってくれる?」

「もちろん」

 僕はとびっきりの笑顔で答えた。

 桜井さんと一緒に樹脂製の旗棒にクラス旗の角の紐を結びつけていく。今、桜井さんとふたりきりだ。幸せすぎる空間が顔を緩ませる。うん、本当に幸せだ。

 でも、ちゃんとしないと。顔はゆるゆるでいいけれど、紐はしっかり結ばないと。

「あー、戸島に先越されたー」

 すでに赤い鉢巻きつけて気合十分な吉岡が美術室に現れた。

 吉岡は僕をいじるときに見せる、にししっとした悪い笑顔を浮かべている。飛び跳ねるように近づいてくる吉岡の頭の上で、鉢巻きで作られた赤色のリボンが楽しそうに揺れていた。

 これにて、僕と桜井さんのふたりきりの時間は終了した。

「詩。おはよっ」

「……おはよう」

 桜井さんは妙な間を置いて返事をした。先ほどとは打って変わって、桜井さんの表情は影が差したように暗くみえる。

 急にどうしたんだろうか。

「それでー、戸島はー、ここでー、何してるのぅー?」

 悪い笑顔がこちらを向いた。

「桜井さんを手伝いにきた」

 鬱陶しいくらい語尾を伸ばした吉岡に、僕は真面目な顔を作って答えた。

「それだけぇー?」

「それだけ」

「ほんとにぃー?」

「ほんとに」

 僕の返事をきくたびに、吉岡の口端はぐいっとつり上がっていった。心底楽しそうでちょっとむかつく。

「……わたし、先に戻るね」

 明らかに元気のない声を発した桜井さんは、クラス旗を持って逃げるように美術室をでて行った。

 吉岡が現われてから、桜井さんの様子がおかしい。

「どうしちゃったんだろう」

 吉岡は悪い笑顔をしまい、小首を傾げている。吉岡も桜井さんの異変に気づいたらしい。

「何かした?」

 吉岡が睨みつけてきた。

「な、何もしてないよ」

 僕はあらぬ疑いをかけられて変に動揺してしまった。それに気づいた吉岡の視線がさらに鋭くなる。僕が来たときは普通だったし、クラス旗を褒めたら笑ってくれたし。僕のせいではないと思う。

「僕が来たときはいつも通りだったよ。笑ってたし」

 疑いを晴らすため、吉岡が現われる前の桜井さんの様子をざっくりと伝えた。

「えっ、じゃあ、わたしが来たせいで元気がなくなったの?」

 状況を考えるとそうかもしれないけれど、それは僕の主観である。

「それは、わからない」

 桜井さんの気持ちは本人にしかわからないから、僕はそう答えるしかなかった。

「詩、どうしたのかなー」

 桜井さんを心配する吉岡の頭のリボンがしょんぼりと垂れているようにみえた。

 桜井さんのことがよほど心配なのか、吉岡は教室へ戻るあいだ一度も僕をいじってこなかった。

 教室内は、もう体育祭が始まっているかのように騒がしかった。

 いつもはクールな賢人もクラスの男子と肩を組んで楽しそうにはしゃいでいる。教室に入ってきた中島先生が、今日は勝つぞ、とさらに盛りあげた。

 そんな中で桜井さんだけは静かにうつむいていた。黒板の端に立てかけてあるクラス旗が僕の目には心なしか寂しげに映った。

 吉岡は自分の席で、笑顔を弾けさせている賢人や彼と一緒に騒ぐ男子たちの集団のほうを向いていた。

 中島先生に連れられて、僕たちはグラウンドに移動した。

 全校生徒が集まったグラウンドは教室よりも騒がしい。トラックを囲うように建てられた白いテントのなかで保護者たちがカメラを構えている。自分の子どもを探しているのか、丸いレンズを忙しなく動かしている大人がたくさんいた。

 身長順に並んで前のほうの僕は、すぐに母さんたちを見つけることができた。母さんの横にはビデオカメラを覗く伯父さんと笑顔で手を振る伯母さんがいる。僕は軽く会釈をして伯母さんに応えた。応援が多いのは素直にうれしい。

 アナウンスが流れ、宣誓台の上に校長が立つと、グラウンドに渦巻いていたざわつきが、砂に吸いこまれたかのようにすっと消えていった。

 校長の長い話が終わると、優勝旗の返還が行われ、校長と入れ替わるように各組のグループ長が宣誓台にあがった。僕たち赤組のグループ長は賢人のお姉さんが務めている。

 三人のグループ長が澄みきった青空に向けて真っすぐ手を伸ばして、溌剌とした声で選手宣誓をした。

 いよいよ、体育祭が始まるんだ。そう思うと、高揚感と緊張感に包まれて背筋が伸び、鼓動が速くなった。

 絶対に負けない。兄さんがいる黄組にも、桃太子先輩がいる青組にも。

 軽快な音楽に乗せ準備体操をし、テントに戻ると、第一種目の五十メートル予選に出場する選手へ向けてのアナウンスが流れた。



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