花火と後の祭り(6)
研究室の扉を開ける。
じいちゃんは僕が帰ってくるのを待ち構えていたかのように、黒い椅子に座ってこちらを向いていた。
「隼、祭りは楽しかったか?」
「うん」
「そうか。よかったな」
じいちゃんが優しく微笑んだ。
「じいちゃん、もう一回Tバックマシンを使わせてください」
僕は深く頭をさげた。
「理由は?」
じいちゃんの冷静な声が降ってきた。
「僕が戻る前に桜井さんたちと祭りに行ってたクラスメイトに偶然、会ったんだ。そのふたりは僕たちを見て落ちこんで寂しそうだった。
僕が戻ったせいでふたりから楽しい時間を奪ったんだって、自分のわがままでふたりに最低なことをしたんだって気づいたんだ。僕はタイムバックして桜井さんとの祭りを楽しんだ。もうすっごい幸せだから、ふたりのためにもう一回タイムバックして、元に戻したい」
「だめだ」
じいちゃんの厳しい声が静かな研究室に響いた。眼鏡の奥の瞳が鋭い光を放っている。
「戻る前に、どんな結果になっても受け入れる覚悟はあるのか、とちゃんときいたのを覚えているか。あのとき、隼が真剣な顔で、はい、と返事したから戻ることを許可した。
それなのに、元に戻したいとはどういうことだ。隼が違う選択をすれば、周りに変化が起こるに決まっているだろ。良いこともあれば悪いこともある。良いことだけを受け入れて、悪いことをなくそうとするな。自分の選択で起きた事をちゃんと受け止めなさい。新しく選んだ道を、責任をもって歩みなさい」
じいちゃんの言う通りだった。何も言葉がでてこない。
僕はタイムバックすることをどこか軽く考えていた。自分の都合よく考えていた。じいちゃんの厳しい言葉で自分のずるさに気づかされた。
元に戻したいなんて、無責任で情けなさすぎる。
僕は本当に最低だ。
「それとな、隼はもう少しわがままになっていいんじゃないか」
「えっ」
一転して優しい口調になったじいちゃんの言葉に僕は驚いた。今でも十分すぎるほどわがままなのにどうして。
「隼は他人の気持ちを優先しすぎじゃないか。それが隼のいいところでもあるが、今のままではだめだ。隼が今日感じた幸せな気持ちをいちばんに大事にしないでどうする。自分の気持ちを大事に思えないやつは、本当の意味で他人を大事に思いやることはできない。だから、その、もう少し、わがままになれ」
言い終えたじいちゃんは僕から目をそらし、指先で頬をぽりぽりとかいている。指先がなぞる頬はほんのりと火照っていた。
じいちゃんの厳しい声で紡がれた言葉。優しい声で紡がれた言葉。
それぞれの言葉が、僕に大切なことを教えてくれた。そして、その言葉すべてにじいちゃんの愛情がたっぷりとつまっていた。ぬくもりいっぱいの愛情は少しくすぐったかった。きっと、僕の頬も火照っているだろう。
「じいちゃん、ありがとう」
やっぱり、じいちゃんが大好きだ。
「ただ、じいちゃんみたいに、わがまま放題になってはだめだぞ」
そう言って、じいちゃんは、うははっと大口を開けて豪快に笑った。
誰かに素敵な言葉を贈れて自分のことも大切にできる人になる。僕は目の前で笑うじいちゃんを見て決意した。
将来、わがまま放題じゃないじいちゃんになる。
またひとつ、なりたい大人を見つけた。
「うん。気をつける」
僕が笑って答えると、じいちゃんはまた、うははっと大きな声をだして笑った。
「花火はきれいだったか?」
「ちゃんと観られなかった」
「来年はちゃんと観るんだぞ。絶対だぞ。じいちゃんとの約束だ」
「うん」
じいちゃんと未来の約束をした僕は祭りでの出来事を、花火を打ちあげるように次々に話した。研究室にたくさんの笑顔の花火が途切れることなく咲きつづけた。