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シャ・ノワールと騒乱の聖歌  作者: 蒔田 椎太
24/45

24.特別な

翌日の昼過ぎには、僕らはポートランドとその向こうの海を眺める事が出来る丘の上に辿り着いていた。

二年前と変わらぬ美しい景色が霧雨のベールに包まれている。

だが前回は無かったものが、その美しい海の沖に存在している。


「ありゃ、なんだ…?いや、言うまでもないか…。」


隣の馬上のロメオが独り言を言いつつ、そのまま自分で納得している。

言うまでもなく、沖に浮かんだ大きな影は船だ。そう、シエロさんたち、アルボレス共和国の…。


「フネが大き過ぎて港に入れなかったので、沖で待ってもらいました。」


馬車の窓からシエロさんが顔を覗かせる。


「我々の船の、倍はありますな…。」


馬車の御者台の上から、ダラス先生が難しい顔をしている。

ダラス先生も何か考えているところがあるのだろう…。


「…行きましょう。目的地は目の前だ。」


僕の言葉に、一同は再び馬を走らせ始めた。懐かしきポートランドの街へと向かって。




*****


「本当に、そのまま行ってしまわれるのですか?」


イネスが名残惜しげにシエロさんに問いかけている。

場所はポートランドの港。

気付けば霧雨も上がっていたが、太陽はかなり傾き、あと一刻もすれば日は沈んでしまうだろう。


「ええ、コレ以上、皆さんにご迷惑はかけれませんので…。」


シエロさんは寂しそうに笑うと、懐から変わった意匠の小さな石板のような物を取り出した。


「皆さんにコレをお預けします。」


そう言ってシエロさんは石板をパキンと二つに割る。

切れ目でも入っていたのか、石板は綺麗に二つに割れ、その片割れをイネスに差し出した。


「これは…?」


イネスが受け取りつつ、首を傾げる。それは僕ら全員が持っている疑問だった。


「コレで私達とやり取りが出来ます。」

「え!?コレで会話が出来るのですか!?」


驚きのあまり、シエロさんの言葉使いが移っているイネスに、シエロさんは笑いながら首を横に振る。


「さすがにそこまでは…。ですがいつかはそういったものを開発してみたいですね!」


その会話を聞きつつ、念話魔法を応用すれば出来そうだな…。なんて考えが頭をよぎる。


「コレがあれば、伝書鳩を使って手紙の()()()()ができます。」

「目印のようなものですか…。いやはやそれでも大した物ですな。」


ダラス先生がしげしげとイネスの手の中の石板を眺める。

アスールのような特殊な例を除いて、普通の伝書鳩は自らの巣に戻る事しか出来ない。伝書鳩を往復させるというのは通常不可能なのだ。

それをこの石板が可能にしてくれるという…。


「情報のコウカンはとても大切ですから。」


そう言ってニッコリ笑うシエロさんに、僕らはただただ頷くしかなかった。




それから僕らは各々で別れを惜しんでいた。

僕とクロは、桟橋の上から遠くに見える大きな船影を眺める。夕日に照らされたその影は雄大で、どこまでも向かって行けそうな力強さに溢れていた。


『世界は…恐ろしいまでに広いな…。』


クロがポツリと呟く。僕はそれに小さく頷いた。


「その広さが怖さでもあり、魅力でもありマス。」

『…やはり、俺の声が聞こえていたか…。』


僕らの隣に並び立ったのはダリアさんだ。夕日に照らされた銀の髪が、汐風に遊んでいる。


「ワタシ達は昔、ダークエルフ、と呼ばれていました。」

「ダーク?ブラックではなく?」

「ハイ。ダークとは闇という意味です。ブラックは黒。その昔、闇の眷属と蔑まれ、他のエルフたちの奴隷だった時代もあるといいます。」


ダリアさんの突然の独白に僕は押し黙るしかなかった。

黒というより褐色の肌が夕日に照らされ、その横顔には優しい微笑みが浮かんでいる。


「肌が黒い。幼い頃はそれだけで虐められ、周りを恨んだ事もありマス…。」


ダリアさんがそっと目を閉じる。その幼い頃を思い出しているのだろう…。


「共和国が生まれた時、私の両親は周りのブラックエルフと共に立ち上がりました。差別をテッパイする為に…。」

「差別を撤廃するため…。」

「…子供達に輝くミライを…。それが合言葉だったと、今でも良く聞かされます。」


ダリアさんはそっと目を開いた。その瞳は、遠く祖国を見つめているのだろう。


「まだまだ小さな差別や、種族間での争いがある事はジジツです…。ですが…、」


そこで言葉を切って、ダリアさんは僕の方へと振り向いた。


「ワタシ達の国では、誰もが自分の出自を隠す事なく生きています。私はブラックエルフに生まれた事に誇りを持っている。」


その言葉に、僕の心臓がバクリと音を立てた。真っ直ぐに向けられる眼差しを見つめ返す。


「アナタと、そしてクロさんも、この国ではかなり…そうですね…特別な存在ですね?」

『…そんな事はない。俺はただの猫だよ。』


クロのその返事にダリアさんはふふふと小さく笑う。


「お二人とも、ワタシ達の国に、アルボレス共和国に来ませんか?」


僕の鼓動がどんどん高まっていくのを感じる。僕は…どうすべきなのか…。


「アナタがもし、私が思っている通りなら、確実に周りの人達よりも永い時を生きます。そうすれば、自ずと怪しまれ、場合によっては迫害されるかもしれない…。」


何となく不安だった遠い未来を、ダリアさんはズバリと指摘してくる。


「そして、アナタの周りの人々はいずれ、アナタを残して亡くなってしまうでしょう。そう、それはアナタも例外ではないのです、アーノルドさん…。」

「!?」


僕は驚いて振り返った。そこには静かに佇むアルの姿があった。


「いつから…そこに…?」

「ん〜…、レオとクロが特別な存在だと言われたあたりから、かな?」


僕の問いに明るい声で答えるアル。その笑顔には少しの曇りも無かった。


「確かにレオとクロは俺にとって特別な存在だ。一緒に学び、生き抜いてきた戦友、とでも言うのかな?だから俺は…、」


アルは一度そこで言葉を切る。夕日色の風が僕らの間をすり抜けていく。


「俺は…、レオがどこに行っても、どこに居ても友達だ。それだけは変わらない自信がある。」

「アル…。」


不意に目頭が熱くなって、僕はぎゅっと目を閉じる。

遠くから沖の船への出発を知らせるデシさんの声が聞こえてくる。


「僕は…、」


そっと目を開いていて、僕はダリアさんに向き合った。






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