3.王城
「暇だ…。」
「ちょっとロメオ、しゃきっとしなさい!」
イネスの叱責に、大柄な男子が机に突っ伏した顔を上げた。
短く刈り上げた黒に近い茶髪。瞳も同じ色なので生来の色だと分かる。浅黒い肌に南国の香りがする。
僕ら王室親衛隊の最後の1人、バルトロメオだ。
「んなこと言ったってよ、もう二週間も似たようなもんだぜ?」
僕らの仕事は基本的に王太子フォルテウス様の護衛任務となっている。
なっているが王宮内では四六時中、全員がフォルテウス様の護衛に就いているわけではない。
僕らの長であるダラス先生、もとい、ダラス隊長が基本的にはお側仕えで、もう一人が交代で護衛を持ち回している。
今はアルがフォルテウス様の護衛を担当し、それ以外の僕らは王室親衛隊に割り当てられた控え室で休憩、もとい、暇を持て余しているわけだ。
ちなみにエレンは今日は非番で休みになっている。
「読む本ならたくさんあるじゃない。教養の為に貴方も読みなさいよ!」
そういうイネスの手元には分厚い本が置かれている。どうやら魔導書のようだが…。
「俺に読書が似合うと思うか?」
「威張る所じゃないわよ…。」
イネスが呆れたようにため息をついた。
「まぁ、ロメオの言うことも一理あるよね。」
「「読書が似合わないって事が?」」
重なるロメオとイネスの声に、僕は苦笑しつつ、自分の手元の本から顔を上げた。
「やる事が無さ過ぎて暇だってこと。」
「だよなー。」
そう言ってロメオは再びべたーっと机に突っ伏す。
いくら護衛任務が大切とはいえ、四人で交代で行えば一日の勤務時間は短い時で三時間足らずだ。それ以外の時はこうして暇を持て余している。
「なんか拍子抜けっつーかなんと言うか…。王宮勤務ってこんなもんかね?」
「まぁ、何も起きない事は良いことだけどね…。」
僕とロメオの会話に、イネスは眉間に皺を寄せて難しい顔をして呟いた。
「私たち、なんだかお客様扱いよね…。」
その言葉に僕らは沈黙をもって答える。
「この前ね、こんな陰口をきいちゃったのよ。親衛隊は家を継げない良家の子供達の集まりだ、って…。」
イネスが沈痛な面持ちで呟いた。ロメオが椅子に背中を預けると、両手を頭の後ろで組んで天井を見上げる。
「…まぁ、あながち間違っちゃいねぇな。」
ロメオの言う通り、あながち間違いでも無いのだ。
北の一辺境貴族でしかない僕の家を良家と呼ぶかどうかは別として、他のみんなの実家は正に良家だ。この国の貴族社会の中でも上流階級、頂きに近いと言っても過言ではない。
そして僕とロメオは次男、アルは三男、イネスには弟がいる。唯一、家を継ぐ可能性があるのは一人娘のエレンだが、恐らく婿養子を迎える形にはなるだろう。
「そんな事を気にしてたってしょうがねぇ。変えられるもんじゃねぇしな。」
「あら、意外。もっと怒ると思ってたわ。」
ちょっと驚いた顔のイネスの言葉に、ロメオが眉間に皺を寄せる。
「お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「単細胞脳筋。」
「おいこらっ!」
暗くなりかけた雰囲気が少しやわらいだ。そんな二人のやりとりを僕は微笑みながら見ている。
(しかし、クロが居たら何て言っただろうか?)
ここのところ、クロは王城につくなりどこかへふらりと姿を消す。
僕とクロは遠距離で念話を送る事が出来るため、何かあった時にはすぐに連絡が取れるのだが…。
(まったく…、どこをほっつき歩いているんだろう。)
僕は心の中でため息をついた。
*****
冬は日が暮れるのが早い。すでに暗くなった王城の正門に続く大通りを、僕とアルは並んで歩いていた。
寮で生活するイネスとロメオとはついさっき別れたばかりだ。
道の左右には輝光石を利用した街灯が煌々と輝いていて、足下は十分明るい。
だが僕の隣を歩くアルの表情は何処と無く暗かった。
「…何かあった?」
アルが二度目のため息をついた時、僕は堪りかねてそう問いかけた。
「んー…、今日、思い切ってフォルテウス様と隊長に相談してみたんだ。俺たちはこのままでいいのか?って…。」
アルの言うこのままとは僕とイネス、ロメオが昼に話していた事、そのままの事だろう。
「それでお二人は何て?」
「うん、慌てるには時期尚早、と言われたよ…。イネスとロメオに関しては、親衛隊設立の真意をまだ話せてもいないわけだしな…。」
僕は唸って両手を組む。
僕らの所属する王室親衛隊は、ととある目的があり、僕たちとフォルテウス様の利害が一致して設立されたものだ。
その僕たちに今のところイネスとロメオは含まれていない。
一般的に、彼ら二人は貴族派閥のバランスを考えて招集されたと思われている。
実際にその側面があるので完全に否定はし辛い所だが…。
「まぁ、実際に今は動きようがないよね…。ん?なんだ?」
僕がアルを慰めようと口を開いた時、前方で大きな物音がした。
目を凝らすと、馬車が荷崩れを起こしているみたいだ。
「大丈夫ですか?!」
僕とアルは慌てて駆け寄る。
地面には使い古された剣や槍、鎧の部品などが転がっていた。
どうやら軍の古い物資を運んでいる最中だったようだ。
何人かの兵士たちがそれらを拾い集めていた。
僕とアルは屈みこんでそれらを手伝おうとする。すると、
「これこれ、王室親衛隊の皆さんにそんなゴミ同然のガラクタを触らせるものではありませんよ。」
御者台から一人の男が降り立った。格好から察するに監督官のようだ。どこか見覚えのある顔だ。
「君たち、高貴な方々の手を煩わせるものではありません。お二方も、これらの物は廃棄予定の物です。お手を触れないようにして下さい。」
「しかし…。」
「何かありましたら私共が叱られてしまいます。」
アルは食い下がろうとしたが、監督官が有無を言わさぬ口調でそう告げた。
若い兵士が頭を下げつつ、アルの手から拾い上げた古い剣を持って行く。
年の頃は僕らとあまり変わらないか、もしくはもっと若いかもしれない。
寒空の下、作業をしているせいか、彼の手は赤切れて所々血が滲んでいた。
「それとラングラン殿。」
呆然としてしまったアルに再び声を掛ける監督官。
「王城で駆け回るのはご遠慮下さいな。ここは学校ではありませぬ故。」
「…承知致しました。以後、気をつけます…。」
アルは小さく頭を下げた。嫌味ったらしく笑う監督官。
どこかでみた顔だな、と思ったら、登城初日に走り抜けるアルに驚いて書類を撒き散らしたあの男だった。