6.将
僕が軽く地面を蹴るのと同時に、アルが腰だめに剣を構えて沈み込んだ。
走り出しは僕の方が早い。加速はアルの方が上。僕らは同時に目の前の先輩兵士に斬りかかった。
「「なっ!?」」
僕の剣が先輩兵士の剣を持つ腕を叩くと、兵士は剣を取り落とした。僕はそのまま返す刀を相手の首元でピタリと止める。
アルの剣は低い位置から相手の胴へと突きかかる。先輩兵士はそのまま後方へと吹き飛ばされた。
どん
吹き飛ばされた先輩兵士が地面に打ち付けられる頃には勝負は決していた。
鍛錬場が水を打ったように静まり返る。僕らの横で打ち合いをしていた人たちでさえ、その手を止めて呆然としていた。
「お、お前達!だらしないぞ!班長!二人の相手を!」
しばらくして兵長が声を上げる。
「…やり過ぎたか?」
アルが困惑気味に呟いている。
僕らの前に慌てて監督をしていた班長が進み出た。
「「お願いします!!」」
僕らは一歩下がると声を張り上げて剣を構え直した。奇しくも声が重なる。
剣を構えるて向かい合うと分かる。さっきの人よりは強い。だが…
三回を待たずして僕の剣の切っ先が相手の喉元手前を捉えた。
アルの方は豪快な横薙ぎで防御に構えた剣ごと相手を吹き飛ばす。
「お、お前達、何者だ…?」
僕の相手をしてくれた班長が驚愕したように声を絞り出した。
「何をしているのですか!?」
その時、鍛錬場に神経質な尖った声が響く。なんだか聞き覚えのある声だ。
「こ、これはゴドール殿。現在、新兵の打ち合い稽古の最中でして。」
兵長が一瞬嫌な表情を見せたが、すぐにそれをかき消して現れた男に答えた。
「ダグラス兵長、あなたに問うているのではありません。そこの二人に問うているのです。」
そう言われて僕とアルは顔を見合わせる。
「王室親衛隊のお方がこんな所で何をなさっておいでですか?」
思い出した。昨日の監督官だ。
王室親衛隊の名前に周りが騒めき出す。兵長が顔を真っ青にしている。
「鍛錬に参加させて頂いております。」
アルが兜を脱ぎながら答えた。金色の髪が陽の光を撥ね返す。
恐ろしいほど様になっているが、意識してやっているわけではない。もともとこういう奴なのだ。
「ダグラス兵長!!」
「はいっ!」
ゴドールさんの声に兵長が直立不動をとる。どうやらゴドールさんの方が上官みたいだ…。
「お二方に何かあったらどう責任を取るのですか!?」
「そ、それは…。」
「兵長は何も悪くありません!私達が勝手に参加したのであります!」
口籠る兵長を庇うように、アルが声を張り上げる。
「…なぜ、二人が新兵鍛錬に混ざりこんでいるのですが?」
アルを横目で見ながら、兵長に問いかけるゴドールさん。
「そ、それは…、お二人が鍛錬の準備を手伝って下さいましてそれでてっきり新兵かと…。」
「お二人に鍛錬の準備を手伝わせただと…?」
ゴドールさんの顔が歪む。兵長はしまった!という表情で口をパクパクさせている。
「私達が率先して行った事であります!兵長に落ち度はありません!」
僕は堪らず大声を上げた。ここで兵長がお咎めを受けるのは理不尽過ぎる。
「…あなた方が率先して準備を手伝い、鍛錬に参加したと…。一体何が目的ですか…?」
ゴドールさんがようやく僕らに目を向ける。
「何が目的って…。」
「我々も新兵です。違いますか?」
僕の声をアルが遮る。
「あなた方が新兵だと…。何を馬鹿げた事を…。」
表情を歪めるゴドールさん。
「ではこれからは新兵の仕事や鍛錬もするという事ですか?馬鹿馬鹿し…。」
「「やらさせて頂きます!!」」
「…。」
見事に僕とアルの大音声が重なる。ゴドールさんはだまって更に表情を歪めた。
「わはははっ!面白い奴らではないか!」
その時、大きな笑い声が鍛錬場に響いた。
「グ、グラート将軍…、全員!気を付けっ!敬礼っ!」
鍛錬場に現れた人影を見て、兵長が慌てて大声を張り上げた。
周りの兵士達が踵を合わせて揃えると、額に手を当てて敬礼する。
「直れ!休んで良し!」
グラート将軍と呼ばれた人物が、よく響く低いで号令をかけた。兵士達が手を下ろす。休んで良しの言葉に、目に見えて緊張が解けていた。
「察するにレオナード・ブランシュ殿とアーノルド・ラングラン殿かな?」
「はっ!お初にお目にかかります!グラート将軍!」
アルの敬礼に倣って僕も半歩遅れて敬礼をする。
グラート将軍は茶色の髪と同じ色の瞳を持った偉丈夫だった。雰囲気が何処と無くアルのお父上、西方公様に似ている。年も同じくらいだろうか?
「そう硬くならずに。手を下げなさい。私は君たちの直接の上司ではない。君達はフォルテウス様直属の兵なのだから。」
僕とアルは顔を見合わせると、敬礼の手を下ろした。
「君達は鍛錬にこれからも参加したいと言うのかね?」
「…もし、お許し頂けるのであれば。」
「私もアル…、アーノルド殿と同意見です。」
顎に手を当てて考える素ぶりを見せるグラート将軍にアルが答える。僕は即座にそれに同意した。
「ふむ…、ではここにいる間は私の部下だ。特別扱いはせんが良いかな?」
「グラート様!?」
「構いません!」
「もちろんです!」
ゴドールさんと僕とアル、三人の声が重なる。
「では、明日からも来るが良い。兵長!詳しい事を話してやれ!頼んだぞ!」
「はっ!畏まりました!」
驚くゴドールさんを尻目に兵長は再び敬礼をして同意を示す。
それを見て満足げに頷くと、将軍は短く別れを告げて踵を返した。
「くっ…、まぁ、どうせすぐに飽きるでしょう…。」
ゴドールさんはフンと鼻を鳴らすと、グラート将軍の背中を追って鍛錬場を出て行く。
二人の背中が見えなくなった途端、鍛錬場の空気が一気に弛緩した。中には座り込む者もいる。
「まさか王室親衛隊の方とは知らず…。大変失礼いたしました。」
僕らへと頭を下げる兵長を、僕とアルは必死で押し留めた。
「やめて下さい兵長のせいではありません!」
僕の言葉に顔を上げる兵長。
「いえいえ、お二人のお陰でお咎めなく済みました。何とお礼を申し上げたら良いのやら…。」
「お礼など不要です。その代わり…。」
と言うアルの顔におや?と顔を上げる兵長。
僕とアルは顔を見合わせてニヤッと笑った。