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Tバックマシン  作者: Tai
第三章
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花火と後の祭り(5)

 

 二度目の丹駕祭り。

 僕の隣を黒色の浴衣を着た賢人が歩いている。これは戻る前と変わらない。

 違うのは、僕たちの前に、桜井さんと吉岡がいることだ。

 白い花びら柄の水色の浴衣を着た桜井さん。髪をアップにしている桜井さんのうなじを見て、僕の鼓動が速くなる。今日もかわいい。

 そんな桜井さんの横で赤い花柄の黄色の浴衣を着た吉岡がりんご飴を舐めていた。きっと今の僕の顔は、りんご飴のように火照っているだろうな。

「ねえ、射的しよ!」

 吉岡がぴょんと跳ねるようにして振り返った。浴衣姿のせいか可愛く見えて、妙にどきっとしてしまった。

「よっしゃ。隼、勝負しようぜ」

 賢人の瞳には闘志がみなぎっているようだった。

 僕は瞳に気合いの炎を灯し、力強く頷いてみせた。桜井さんの前で負けるわけにはいかない。

 僕たちは射的の屋台の前で横一列に並ぶ。左から、桜井さん、吉岡、僕、賢人の順。桜井さんの隣がよかったけれど、この際、並びは関係ない。

 僕はかっこいいところを見せるだけだ。

 銃のピストンレバーを引き、先端にコルクを詰める。

 三段の景品台にはお菓子、小さなぬいぐるみ、ゲーム機の名前が書かれた札まで置いてある。いちばん上の段の真ん中に置かれた存在感たっぷりの大きな茶色の熊のぬいぐるみは、この銃の威力では台から落ちそうな気がしない。あのぬいぐるみも、ゲーム機みたいに札を用意すればいいのに。

 さあ、どの景品を狙おう。

 六発のコルクをすべて命中させ、かっこいいところを見せたい。僕は銃を構え、いちばん下の段のチョコレートの箱に狙いを定める。

(うた)はどれ狙うのー?」

「リスにしようかな。芽唯ちゃんは?」

 桜井さんは、二段目にいるクルミを持ったリスのぬいぐるみがほしいのか。

「わたしはお腹空いたからお菓子を六つ取る」

 ひとりだけ、焼きそば、たこ焼き、いちご味のかき氷、チョコバナナ、りんご飴を食べたのにまだお腹が空いているのか。吉岡の胃は宇宙よりも広いのかもしれない。

「ほんとは、あの大きな熊がほしいんだけどね」と桜井さんが言った。

「あれはぜったい落ちないよー」

「そうだよね」

 桜井さんは、本当はあの大きな熊のぬいぐるみがほしいのか。

 銃口が導かれるように、いちばん上の段の真ん中に向いた。しっかりと狙いを定め、僕は銃の引き金を引いた。

 パンッと小気味よい音が鳴り、コルクは熊の右耳をかすって後ろの紅白の幕を揺らして消えていった。

「あの熊ねらうのか?」

 賢人が信じられないと言いたげな顔をしている。

「うん」

 僕は二発目のコルクを詰めながら頷いた。

 吉岡の、かっこいいー、と茶化すような言葉は祭りの賑わいにかき消されてきこえなかったことにした。

 今は熊を落とすために集中しないと。

 二発目は熊のお腹に当たったけれど、びくともしなかった。三発目と四発目はあらぬ方向に飛んでいった。

 残されたコルクはあとふたつ。

 銃の先端にコルクを詰める前に僕はすっーと小さく息を吐いた。

 絶対にあの熊を落としたい。かっこいいところを見せたいし、何より桜井さんに喜んでもらいたい。ああ、どこに当てれば台から落とせるのだろう。

「少年、熊ねらってんのか?」

 景品台のわきのパイプ椅子に座る射的屋のおじさんが、愉しげな顔で話しかけてきた。ぴかっと輝いた汗がにじむ頭にねじり鉢巻きを巻いていて、いかにも屋台のおじさんという雰囲気をかもしだしている。

「どこを狙ったら落とせますか?」

 僕は是が非でも熊がほしいので、おじさんに助言を求めた。

「ああ、額にあてれば簡単に倒れるぞ」

「本当ですか?」

「俺が言うんだから間違いねえ」

 おじさんは自信満々な顔で胸元をぼんっと力強く叩いた。

「ありがとうございます」

 僕はお礼を言って、助言通りに銃口を熊の額に向けた。

 頼む、落ちてくれ。

 絶対に落ちてくれ。

 僕は願いをこめて引き金を引いた。

 コルクが放たれた音とほぼ同時に熊は驚くくらい簡単に後ろに倒れて、景品台の裏へと消えていった。

「お、落ちた」

「おめでとう」

 おじさんが祝福の言葉とともに熊のぬいぐるみを手渡してくれた。

「すげえじゃん」

 賢人が背中をばしばしと何度も強く叩いてきた。落とした僕よりも興奮している。

「やるぅー」

 にやけ顔の吉岡がまた茶化してきた。

 吉岡の後ろで、桜井さんが小さく拍手をして祝福してくれている。

 僕は桜井さんに歩み寄ると、抱えている熊を差しだした。

「あげる」

「えっ、でも」

「桜井さんがほしいって言ってたから」

「い、いいの?」

「もちろん!」

 僕はとびっきりの笑顔で答えた。

「ありがとう」

 熊のぬいぐるみを受け取った桜井さんは幸せそうな笑顔を浮かべ、熊を愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。熊が羨ましい。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 桜井さんを笑顔にすることができた。

 戻る前は遠くから見ていた笑顔を、今、目の前で見ることができた。

 戻ってきてよかった。勇気をだして誘ってよかった。

 うれしい。すっごくうれしい。ああ、幸せだ。

「わたしにも何か取ってよ」

 僕と桜井さんの幸せな空間に、吉岡が割りこんできた。なぜか、頬を膨らませてこちらを睨んでいる。

 吉岡は両手に、チョコの箱がふたつ、スナック菓子がふたつ、ラムネの飴がひとつを抱えていた。そんなにたくさん取ったのにまだ何かほしいのか。

「お菓子たくさんあるじゃん」

「キャラメルがほしい」

 吉岡の目に鋭さが増した。

 僕は最後の一発でキャラメルの箱を落とした。今日は調子がいい。

 キャラメルの箱を渡すと、吉岡は、やったー、と言って満開の笑顔を咲かせて何度も飛び跳ねて喜んでくれた。そんなにうれしいなら僕も取った甲斐がある。

「隼の勝ちだな」

 賢人が僕の肩に手を添えて言った。

 そうだ、勝負していたんだった。熊を取ることに必死で、すっかり忘れていた。賢人、ごめん。

「今日の戸島、なんかかっこいいねー」

 吉岡がにやけ顔で言った。

「うん。戸島くんかっこいいよ」

 桜井さんが天使のような微笑みで言った。

 桜井さんから贈られた最上級の褒め言葉に、頬が熱くなってとろんと落ちていく感覚がした。ああ、夜空に向かって叫びたい。幸せだー、って。

 射的で遊んだ僕たちは丹駕祭りの最後の締めくくる花火を見物するため、商店街を抜けた先にある丹駕城下公園に移動することにした。

 丹駕城を背景に打ちあがる花火を観るには、その公園がいちばんいい場所なのだ。色とりどりの花火が城を幻想的にライトアップする。

 吉岡の、家をでるときに玄関先ですがりついてきた権力先輩を扇子で撃退したという話に耳を傾けていると、いきなり賢人がすれ違った誰かに声をかけた。

「よっ」

「おお、賢人じゃん」

 賢人が声をかけたのは、僕がタイムバックする前に桜井さんたちと祭りに来ていたサッカー部の山田と小野だった。

「花火みねえの?」と賢人がきいた。

 その言葉に山田が暗い顔をして、男ふたりでみても楽しくねえから、と呟き、小野が、まあ、そうだな、と頷いて小さくため息をついた。

「じゃあさ、一緒に観ようよー」

 吉岡がスナック菓子を頬張りながら無邪気に誘った。

「いや、ダブルデートの邪魔しちゃ悪いから」

 小野がそう言うと、ふたりは落ちこんだ様子で僕たちが向かう城下公園とは反対方向に歩いていった。人混み川の流れに逆らいながら進む彼らの後ろに、落胆が色濃い寂しげな足跡が残されているようにみえた。

 僕がタイムバックしたせいで彼らにつらい思いをさせてしまった。

 自分のわがままで人を傷つけたことを実感して胸が苦しくなる。

「早く行かないと打ちあがっちゃうよー」

 食べ終えたスナック菓子の袋を雑に丸める吉岡に急かされて、僕たちは下駄をからんっと鳴らしながら城下公園へと向かった。僕の足音だけが濁ってきこえた。

 僕たちの到着を待っていたかのように、公園に着いた途端、一発目の花火が打ちあがった。

 黄色と赤色がとけあう美しい花火が夜空を彩る。その花火を追いかけるように四つの小さな花火も夜空に咲いた。どんっ、どんっ、どんっ。次々に花火が咲いていく。

 この公園にいる人はみんな、空を見上げて花火に夢中だろう。

 でも、僕は違った。さっきすれ違ったふたりの姿が頭にこびりついて離れない。彼らをあんな風に悲しませたのは間違いなく僕だ。

 僕はうつむいた。こんなわがままな僕に桜井さんたちと花火を観る資格なんてない。

 僕は最低なことをしたんだ。

 花火でときおり輝く砂利の地面を見つめ、花火が終わったらすぐにじいちゃんの研究室に行こうと決意した。

 タイムバックする前に横断歩道の向こう側にあった彼らの楽しそうな姿を取り戻す。

 三千発の花火が終わると、僕は花火の余韻に浸る三人を残して、急いで祭りを後にした。


 

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