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シャ・ノワールと騒乱の聖歌  作者: 蒔田 椎太
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39.猫の間者

久々にクロ、暗躍です。

(速いくせに本当に揺れの少ない馬車だな…。)


俺が改めてアルボレス共和国の技術に関心している間に、馬車は簡易的に作られた門を抜けて、野営地へと入って行った。


(そんなに変わった点はないか…。)


野営地の中を進む馬車のその屋根の上から、俺は辺りを見渡す。

光魔法で姿を消している為、見咎められる心配は、恐らく、無いだろう。もちろん油断は出来ない。

アルボレス共和国の野営地では、人間以外にエルフやドワーフの姿を見かける、というだけで特段変わった所は見受けられなかった。


(あれが本陣かな…?)


馬車は野営地の中央、一際大きな天幕へと近づいて行く。

俺は念のためにその手前でヒラリと馬車から飛び降りると、手近な物陰に姿を隠した。

案の定、馬車はその天幕の手前で止まると、中からアーカネルが降りてきて天幕へと入って行く。


(見張りは二人か…。そんな事より…。)


俺は一人語りながら両目に魔力を込め、魔法的な視野を展開させる。


(結界の類は無し。中々無用心だな。それともこの国の魔法技術を甘く見ているのか…。)


まぁそんな事はどうでも良いと俺はかぶりを振ると、忍足で天幕へと近づいて行く。

今度は耳に魔力を集中させ、音を拾って行く。どうやら天幕には数人、人が居るようだ。


(一人はアーカネルだとして他は誰なのか…。)


声が完全に聞こえる所まで来て、俺は舌打ちしたい気分に駆られた。


(いや、やはり、と言うべきか…。)


天幕の中からはキヒキヒと特徴的な笑い声が聞こえて来る。


「これで開戦は待った無し、か…。」


恐らく将校の一人なのだろう、聞き慣れない男の声だ。


「ドラント殿の言う通りの武力であれば、我々が勝ったも同然。もはやこの国は私たちのものですな。」

「油断は禁物だぞ。」


また別の男の言葉をアーカネルが打ち消した。


「将軍の言う通りですな。特に追い払ったあの小僧ども、あいつらはあれで中々油断なりませんぞ。」


キヒキヒと笑いながら蛸男、ドラントの声が聞こえる。


「ふん…、しかしたかが子供だろう?なんの心配がある?」

「会談の間中、風の結界を張り続けている男が居た。残りの二人の男もかなりの手練れだ。恐らくこちらの精鋭と同格かそれ以上。それに馬車の中からも凄まじい魔力を感じたぞ?」

「「…。」」


アーカネルの言葉に残りの二人が沈黙する。


「ご心配は無用。個々が強くとも確かに子供です。戦争の勢いを止める術は持たない。もちろん、儂らの方でも手はしっかり回しますがな。」


再びキヒキヒと笑うドラント。ふん…。とアーカネルが鼻を鳴らすのが聞こえた。


「ではとっとと行くが良い。半分以上勝ちが決まった戦とは言え、我々は将として為すべき事がある。」

「仰せの通りに…。」


仰々しい恭しさでドラントがそう言う。わざとらしくお辞儀でもしている事だろう。


「…所で将軍どの。一つ申し上げたい事が有るのですがよろしいですかな?」


なんだ?と鬱陶しげなアーカネルの声が聞こえる。どうやら協力はしているが良好な関係とは言い難いようだ。


「何やら儂の覚えの無い匂いがします。それも天幕の外から…。」


その言葉を聞くや否や、俺の体にも、そして天幕の中にも緊張が走った。

次の瞬間、アーカネルの大音声が響き渡る。俺の知らない言葉だが、だいたい内容の想像はつく。


(ふむ。あのジジィ、中々やるじゃないか。)


俺は一人感心しながら、そっと天幕から遠ざかって行った。兵士達がバタバタとあたりを走り回って居たが、落ち着いて物陰から物陰へと移動して行く。

そもそも見つかる心配などして居ないし、見つかった所で猫一匹だ。


(間者としてはこの体は最高だな…。)


俺は自嘲気味にそう考えながら、柵の間をするりと抜けて、無事に野営地から外へと抜け出した。既に日はだいぶ傾いていた。




*****


「お帰りクロ。」

「おお!無事で良かった!」


俺が部屋の窓辺に辿り着くと同時に内側から窓が開かれた。

レオナードが《魂の繋がり》を通して俺の存在を感じ取ったのだろう。


『今戻った。』


俺はするりと部屋の中へと入り込むと手近にあった机の上に腰を落ち着けた。


「それで、どうだった?」


レオナードが椅子に座った所で、アルが質問を投げてくる。


『案の定、と言うべきかな。アーカネルの裏に例の蛸男が居る。』


やっぱりか…、とレオナードが呟く。こいつも少しは頭が回るようになって来たかな…?


『奴が向こうと繋がっている以上、開戦は避けられないだろうな。』

「ならば俺たちは開戦前提で動かなければいけない…って事か…。気が重いな…。」


アーノルドが暗い声をだす。レオナードも深いため息を吐いている。


『そうだな。だが被害を抑える事は出来るかもしれない。既に梟を王都に向けて放った。パズとアスールが上手くフォルテウスへと繋いでくれるだろう。俺達は今ここでやれる事をやるだけだ。』

「そうだね…。せめてこのポートランドの街は守らなきゃ…。」


レオナードの言葉にアーノルドが頷く。


『さぁ、そうと決まれば今夜はさっさと寝て、旅の疲れを取る事だ。明日から忙しくなるぞ。』


そう言って俺はさっさと丸くなった。

しばらくレオナードとアーノルドの小さな話し声が聞こえてきたが、眠気の方が勝っていた。


(流石に俺も少し…疲れたな…。)


意識が深く闇の中へと沈み込んで行った…。





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