知るということ(6)
帰るとすぐに研究室へ向かった。じいちゃんに話したいことがたくさんある。
「じいちゃん、ただいま」
「おお、隼。おかえり。どうだった?」
僕はいつもの丸椅子に座って、じいちゃんに決意をこめた眼差しを向けた。まず、これを伝えないと。
「黄陽を受験することに決めた」
僕は力強く宣言した。
「そうか」とじいちゃんは頷いた。
「憧れの先輩がいて、新しくできた友だちがいる黄陽に行きたい」
権力先輩みたいにかっこいい人になって、賢人と楽しく過ごす。戻る前には抱けなかった目標が見えた気がする。
それでね、と僕は興奮した口調で、じいちゃんに見学会のことを色々と話した。
権力先輩が描いてくれた絵のこと。賢人がかっこよかったこと。模擬授業の後、校舎を見学しているときに、権力先輩が教えてくれた学校豆知識のこと。西校舎の自動販売機のほうが飲み物の種類が多いとか、校内にはKのマークが隠されているところが十か所あるとか、東校舎の三階の女子トイレにはお化けがでるとか。
「合格したら、Kのマークを一緒に探そうって賢人と約束したんだ!」
静かに話をきいていたじいちゃんは、今にも泣きだしそうな顔をしている。涙をこらえるためか、鼻の穴を忙しそうに膨らませては萎ませてを繰り返していた。眼鏡が少し震えている。
悲しい話なんてひとつもしていないのに、どうして泣きそうな顔をしているのだろう。
気になったことはとりあえずきいてみる。
「どうしてじいちゃんは、泣きそうな顔をしてるの?」
「隼に友だちができて、うれしいからだよ」
僕が首を傾げてぽかんとしていると、うれしいときも涙はでるんだ、とじいちゃんは言った。
僕は悲しいときや怒られたときしか泣かないし、母さんも父さんのことで辛くて悲しくて泣いていたし。うれしいときに泣くなんて、じいちゃんはやっぱり、変わってる。
「隼。一度合格してるからって油断しちゃだめだぞ」
じいちゃんが目にたまっていた涙を指で拭って、にかっと笑った。
「じいちゃんの孫だから大丈夫だよ」
僕は、にかっと笑い返した。
僕の答えをきいたじいちゃんは大口を開けて、うははっと気持ちよさそうに笑った。その笑い声で研究室は楽しい空気に包まれた。




