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シャ・ノワールと騒乱の聖歌  作者: 蒔田 椎太
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9.足音

それから数日間は何の変哲も無い日が続いた。

さすがに異国船の再訪も、もう暫く時間がかかるだろう、と高を括っていたが、その日は意外と早く訪れた。


『クロ様!大変です!』


月明かりが煌々と照らす夜中の王城の塀の上。春が近付きつつあるとはいえ夜はまだ冷える。


『いったいどうした?そんなに焦って。』


俺は配下の梟に呼び出されて夜中に部屋から忍び出て来たのだ。


『アスール殿からの伝言です!昨日、異国の船が到着いたしました!』

『ほう思ったよりも早いな…。』


異国の船が到着したという事は、件の宣教師達がやってくるという事なのだろう。果たしてどういう信仰なのか…。


『その異国の船に乗っていたのが…。』

『………なんだって!?』


梟が告げたその後の言葉は、俺にでさえ驚くべき衝撃をもたらした。

気がつけば分厚い雲が、中天の丸い月を覆い隠そうとしていた。




*****


明朝、俺に叩き起こされたレオナードとアーノルドは、親衛隊用の騎士服を着て王宮の中を急ぎ足で歩いていく。

目指すはフォルテウスの居室だ。


「フォルテウス様はお目覚めになられていますか?」


硬いアーノルドの声。二人の只ならぬ様子に部屋の前を守る衛兵達が慌てて取り次ぎをする。


「二人とも血相を変えてどうした?」


早朝にも関わらず、既に着替えを済ませていた王子殿は、泰然と椅子に腰掛けて二人を出迎えた。


「昨日、異国船が南の地に到着したようです。」

「ふむ…。さすがに耳が早いな。こちらにはまだ何の報せも届いていないというのに。」


レオナードの報告に感心しつつ、どうやってその情報を得たのかや、その信憑性を問う事も王子殿はしなかった。

それだけレオナード達を信頼しているということだろう。


「異国船が再訪したという事は、件の宣教師達がやってきたという事だな?」


王子殿の言葉に難しい表情で頷く二人。それを見て王子殿は顔をしかめた。


「あまりいい知らせではなさそうだが…。何があった?」

「…件の宣教師達ですが…。」


そこで言葉を切ってレオナードに目配せをするアーノルド。


「…どうやら人以外の姿が見られるようです。」

「………今何と?」


たっぷり時間を置いて、王子殿が訊き返した。


「はい、人以外の宣教師達がいるようです。具体的にはエルフとドワーフだと自称しているそうです…。」


レオナードがもう一度、丁寧に答える。王子殿は口を開けて一瞬呆然とした顔をした。


「…まさか、彼らは人里離れた場所に隠れ住む種族だと思っていたが…。」


山の民(ドワーフ)は山奥に住んでいるとされる種族で、洞窟で生活する為に背が低く、高地の険しい山合いに住むため強靭な肉体を持つと言われている。

森の民(エルフ)は言わずもがな、森の奥深くに住むと言われる種族だ。

どちらも高い知能を有し、独自の文化や技術を持つ。見た目も人間に非常に近い種族だ。


「いや、異国であれば我々の常識は通用しない事もありうるか…。しかし、これはまずいことになったぞ…。」


呆然としたのも束の間、王子殿の表情が直ぐに真剣なものに切り変わる。


「しかも、その宣教師たちですが、どうやら親善大使の役割も兼ねているらしく…。」

「まさか…。」

「はい、王都に向かっているとの事です。」


王子殿は片手を額に当てて空を仰いだ。


「まずいな…、教会がどういう反応を示すことか…。」


王子殿が苦渋の声を絞り出す。




人間至上主義。


聖神教会を一言で表すとこうなる。端的に皮肉を込めて、の話だが…。

その教会がエルフやドワーフも信仰する教義を受け入れるはずがない。

どちらもこの国の近隣にも居住しているが、滅多な事では人前に姿を現さない。

それはひとえに、この国の大半の人間が、彼らを《魔物》と認識しているからだ。

敵対こそしていないものの、お互いに深い溝があるのは事実だ。




一つ大きくため息をつくと、フォルテウスが口を開いた。


「一先ず信頼出来る人間だけを集めて直ぐにでも会議を開こう。視察に出掛けている父上にも早急に文を出さなくては…。」

「陛下はどちらへ?」

「東方で新しく開いた鉱山の視察に出られている。全く、どうしてこう間が悪い時に…。」


アーノルドの問いに答えた王子殿は再び深くため息をついた。


「船は南の地についたのであったな?ポートランドか?」

「そう聞き及んでおります。」


ポートランド。この国の最南端にしてロメオの故郷。南の玄関口とも言われ、いくつかの近隣の国との交易の窓口にもなっている。

だが今回の船は完全に未知の異国。いつもとはかなり事情が異なりそうだ。


「ポートランドからなら多少の時間がかかるだろう。その前に何としても態勢を整えねば…。」


この時、フォルテウスは…、いや、かく言う俺でさえ見誤っている事に気付いていなかった…。

その未知の異国の足音は、思ったよりもずっと早く近づいてきていたのだ…。










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