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シャ・ノワールと騒乱の聖歌  作者: 蒔田 椎太
43/45

43.兵器

風を切って飛び出した矢の軍勢は、やはりアルボレス軍の上方に展開されていた風の結界に阻まれる。

だが矢の雨は二陣、三陣と続く。


「…結界を張ったままでは進軍出来ないようね。」


イネスが言う通り、アルボレス軍は微動だにしない。


「だがこちらの矢の数もいつまでもつか…。」


アルがポツリと呟く。


  ゾワリ


その時、僕の肌が粟立った。


「なっ、なんだ!?」


僕の驚く声と同時にエレンが手摺りへ駆け寄り、そのまま落ちないかと心配するような勢いで下を覗き込んだ。

慌てて僕たちもそれに続く。


「…あれは何だ…?」

「魔力…の渦…?!」


アルとイネスの驚愕した声。例の台座を中心に、今や目に見えるほど濃厚な魔力の渦が8本、立ち昇っている。


『あの子らは一体…。』


やがて立ち昇った8本の渦は、中空で一つに絡まりまとまっていく。そして、徐々に巨大な炎の塊へと姿を変えていった。


「…なんて大きさだ…。」


僕は驚愕した。アルボレス軍の火球兵器にも驚いたがあれの比ですらない。小さな屋敷一つ分はありそうな、辛うじて丸く見える、巨大で歪な炎の塊。


「…めて…、やめてぇぇぇぇ!!!」


突如、エレンが頭を抱えて叫び声を上げた。

驚く僕らを尻目に、まるでそれが引き金だったかのように、巨大な炎の塊が放物線を描き、アルボレス軍の頭上へと落ちていく。


  ぎしぃ…


一瞬、炎の塊の落下が止まる。

巨大な木が軋むような、そんな大きな音が平野に響き渡ったその後、強い風が吹き付ける。

それは炎の塊がアルボレス軍の風の結界を破壊した余波だった。


『みんな!伏せろ!!』


クロの叫び声。僕はエレンを、アルがイネスを庇って、床へと伏せる。


  どん…


小さな音がした。その次の瞬間、地面が揺れているような感覚と、物見櫓が倒れなかったのは奇跡かもしれない、と思うほどの突風が吹き荒れる。

永遠にも感じたがそれは実際にはほんの数秒の出来事だった。


「いてて…、みんな無事…?」


僕は擦りむいたおでこをさすりながら起き上がる。向こうではアルが片手を上げながらのそりと起き上がってくる。


『…なんと…、なんという事だ…。』


いち早く手摺りに登ったクロが茫然とした声を上げた。

僕も手摺りにつかまって立ち上がる。




そして、目の前の世界は一変していた。




炎の塊が落下したらしい地点を中心に地面が焼けている。いや、溶けていると表現した方がいいのかもしれない。

いつの日か図鑑でみた溶岩みたいだ…、と僕は思った。

それは広範囲に及び、アルボレス軍は半壊、いや、ほぼ全滅に近いと言っても良かった。


「…。」


横に立ち並んだアルが言葉を失っている。

それはアルだけではなかった。僕らも、王国の兵士達も、誰も声を上げる事が出来ず呆然と佇んで目の前の景色を眺めていた。


「…や…。…いや…。」

「誰か…止めてぇぇぇ…。」


僕らがハッと我に返ったのは、眼下にある例の台座から、幾つもの幼い呻き声が聞こえて来たからだ。


「…あの子たちの魔力が…流れ出し続けている…。」

「何だって!?」


僕の目にハッキリと見えたのは、台座の上の子供達から、魔力が止めどなく流れている景色だ。

それらは再び上空に集まりつつある。だがこのままでは…。


「このままだと、彼らの体が…命が保たない…。」


魔力とは生命力の一種。それを無理矢理搾取し続ければ死んでしまうのは道理だ。


「…そんなこと…、させないわ…。」

「エレン!!」


フラフラとエレンが立ち上がる。片手はまだ頭に当てられていて、頭痛がするのかその顔は痛みに歪んでいた。

僕とアルは慌てて手を貸すとエレンを左右から支える。


「でもどうやって?!」


イネスの悲鳴が響く。それもそのはずだ。再び小さな火の塊が生まれつつあるのだ。


「ルビィ…、お願い、力を貸して…。それにレオ…。」


名前を呼ばれて僕は間近にあるエレンの横顔を見つめた。


「何かあったら頼むわよ…。アレを…、それに私を止められるとしたら、多分、あなたしかいない…。」


エレンは前を、生まれつつある火の塊を睨み続けている。

僕は小さく頷いた。いや、今は頷くほか、僕に出来ることは無かった…。


「二人とも少し離れてて…。」


エレンはしっかりと二本の足で立つと、僕とアルの手を払う。

その足下にエレンの使い魔で猫のルビィがちょこんと座った。しかしその目は深紅に輝いている。


『私は…、何があっても貴女と一緒よ。私の可愛いお嬢様。』


慈愛に満ちた優しい声が聞こえた。僕が、いや僕たちが初めて聞くルビィの声だった。アルもイネスも驚いた顔をしている。

そのルビィにエレンはにっこり笑って頷くと、一転、目前に浮かぶ炎の塊を睨みつける。


「…いくわよ!!」

「にゃあ!!」


エレンとルビィの声が重なる。


  ごぉん!!


次の瞬間、物見櫓の屋根が吹き飛んだ。そこに顕現したのは…。


「これは…!?エレンの龍!!」

「それも九つ!あの日以来だ!!」


僕の声にアルが大声で返す。それもそのはずだ、あたりには突風が吹き荒れている。

エレンは学生の頃、大観衆の面前でこの炎の龍を3匹呼び出している。

だが僕らが初めてこの炎の龍の原型を見た時、それは確かに9匹だった。


「な…、何なのよ…。」


イネスがへなへなと床に座り込む。

イネスだけでは無い。城壁が、ハバラの町中が大混乱に陥っている。


「わぁぁぁぁあ!!!」


恐慌に陥った誰かが、炎の龍に向かって矢を射るが一瞬にして燃え尽くされてしまう。

龍たちはそんな物は意に介しても居ないように、目前の炎の塊を見つめている。


そんな恐慌の中、そこだけまるで別の空間のように、エレンが静かに炎の塊を指差した。

すると龍たちがまるで意思を持つかのように、立ち昇る8本の魔力の渦に噛み付く。

そして一際大きな顎をした最後の1匹が、炎を塊に向かって大きく口を開け、迫って行く。


「ヤバイぞ!」

「伏せろ!!」


先ほどの衝撃を思い出して僕らは耳を塞ぎ、目を閉じた。

そして次の瞬間…








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