5.鍛錬
翌朝、いつも通り素知らぬ顔をしてレオナードとアーノルドと別れた俺は、親衛隊の控え室が見える木の上でのんびりしていた。
フォルテウスは午後から長めの会議らしく、護衛任務は午前中で終わり。親衛隊の面々は午後から待機となっている。
早速、レオナードとアーノルドが動く気配がする。
しばらくすると、二人が連れ立って控え室から出てきた。
親衛隊用に支給されていた軽鎧とマントを脱ぎ、動き易そうな服装だ。
アーノルドの金髪は目立つものの、よく日に焼けた肌のせいで、二人は完全に一般の若い兵士にしか見えない。
イネスとエレンの制止を振り切って二人は急ぎ足で部屋から出てくる。走らないように気を付けているあたりが何とも可笑しい。
どれどれ、付いてってみるかな。
俺は腰を上げると、木の枝や壁を伝って二人にバレないようにそっと後をつけて行った。
特にどこに行くと決めていないのか、二人は王宮を出ると、王城をあちらこちら歩き回る。
時に重たい荷物を抱えた人を手伝い、時に馬車への荷物の積み込みを手伝い、そしてとある一画へ辿り着いた。
「ここは…、鍛錬場?」
「みたいだな。」
俺は目と耳に魔力を集中させ、二人の唇の動きと、遠くの声を拾う。
「おーい、そこの二人!ちょっと手伝ってくれ!」
すると倉庫らしき建物の入り口から、二人を呼ぶ声がする。
二人は一瞬顔を見合わせると、たっと駆け出した。まぁ、鍛錬場だし、走っても文句は言われまい。
「午後の鍛錬の準備を手伝ってくれ。今日の係りの奴が二人ほど朝の鍛錬でぶっ倒れちまってな。まったく情け無い。」
「「はいっ!」」
二人は嬉しそうに返事をすると、テキパキと古びた武具や防具を運び出す。
昨日の今日だからか、二人は何故か嬉しそうにそれらをこなしていった。
「見上げた奴らじゃないか。今年の新米にも良いのがいるな!」
二人に仕事を依頼した兵長らしき男は満足そうに頷いていた。
「お前たち、よく働いた褒美だ!皆より先に好きな物を選ばせてやる!」
全ての荷物を運び出した二人が手持ち無沙汰にしていると、兵長がそう声をかけた。
二人は満面の笑みで手を打ちあわせると、箱の中の物を物色し始める。
しかし…、あんな古びた武具のどこがそんなに嬉しいのか…。いや、そういう事じゃないか。
俺は半分呆れつつ、自分の考えを即座に打ち消した。
二人が選んだのは動き易そうな軽鎧。アーノルドは金髪を気にしてか兜を被っている。剣はレオナードが片手持ちの剣と腕に取り付けるタイプの小さな盾。アーノルドが両手持ち剣。いつもの二人に一番近い姿だ。
二人が装備を整えていると、わらわらと人が集まり出して、各々、自分の物を選んでいく。
中には自前の物なのか、装備を着込んで鍛錬場へ現れる者もいた。
おそらく前者はまだ自分の装備が無い新兵で、後者はある程度、年を経た兵士なのだろう。
どん!と太鼓の音が鳴る。
「整列!」
レオナードとアーノルドに手伝いを頼んだ兵長らしき男が大声を張り上げた。
全員がいそいそと動いて列をなす。壁際で様子を眺めていたレオナードとアーノルドも、慌ててその最後尾に並んだ。
「これより打ち合い訓練を行う!各班長、前へ!」
こうしてレオナードとアーノルドは上手いこと?兵長の勘違いのおかげで?新兵達の訓練に潜り込む事が出来たようだ。
「次っ!」「次ぃ!」「次だっ!」
あちこちで班長と呼ばれた年嵩の兵士達の声が響く。
一列に並んだ新兵達が順に先輩兵士達に打ち掛かっていく。しばらく打ち合い稽古を行った後、班長の掛け声で交代だ。
ヘロヘロになった新兵達は再び列の最後尾へと並び直す。
しかし…、
この程度では二人の相手にはならんな…。
現に二人の表情が曇っている。恐らく手加減をすべきかどうかを迷っているのだ。
横並びの二人は次で同時に順番が回ってくる。
『思いっきりやって良いんじゃないか?』
俺は悪戯心にレオナードに念話を飛ばした。
ハッと顔を上げたレオナードが塀の上の俺を見つけると、アーノルドを肘で突いた。訝しげな顔のアーノルド。
「思いっきりやれってさ。」
俺の方を指差しながらレオナードがそう言った。アーノルドが俺に気づいてニヤッと笑う。
「「次っ!!」」
二人の班長の声が重なる。同時に一歩踏み出した二人は、
「「お願いします!!」」
大声を張り上げて剣を構えた。始めの合図は無い。戦場にはそんなものは無いからだ。剣を構えた時から既に戦いは始まっているのだ。
案の定、勝負は一瞬だった。