7.新たな波
ゴドールとかいうあの嫌味な男の誤算は、レオナードとアーノルドが鍛錬の虫だったという事だろう。
翌日から二人は朝の鍛錬を王城内の鍛錬場で行うようになった。
「おい!俺も混ぜろ!俺の休みの間に面白そうな事しやがって!」
話を聞きつけたロメオが混ざってくる。
更にその翌日には、王城内の寮の空き部屋へと居を移している。こういう時の行動力はとにかく迅速な二人だ。
三人は自分達の日課が終わると、鍛錬場の掃除をして新兵鍛錬の準備を整える。
他の兵士達が来る頃には鍛錬場は万全の状態になっていた。
こいつら一体全体、何がしたいんだ?
初めの数日間は兵士達の間にそんな空気が漂っていた。
だが愚直な三人の行動と姿勢。そして何より飛び抜けたその強さが、段々とその空気を変え始めた。
あいつら、いや、あの人達が強いのは才能だけじゃない。自分達の何倍も努力を重ねているからじゃないだろうか?
一人の兵士がそう言い出した。やがてそれに賛同するものが現れ始める。
そして…、
「た、頼もう!レオナード殿!アーノルド殿!ロメオ殿!我々も鍛錬に混ぜては貰えないだろうかっ!?」
三人が朝の鍛錬の為に集まっている所に、数人の新兵達が声を掛けて来た。
やがてそれが一人増え、二人増え、ひと月経つ頃には殆どの新兵が参加するようになっていた。
塀の上から眺める俺には、しばし、隠れた場所からその様子を楽しそうに眺めるグラート将軍と、その横で同じように楽しそうに眺めるフォルテウスの姿を見る事が出来た。
まだもう暫く冬は続きそうだが、風には何処と無く春の香りが漂うようになり出してきた。
そんなある日の朝、その知らせが俺のもとへともたらされた。
『やぁ、クロ殿。お久し振りです。』
いつものように朝の鍛錬を眺めていた俺の横に、一羽の鳩が舞い降りる。
その羽は羽先に向かっていくにつれて、灰色から美しく青い色合いを織り成す。
俺の友人にして、パズの使い魔、アスールだ。
『よお!久し振りだな!元気そうで何よりだ!』
『お陰様で。』
アスールがぽっぽっぽっと笑う。
『時に、主人から伝言を賜りました。明日、南方に着いた異国の船からの伝来品をフォルテウス様に献上したいと。そして、その時に折り入って話があるので、場を設けて欲しいとの事です。』
『ふむ…。承知したと伝えてくれ。』
俺は二つ返事で承諾する。
パズは王室親衛隊の創設に深く関わった人間の一人だ。そして商人ならではの嗅覚と鋭い洞察力を持つ。
そんな彼が折り入って話があるというのだから何か有ったのだろう。
『おぉ!レオナード殿もアーノルド殿もまた一段とお強くなられましたな!我が主人も少しは鍛えて貰わねば…。』
『畑が違うから良いんじゃないか…?』
それから暫し、俺とアスールはレオナード達の鍛錬を眺めて過ごした。
*****
翌日の午後、約束通りにパズが沢山の献上品を抱えてやって来た。
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます。」
「よせよせ堅苦しい!久し振りだなパズ!少し痩せたか?」
「お久し振りでございます。少しだけ、ですが。」
そう言って人好きのする笑顔を見せるパズ。
場所はフォルテウスが来客をもてなすのによく使う応接間だ。
壁は分厚く、更に盗聴などを防ぐ結界魔法がかけられていて、機密事項を話すのにはうってつけの場所だ。
「ところで、今回、話したいという事は何かな?」
回りくどい事をせず単刀直入に問うフォルテウス。
この王子殿は見た目に似合わず、合理的で強かな面を持ち合わせている。
「はい、実はこの異国の品の事なのです…。」
そう言ってパズが取り出したのは小さな丸を三つ重ねた、ごくごくシンプルな意匠の首飾りのような物だった。
「これは…?まさか献上品ではあるまい?」
王子殿は訝しげな顔をする。
「確かに、献上品というには何というか…質素だな。」
「フォルテウス様が言いたいのはそういう事じゃないわよ。」
首を傾げるロメオにエレンがため息をつく。
「えぇ、仰る通りです。これは献上品ではありません。むしろ安全のために私が持ち帰って処分します。」
安全?処分?口々に呟きながら、パズを除くその場の全員が興味津々で首飾りのような物を覗き込む。
「ご安心下さい。危険なものではありません。これはただの象徴です。」
「象徴…。」
何かに気付いたようにポツリと呟く王子殿に、パズが重々しく頷いた。
「異国から新しい宗教がやってきます。」
「なるほど…。」
応えたフォルテウスの声は、重々しいパズの声よりも更に重々しく部屋に響いた。