知るということ(2)
じいちゃんはドラフターに張りつくような姿勢で、機械の設計図を描いていた。
どんな機械なのかはさっぱりわからない。成績優秀な兄さんなら理解できるのかもしれないと思うと、悔しくて羨ましかった。
僕はドラフターの横に置かれた丸椅子に座って、じいちゃんの集中タイムが終わるのを待つ。
真剣な目で設計図と向き合う横顔はいつ見ても、かっこいい。
「おお、隼。どうしたんだ?」
熱視線を感じたのか、じいちゃんの真剣な目がこちらを向いた。
「お願いがあります」
「なんだ?」
「Tバックマシンを使わせてください」
「理由は?」
いきなりのお願いにもかかわらず、じいちゃんは驚きもせずに理由をきいてきた。
僕は、兄さんがいるからという理由で無理やり入学させられた黄陽にいても何も楽しくない、友だちが全然できない、丹中に通う友だちが楽しそうで羨ましい、本当は丹中に行きたい、だから、Tバックマシンで戻って受験をしない選択をしたいと正直に話した。
じいちゃんは難しそうな顔をして腕を組み、うーんと唸りながら何かを考えているようだった。この感じだと、使わせてもらえないかも。
「黄陽は、どんな学校なんだ?」
じいちゃんが首をかしげた。
「えっと、」
予想外の質問に驚きながらも、僕は用意された原稿を読んでいるかのようにすらすらと答える。
「黄陽は、中学生から先取りで難しい勉強に取り組んで難関大学への合格を目指す進学校」
「ほかは?」
じいちゃんからの問いに答えるために、僕は考えてみたけれど、何も思いつかなかった。
興味がないから仕方がない。それに、さっきの言葉だって、母さんが言っていたことを真似しただけだ。
優等生の兄さんなら何かいい答えを持っているかもしれない。でも、兄さんは母さんからの期待でぴりぴりしていて怖い。急激に身長も伸びているから、さらに怖さが増している。
「……わからない」としか僕は答えられなかった。
「そうか。それなら、戻って黄陽について調べてみなさい。それで、何も見つからなくて、黄陽にこれっぽっちも興味がわかなかったら、受験をしない選択をしたらいい」
「戻っていいの?」
「いいぞ」
「……何か見つかるかな」
「それは戻ってみないとわからない」
じいちゃんから黄陽について質問をされ、自分の言葉では何も返せなかった。それが悔しくて、情けなかった。
入学してすぐのオリエンテーションのときも先生の話をろくにきかず、黄陽にいることへの不満でいっぱいだった。
黄陽についてほとんど知らない、興味がないから仕方がない、と勝手に壁をたてて何も知ろうとしなかった自分に、じいちゃんの言葉ではじめて気づいた。
小学校のころの友だちが羨ましくて、受験をしないために戻ろうとする後ろ向きな考えの僕を、じいちゃんは受け入れて新しい道を示してくれた。
「そうだよね。戻って黄陽について調べてみる」
黄陽にちゃんと向き合ってみよう。
「いいか、隼がだせるエネルギーだと、一年前までが限界だからな」
金庫からTバックマシンを取りだしたじいちゃんが言った。
「うん」
「ちゃんと調べるんだぞ。じいちゃんは見ているからな」
「うん」
僕はTバックマシンを穿いた。
茶々のために戻ったときのように、じいちゃんがテープをはって調整してくれた。あのときより少し成長したからか、はられたテープの数が減っていた。
黒いロングコートを羽織って裏口からでると、じいちゃんと一緒に川の遊歩道へ向かう。
相変わらずコートの裾はずるずると引きずったままだけれど、前に比べたら地面についている面積が格段に減っている気がする。
いつの日か、僕もじいちゃんのように背が高くてがっちりとした頼りがいのある体になるのかな。兄さんばかり身長が伸びるのはずるいよ。