45.抑止力
文中の引用は、14話、35話を参照下さい。
「…。」
「…。」
「…。」
「…私は気に入らないわ…。」
馬車の中、重たい沈黙を破ったのはエレンだ。
僕らはそれぞれ馬車の窓から外を眺めている。
恐る恐る王都に足を踏み入れた僕らが最初に目にしたものは…、
「なんなのよ?このお祭り騒ぎは…。」
勝ち戦に湧く王都だった。
あちらこちらに出店が出ていて、昼から飲んでいるのか、顔を赤くした男どもも多い。そして通りは、笑い声であふれていた。
「…でも、仕方の無い事だわ…。」
窓の外を眺めたまま、イネスがそう呟いた。僕らは少し面食らいつつ、そのイネスの横顔を眺める。
「…なによ?」
そんな僕らの視線に気づいたのか、イネスが口を尖らせる。
「いや…、イネスがそんな風に言うと思わなくて…。てっきりエレンと同じで怒ってるかな…って思ってたから。」
「そりゃ…、私だって気に入らないわ。」
僕の言葉にイネスは更に口を尖らせたが、それはすぐに溜息と共に消え失せた。そして憂いた表情で再び窓の外を眺める。
「この前の大火事で王都全体の雰囲気がだいぶ悪くなったでしょう?そしてアルボレス共和国が攻めて来たし、教会関係も大揉めに揉めた。そんな先行きが不安な状況では民の心は荒れ、生産性も落ちるし経済状況も悪くなるわ。」
「だからって戦争で勝って浮かれるなんて…。」
エレンの言葉にイネスは小さく首を振った。
「国力が落ちれば、更に余計な不安の種を芽吹かせかねないわ。アルボレス共和国だけじゃない。この国は東と西にもそれぞれ不安を抱えている。アルなら分かるでしょう?」
「…そうだな。今は敵対こそしていないが、隣国とは昔から小競り合いを繰り返して来ている。今回の事だってとっくに漏れ伝わっているだろうしな。」
イネスとアルの生家は、それぞれこの国の東西を守護する家柄だ。
国境の争い事とは無縁の王都で生まれ育ったエレンや、北の果て、それ以北には深い森と荒れ果てた山脈しか無い辺境に生まれ育った僕とはまた、見てきた景色、見えているものが違うのだろう。
「第二、第三の戦争を防ぐには、国力が落ちていない事を内外に知らしめる事もまた、重要なことなのよ…。」
「…。」
黙ってしばらくイネスの横顔を見つめていたエレンだが、やがて反対の窓から外の景色を眺め出した。
僕の目の前には、お互いにそっぽを向く形で、二人の女性が外を眺めている。
その表情からは、彼女たちが何を考えているのか、読み取る事は出来なかった…。
*****
翌日、王宮へと上った僕らは、早速召集をかけられた。
目の前の円卓には、国王陛下、フォルテウス様、セルジオ将軍と見慣れない文官、武官が数人。ブノワ長官、ペトロネラ長官、グラート将軍がまだ南方から戻っていないようなのでその代理だろう。ダラス先生はフォルテウス様の背後に控えている。顔色がまだ優れないのが気になるところだ…。
「此度はご苦労であった。」
まず口を開いたのは国王陛下だった。僕らは恭しく頭を下げる。
「ブノワ及びダラス両名の奪還、及び南方での働きは聞いておる。誠に大儀であったな。」
「いえ、私共の力が及ばず、アルボレス共和国との戦端が開かれてしまった事、誠に申し訳ありません。」
陛下が首を横に振るのが感じ取れる。
「致し方あるまい。南方軍、聖騎士団の反乱に《裏》の謀略。余が出向いたとても同じ結果であっただろう。」
「滅相もございません…。」
恭しく返すアル。僕は特にお咎めが無さそうな事に内心、ほっとしていた。
「時に、ハバラで使われた新兵器の暴走、其方が止めたという話は本当かな?エレンフィール?」
隣のエレンの肩がぴくりと動く。
「間違いございません陛下。第二軍の伝令にて報告を受けております。」
「陛下は其方には聞いておらん、副長官殿。出過ぎた真似は控えるが良い。」
「し、失礼いたしました…。」
陛下の質問に意気揚々と答えた文官風の男。その男にフォルテウス様から叱責が飛ぶ。話から察するにペトロネラ長官の代理なのだろう。今は小さく縮こまっている。
「して、どうなのだ?エレンフィールよ?」
「…正直に申し上げて、あれを…、彼らを止めたかと言われると…、自分でも良く分かりません…。あの時は無我夢中でしたから…。しかし…、恐れながら陛下!一つだけ、確かな事がこざいます!」
エレンが勢いよく顔を上げた。ここが好機と踏んだのだろう。
「彼らはまだ子供!魔力の扱いも不安定でいつまた暴走するとも限りません!今回は何とか事なきを得ましたが、下手をすれば大惨事を引き起こしかねません!彼らを…、戦場から遠ざけては、頂けないでしょうか…。」
エレンの訴えは、後半はすがるような口調へと変わっていた。
見つめ合う陛下とエレン。重い沈黙。
ここで陛下が、不敬だ。と一言仰れば、エレンはあっと言う間に牢獄送りだ。
だがそんな事にはならなかった。長い沈黙の後、国王陛下が口を開かれた。
「エレンフィールよ、其方の言いたい事は儂も十分に分かっておる。まだ年端も行かぬ彼らを戦場に送り出すのは、儂とて心が痛む…。」
陛下の口調が心なし崩れ、優しい父親のような声色になった。エレンの顔に喜色が浮かぶ。だがそれも一瞬の事だった。
「だがな、今はそれは出来ぬ相談なのだ。」
「そ、そんな…。」
陛下は小さく首を横に振って続けた。
「アルボレス共和国の軍事力は凄まじいものだったと聞いておる。今回、彼らがもし居なかったら、我が軍の被害はいかほどであっただろう?ポートランドとハバラでの戦を両方その目で見た其方なら、想像に難くあるまい?」
「それは…。」
静かに諭すような口調の陛下。エレンの顔が苦悩に歪む。
「彼らのおかげで、何千、何万という数の兵士…、いや、この国の国民の命が救われたのだ。」
「ですが陛下!アルボレス軍は壊滅、そのアルボレス軍によって反乱者である南方軍、聖騎士団も壊滅、この戦はもはや終わったも同然ではありませんか!?彼らを戦場から遠ざけても問題にはならないと存じます!」
「貴様っ!それが陛下に対する口の…。」
エレンに激怒したセルジオ将軍を片手で遮って、陛下は首を横に振った。
「エレンフィールよ。強大な力が我が国にある。ただそれだけで、周辺諸国に対する牽制になるのだ。彼らは、その存在だけで、戦争を抑止する力となる。其方の優しい心根は良く分かっておる。だが余は為政者として為さねばならぬ事があるのだ。理解できるな?」
「…はい…。」
うなだれ、下を向くエレン。僕らだって、エレンだって、頭では分かって居るのだ…。
*****
「エレン、本当に大丈夫かな??」
僕は久し振りに戻った自分の寮の自室で、伸びを一つした後、そう呟いた。
あの後、会議は今後のアルボレス共和国への対応と南方の治安回復の為の策についての話し合いに移って行ったが、エレンはずっと下を向いたままで、見兼ねたフォルテウス様が僕らに退出を命じられたのだ。
その後、エレンとイネスを女子寮まで送り届けて、僕らはここにいる。
僕らとはクロとアルと僕、の3人だ。
「エレンも頭では分かっているはずさ。」
アルがつられて伸びをしながらそう答えた。見れば隣でクロも伸びを入れている。その様子が可笑しくて僕は小さく笑った。
『そうだな。だが頭では理解していても心が、感情がそれに追いつかない事もある。気をつけてやらんとな。』
次にクロが顔を洗いながらそう言う。見た目はまるっきり普通の猫なのに…。
「でも本当に、国王陛下の言う事が正しいのかな…?」
ここでしか言えない事を僕は吐露した。
アルはうーんと顎に指を添えて考え出し、クロはすっと目を細める。笑っている…?
『お前はどう思うんだ?』
「うーん、僕が思ったのは、もしアルボレス共和国がもっと強い武器や兵器を持っていたら?それこそ更に凄惨な事になるんじゃないかな?って…。」
ハバラ郊外のあの凄惨な景色を見てから、僕の心にずっとわだかまっていたのはこれだった。
「そうだな。レオの言う通りだ…。」
アルが暗い顔で同意してくれる。それは一番考えたく無い事でもあるからだろう。
ふむ。とクロが頷いて口を開いた。
『そうだな。その可能性は捨てきれんな。だが問題の本質はそこでは無い。』
「「問題の本質??」」
訝しげな僕とアルの声が重なる。クロはそれに頷いた。
『あの規模の破壊兵器はなかなか存在しないだろう。だが今は無くとも未来はどうだろうか?』
「…どこかの国が対抗して、いつかは同じようなものを作り出す。って事か…。」
『その通りだ。』
アルの言葉にクロが頷く。
『そうして作られていった強力な兵器が人の手に余るようになってしまった時、この世は終焉を迎えるだろう…。』
予言めいたクロの言葉。この世の終焉なんていう規模の大きな話に僕は目を白黒させる。
その時、僕の脳裏に、ある言葉が蘇った。
「医学も薬学も、戦が起こるたびに進歩した…、か…。」
僕の呟きに、きょとんとするアル。
「あの蛸男の言葉だよ。事実、確かに戦争は色々な物を生み出したり進歩させるのかもしれない。それが戦に直接使われる兵器なら尚のことだ…。あの男の意見にはまったく賛同出来ないけどね。」
僕はふうとため息をついた。アルもクロも大きく頷いている。
『血で血を洗うような争いを続けていては、いつか破滅が訪れる。今回、皮肉だったのは、それを一番良く知っていて一つに纏まったはずのアルボレス共和国が相手だった、という事だな。』
脳裏にあの日のお茶会の景色が思い浮かんだ。アルボレス共和国の成り立ちを話してくれたシエロさんの横顔を。ついひと月とちょっと前の話なのに、まるで何年も前の遠い昔の日のようだ。
『国王の言う事も間違ってはいない。今はあの子供達は強力な抑止力として働くだろう。ただレオナードの言う通り、長期的に見れば危ういものだ。今は仕方なくともお前達の時代で何とかする必要が出てくるだろう。それを忘れるなよ。』
「僕らの時代…、か…。」
僕はその言葉を反芻するように噛み締め、目があったアルと深く頷き合った。
だがその時の僕らは知る由も無かったのだ。見えない幾つもの思惑が僕らのすぐ側で渦巻いている事に…。
また少しずつ書き溜めて更新していきます。出来れば週一くらいは…(希望的観測)
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