子猫の名前は茶々(2)
友達の家でゲームをした帰りだった。
この古い家の前を通ったとき、みー、みー、と小さな鳴き声がきこえてきた。
声がきこえるほうに近づいていくと、段ボール箱のなかでちょこんと座っている子猫と目が合った。子猫は助けを求めるように可愛く鳴き、箱の横を何度も何度も爪で引っかいていた。
連れて帰ろうと思った。
でも、絶対に母さんに怒られる。
母さんは子どものころに近所の野良猫に手を引っかかれてから、猫が大嫌いになったらしく、テレビに猫が映っただけで、しかめっ面でチャンネルを変えてしまうのだ。それに、母さんはまったく家に帰ってこない父さんのことですごくいらいらしている。
今の母さんは、いつもより怖い。
そのときの僕のなかで、子猫を助けたい気持ちと母さんに怒られる恐怖が戦った。子猫のつぶらな瞳を見れば助けたいが強くなった。でも、その向こうに母さんの眉をつり上げた怒り顔がちらついた。
結果、恐怖が勝った。
夜は冷たい雨が降ると天気予報でいっていたのを思いだし、子猫が寒くないよう、体操服と一緒に入れていた白いタオルをかけてあげた。
それしかできなかった。
仕方ない、仕方ないんだ。僕は言い訳をして、子猫に背を向けた。
夕日色のアスファルトを歩きながら、何度も何度も振り返って、子猫を連れて帰ろうと思ったけれど、僕のつま先が子猫のいる古い家のほうに向くことはなかった。