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Tバックマシン  作者: Tai
第一章
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子猫の名前は茶々(1)


『今朝七時二十分頃、丹駕(たんが)駅前のビル建設現場で台風八号の影響と思われる突風にあおられ、足場が崩壊。五人が死亡。八人が重軽傷を負いました。通勤、通学の時間帯だったため――』

 このニュースも変わらない。テレビから流れてくる平坦な声をきいていると、暗い気持ちにさらに深い影が差した。

 手を伸ばし、机の上に置かれたリモコンを探し当て、テレビの電源を切った。

 黒い画面にぼんやりと映る顔は、悔しさと悲しさがないまぜになったような表情をしているのだろうか。

 また、変わらなかった。

 次こそは、変わってくれ。







 僕はゆうれいがでるとうわさの古い家の前にいる。

 寄り道せずに学校へ行かないといけないのだけれど、どうしてもどうしても気になるから、いつもより早く家をでて、この古い家に来たのだ。

 きょろきょろと辺りを見回し、人がいないことを確認する。僕が生まれるずっと前からこの家には誰も住んでいないらしい。でも、人の家に勝手に入ることに変わりはないから、誰かに見られたくはなかった。

 左右どちらからも、人も、自転車も、車もくる気配はない。うん、大丈夫だ。

 目指す場所はこの家の玄関前だ。

 おじゃまします、と僕は小さな声で挨拶をしてから、庭に足を踏み入れた。

 背の高い雑草たちのあいだに、黒い瓦がたくさん落ちている。家の外壁には葉っぱが絡みつくようにびっしりと生えている。窓ガラスは割れていた。

 見るからにぼろぼろで怪しい雰囲気のせいで、ゆうれいが住んでいるなんてささやかれるようになったのだ。

 僕は、ゆうれいが住んでいないと思っている。でも、怖い。ちょっぴり、怖い。

 昨日の夜に雨が降ったせいで、歩くたびにぬかるんだ地面がじゅばばと嫌な音をたてた。泥水が靴にしみこんでくる。長靴をはいてくればよかったなあ。足元から伝わるひんやりとした気持ち悪さに口がへの字に曲がった。

 今日、三回目のへの字口。

 一回目は朝ごはんのみそ汁でしいたけを発見したとき。二回目はそのしいたけをのみこんだとき。

 僕が嫌な気持ちになるとわかっていてしいたけを入れるんだから、今日のみそ汁はぜったいに母さんが作ったものだ。

 母さんは僕から好き嫌いをなくすために、ごはんに色々な仕掛けをほどこす。カレーに細かく切ったにんじんを入れたり、サラダにトマトを混ぜたり。他にも僕が気づいていない仕掛けがたくさんあるに違いない。

 好き嫌いがなると大きくなれないわよ、と母さんはいつも言ってくる。たしかにそうかもしれない。家でいちばん背が高いじいちゃんは何でも食べるし。

 でも、しいたけだけは食べたくない。つるっとぬめっとしていて、気持ち悪いから。

 しいたけのことを思いだし、もっと嫌な気持ちになった。嫌なことばかり思いだしてしまうのは、昨日から感じている不安のせいかもしれない。

 ぼろぼろの玄関前には、みかんの絵が描かれた段ボール箱がぽつんと置かれていた。なかを隠すように白いタオルがかけられている。このタオルは、僕が昨日かけておいたものだ。

 段ボール箱の前にしゃがみ、タオルに触れた。指先にじっとりとした湿り気を感じ、不安が瞬く間に大きくなっていった。嫌な予感がする。

 震える指先でタオルをとった。なかをのぞきこむと、毛布の上で茶色の子猫が静かに目を閉じていた。

 眠っているだけ、そう思いたい。

 僕はそっと手を伸ばして、子猫の小さな体に触れた。

 冷たくてぴくりとも動いていない。

 手のひらから感じる死が怖くて、認めたくなくて、僕は子猫を抱きあげた。

 温めてあげたくて、強く強く抱きしめた。首に巻いている黒のマフラーで包んでもみた。

 でも、子猫の小さな体にぬくもりは戻らなかった。

 マフラーの隙間から見える子猫の顔は、とても寂しそうだ。

 僕のせいだ。

 昨日、家に連れて帰ればよかった。そうすれば、子猫は死ななかったはずだ。助けてあげることができたのに、僕はそれをしなかった。

 間違いなく僕のせいだ。

「ごめんね、ごめんね、ごめんね」

 僕は何度も何度も子猫に謝った。

 助けることができなかった後悔が涙となってあふれでる。

 僕に泣く資格なんてないのに。





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