40.真っ直ぐに歪む
ドン… ドン… ドン…
低い太鼓の音が響き渡っている。
「いよいよか…。」
隣のアルが緊張した声を出した。
僕らは物見櫓の上から目前の平野を見ていた。目の前ではアルボレスの軍勢と聖騎士団、南方軍の軍勢が向かい合っている。
「数でいきゃあ聖騎士団、南方軍の方が多そうだが、実力はどうだかな…。」
ロメオも硬い声で呟いた。ロメオの言う通り、アルボレス共和国の武力は僕らの想像を超えるかも知れないのだ。
「セミラミスさん、やっぱり話を聞いてくれなかったか…。」
「あの女が人の話なんか聞くかよ。」
ロメオがへっ!と言いながら言葉を吐く。
セミラミスがポートランドの街を訪れたのは昨日の話だ。
*****
「ブノワ長官、お久しぶりです。」
「セミラミス殿も…。」
僕らと長官は、ポルティージョ家の屋敷の応接間で彼女と向かい合っていた。
以前より少し伸びた金の髪を後ろで縛り、白銀の甲冑に身を包んでいる。萎びた様子は微塵も見えなかった。
「単刀直入に申し上げよう。この戦、止めてもらえぬか?」
「それは不可能です。」
長官の言葉を真っ向から否定するセミラミス。潔さすら感じる。
「聖なる神の御名にかけて、魔物と国と親交を結ぶなどあってはならない事です。」
「彼らは魔物などではありません。知性ある人々です。どうして会う事もしないうちからそう断じるのですか!?」
珍しくイネスが食ってかかった。そんなイネスの様子を見て、セミラミスは冷笑を浮かべている。
「知性が有るから魔物ではないと?違いますね。むしろ奴らはずる賢くて狡猾だ。」
そこで一旦言葉を切ってセミラミスは僕らを見回した。
「少し、昔の話をしましょう。とある辺境の村に小さな女の子が家族と仲良く暮らしていました。」
蕩々と語り出すセミラミスに、僕らは困惑を隠せなかった。そんな僕らを気にする様子も無く、彼女は語り続ける。
「小さな村でしたが、豊かな自然と穏やかな気候に囲まれて、飢えることも無く、幸せに暮らしていました。そんなある日、村に傷付いた一匹の魔物が迷い込んできます。彼は自分をエルフだと言いました。そして一晩、どこでも良いので泊めて欲しい、と…。」
辺境…。傷付いたエルフ…。僕の中で嫌な予感が膨らんでいく。
「多くの村の人々は困惑しましたが、人一倍お人好しな女の子の両親は、彼を自分たちの家に案内し、もてなしを施して、寝床も用意しました。しかしそれが全ての間違いでした。」
セミラミスの顔には冷笑すら浮かんでいなかった。無表情に淡々と話を紡いで行く。
「男は盗賊の手下でした。彼は自らの仲間を村へと手引きすると蹂躙を始めます。女の子の両親は殺されてしまいますが、逃げ出した女の子はあわやという所で、たまたま村に来ていた祭司様とその一行に助けられます。祭司様たちと女の子は命からがら村から逃げ出しました。」
そこでしばしの沈黙が訪れ、そして最初にロメオが口を開いた。
「あんたの言いたい事は分かった。だがそれは私怨って言うのじゃないのか?あんたのその私怨に南の人間を、いや、この国の民を巻き込まないでくれ。」
「私怨…?」
そう言われて一瞬、きょとんとした表情を浮かべるセミラミス。だが次の瞬間、その顔から失笑が漏れた。ロメオの額に青筋が浮く。
「何も分かっていない様だから言っておこう。私は、女の子の両親は愚かだと思っている。」
「…は?」
流石にはこの一言にはロメオも鼻白んだ。
「だってそうじゃないかな?神の教えを破り、邪なモノをその内に招き入れたのは彼らの責任だ。そんな事をしなければ死なずに済んだものを。実に愚かな行いだよ。」
「そんな…。最初から邪だなんて誰が分かるのですか?」
思わず僕は口を挟む。たがセミラミスはかぶりを振った。
「彼ら魔物は闇の眷族であり、邪な存在だ。むしろ罪を犯した人間が生まれ変わって彼らになるのではないか?と私は推測している。」
流石にこの言葉に僕は愕然とした。セミラミスは尚も話続ける。
「私が先ほどの昔話を通して言いたいのは、同じ事がこの国に起きようとしている。ということだよ。」
「…つまり彼らを内に招き入れれば必ず破滅する。とそう言いたいのですか?」
「流石は長官殿。ご明察です。」
感心しているのか馬鹿にしているのか、どちらともつかない表情でセミラミスが答える。
「この国が大きな争いも無く、豊かに暮らしていけているのは、一重に神の御加護のおかげ。その神の教えに仇を為す行為など見過ごすわけにはいきません。」
「しかし戦争となれば無辜の民が傷付く。神はそれを良しとするのか?」
「死した魂は必ずや神の身元に帰り、再び良き人として生まれ変わるでしょう。だがその内に魔を抱いてしまえば地獄に落ちるしかない。そうなれば次に生まれ変わる時は魔物の定めだ。長官殿はそれでも良いのか?」
真剣な顔のセミラミス。曇りなの無い瞳は真っ直ぐに長官を見つめている。さすがにこれには長官も閉口した。
「魂だなんだかしらねぇが、俺たちは今を生きているんだ。この南の地に災いをもたらすのは止めてくれ!」
憤るロメオにセミラミスはフン、と鼻で笑った。
「災いをもたらしたのは我々ではない。侵略してきたのはかの魔物の国だ。それに聞けばこの地は我らが神の他に別の神を祀っているそうではないか?そのせいで神の怒りを買ったのでは無いのかな?」
「なんだとっ!!」
今にもセミラミスに向かって殴りかかろうとするロメオを僕とアルが止める。
そんな様子を見て、セミラミスは小さくため息をついた。
「どうやら話は平行線を辿るしか無い様だな。私としては同じ王国の民として、諸君らにもかの魔物の国と戦って欲しいと思って、ここまでやって来たのだが…、無駄足だったようだ。これにて失礼するよ。」
それだけ言い残すとセミラミスはさっさと立ち上がって部屋を出て行った。
残された僕らの間に、沈黙が流れる。
『どこまでも真っ直ぐに歪んだ女だな…。』
僕にだけ聞こえる声で、クロがそう呟いた…。




