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シャ・ノワールと騒乱の聖歌  作者: 蒔田 椎太
35/45

35.救助②

白髪混じりのざんばらに伸びた髪。深く曲がった腰と薄汚れた白衣。そして大きく見開かれた右目と眠そうに細められた左目。

その姿を確認した瞬間に僕とアルは無言で剣を抜き放つ。

違和感があるとすれば…。


「貴様…、なぜ両腕がある?片腕はエレンに焼かれた筈だが…?」


アルの言葉におぉ?と声を出すと、その怪人はひょいっと片腕を上げた。血が通っているのか怪しい、土気色をした腕だったが、肌の若々しい感じが余計に違和感を感じさせる。


「先日、イキの良い若い腕が手に入ってな。ありがた〜く頂戴したのだよ。」


そういってキヒキヒと耳障りな笑い声をあげる。胃のあたりがムカムカして来た…。


「貴様…、何が目的だ?」


目的?そう言って怪人は牢の中の長官を見やった。


「もちろん、戦を起こす事じゃよ?」


当然、と言わんばかりの口調だ。


「戦を起こして何になる?金儲けか?」

「金?じゃと…?」


ムッとした表情を見せる怪人。ある意味で初めて人間らしい反応を示した、とも言えるだろう。


「そんな物、犬にでも食わせておけ。」

「では何が目的だ?」


長官の怒りの篭った声に、逆に怪人は小さく笑い声を立て始めた。


「戦が起これば多くの人間が死ぬ。それだけ沢山の死体が手に入る。」

「…そうして新しい体を得るのが目的か?」


僕の問いに怪人はやれやれと頭を横に振った。


「そんなのは些細な事なのだよ。沢山の死体が手に入れば私の研究は更に飛躍するだろう?貴様達は知りたくないか?なぜ我々は呼吸をするのか?なぜ心臓が動いているのか?血が赤いのはなぜか?体はどうやって動くのか?心とは?魂とは何だ?人という、生命という神秘のその秘密を!!」

「…狂気の沙汰だな…。」


熱弁する怪人に向かってアルが吐き捨てるようにそう言った。


「狂気の沙汰…。果たしてそれだけかな?」

「…どういう意味だ?」

「医学も薬学も、戦が起こるたびに進歩をしたのだよ。これは純然たる事実だ。神の奇跡などでは人の命は救えない。尊い犠牲と、儂のような探求者のお陰で今日の医学がある。のう?ダラスよ…?」

「…。」


ダラス先生は唇を震わせながら、それでも怪人を睨みつけている。


「良いことを教えてやろう。ダラスは儂の教え子じゃ。」

「「「…なっ!?」」」


僕ら全員に衝撃が走った。ダラス先生が、この怪人の教え子…?


「…き、貴様もしや…、ドラント卿か…?」


長官のこの言葉に、怪人が可笑しそうに口を開けて笑った。


「あんなに小さかったブノワが長官とは…。知っておるか?儂はお主のおしめを替えた事もあるのだぞ?」

「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」


普段の長官からは考えられない壮絶な絶叫が迸り、僕は思わず首をすくめた。


「殺してやる!!今すぐこの縄を解け!!貴様は私がこの手で殺してやる!!」

「ち、長官!落ち着いて下さい!」


凄まじい形相で身をよじる長官にアルが慌てて声をかける。そんな様子を見て、怪人はさも可笑しそうにケタケタと笑い声を上げている。


『…レオ、今だ。』


静かなクロの声に、僕は脚に魔力を込めると、一気に怪人との距離を詰めた。


「おおっと!!危ない、危ない。躾がなっていないようじゃぞ、ダラス?」


僕が薙ぎ払った剣は紙一重でかわされる。切り払った怪人の髪が宙に舞った。


「生憎と儂は学者肌でな。戦いは好かんのだ。相手はこやつらに任せるよ。」


怪人がそう言うと、生気のない表情をした兵士達がぞろぞろと部屋へと入ってくる。


「こ、この人達は…?!」

「護衛兵達の成れの果て…か…。」


焦る僕に、アルが冷静に答えた。

兵士たちの身につけている物は王国軍の標準的な装備だ。その中に片腕の無い男が一人だけいる。恐らくその腕が…。


「こやつらは感情も無ければ痛みも感じない。そもそも生きてすらいない。歩く死人だ。完全に動かなくなるまで斬り伏せるのじゃぞ?」


まるで生徒に言い聞かせるように話しながら、怪人はその死人の群れの奥へと消えて行く。


「待て!…くっ!」


怪人を追いかけようとした僕の目の前に歩く死人の一人が立ち塞がり、剣を振るってきた。速度は遅く、簡単に避けられるが、数が多過ぎて怪人へと近づく事は出来ない。


「…レオ、まずは長官と先生の救助が先決だ。こいつらを…始末…するぞ…。」


怒りを滲ませたアルの声に、僕は小さく頷いた。




*****


「皆様、ご無事ですか?」


アルが先生を背負い、僕が周りを警戒しつつ砦の外へ出ると、そこには目深にフードを被ったミラさんが佇んでいた。

周りにはゴロツキ達が呻き声を上げて転がっている。


「貴様、誰じゃ?」


ミラさんを見て身構える長官に、ラングラン家の密偵です。とアルが誤魔化した。武勇で馳せた西方公ラングラン家の名前であれば長官も納得なのだろう、直ぐに警戒を解いてくれる。


「彼女のお陰でここを特定出来ました。ありがとう。」


僕が礼を述べると、ミラさんは小さくお辞儀をし、それでは…。と小さく呟くとあっと言う間に森の奥へと姿を消した。


「いやはや…、さすがラングラン家の密偵じゃの。」


その身のこなしに、長官は感心している。先程、恐ろしい絶叫を上げたのと同一人物とは思えない。いや、だからこそ平静を保とうとしているのか…?


「一先ず、我々の馬の所まで戻りましょう。幸い夜も明けて来たことですし。」


僕の一言にアルと長官が頷いた。ダラス先生はアルの背中で気を失っている。

東の山間から陽の光が一条、射し込んできた。



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