22.異国の技術①
春は目の前だが、馬上で感じる早朝の空気はまだひんやりと冷たかった。
逆にその冷たさが、寝不足で若干火照った顔と頭には心地良い。
『レオナード、大丈夫か?』
「大丈夫。なんだが頭が冴えて逆に眠くないんだ。」
マントの襟元から顔を覗かせたクロが、そうか。と短く返して来た。
パズは今、アルの、ラングラン家の屋敷で手当てを受けている。
ティアが付いてくれている、つまりオンブルさんの本体が近くに居るため、ある程度の安全は保障されているだろう。
姿の見えなかったアスールは、なんとパスの懐に潜んでいた。結界で助けを呼びに行くにも行けなかったようだ。
「まぁ、でもアスールがずっと励ましてくれたから何とかなったのかも…。独りじゃ耐えられなかっただろうね。結果良ければ…ってね!」
そう言ってベットの上で笑うパズにアスールが心配そうに寄り添っていた。
当たり前の事だが、僕とクロだけじゃなくて、みんなそれぞれに《魂の繋がり》を持っているんだな。と感じた瞬間だった。
そして昨夜の騒動から一転、僕はこの国では見かけることのない不思議な形をした馬車の隣を、自分の馬を駆って並走している。
一緒に走ってみてやはり驚かされる。この馬車は速すぎる。人を六人も乗せているとは思えない…。
馬車の中にはシエロさん達三人とダラス先生、イネス、エレンが乗っている。
僕、アル、ロメオの三人はそれぞれの馬を駆り、三角形の形で周囲を警戒しつつ馬車に並走していた。
*****
「この馬車はには、クウキテイコウを減らす様に計算された魔法がかけられています。」
「「「クウキテイコウ???」」」
出発前にダリアさんが発した一言にその場の全員が訝しむ顔をする。
その反応に対してダリアさんは更にキョトンとした顔で返した。
「空気の抵抗を減らす。つまりこの国で言う所の風を除ける魔法の事ですね!」
クスリと笑いながらシエロさんが補足してくれた。
風除けのことか!とアルが反応を示す。だが僕の疑問はもう一つ、他の所にあった。
「誰がその魔法を使われるのですか?もし何でしたら僕がその役目を負いますが…。」
僕の申し出に、今度はシエロさんがキョトンとした顔になる。
「レオナードさんは馬に乗って付いてくるのですよね?」
「はい、そうですが…?」
「なら必要無いですよ。魔法は馬車に掛かってますから。」
僕の頭の上に無数のはてなが見えたのだろう。シエロさんはポンと手を打った。
そして僕らを馬車の正面へと誘う。そこに小さな青い石が埋め込まれている。飾り気のない馬車の中で、唯一の装飾らしい物とも言えるだろう。
「これに魔法がフウニュウされていて、馬車に乗った人から少しずつ魔力を頂き、風除け魔法を維持します。」
「そんな!魔法封入を実用化したってこと!?」
これに一番の驚きを見せたのはイネスだった。
僕たちの説明を求める顔つきに、イネスが一つ咳払いをする。
「魔法封入とは、特定の物体に魔法を刻み込む技術の事よ。例えば輝光石は魔力を流せば光るでしょ?あれは元々の性質だけど、同じような物を人工的に作り出せないか?そこから始まったのが魔法封入技術の研究と言われているわ。」
「魔法具とか、紙に魔法陣を書き込んだりするあれとは違うのか?」
ロメオが興味津々といった感じで宝珠を覗き込みつつ質問を振る。
「似ていることは似ているわね。根本的に違うのは媒体の耐久性と使用者の限定に関する点ね。」
ロメオが片眉を下げ、逆に片眉を上げてイネスを振り返る。
付き合いが濃くなりだして分かってきたが、この表情をしている時のロメオは困っている時だ。
それに気づいたイネスが、もう!少しは魔法の事も勉強して!と言いつつ説明を足してくれる。
「基本的に魔法陣を書き込んだ媒体、例えば紙や布なんかだと使用は一度きりね。」
「石や木なんかだとどうなんだ?学園に結構そういうのがあったと思うが…。」
この質問はアルだ。確かに学園には魔法陣を書き込まれたり彫り込まれた教材などが散見されたからそれを指しているのだろう。
「そうね。どんな魔法陣なのかによるけど紙よりは耐久性は高いわね。例えば結界系の魔法なら半永久的に使えるかもだけど破砕魔法とかだと一度きりよ。」
「魔法陣の欠点は使用者の限定にある。そうでしょ?」
エレンの言葉にイネスが頷く。
「エレンの言う通りね。魔法陣は基本的に作成者本人しか使用出来ないわ。魔法陣を作成する段階で本人の魔力を込めながら作っていくし、一人一人の文字に個性があるように、魔法陣にも個性が出てしまうから。」
「魔法具もそうね。あれは基本的に魔法の発動や操作を手助けするものだから、作成者の魔法を手助けするのが前提になっているわ…。」
エレンが少しだけ遠い目をする。恐らくは彼女の従兄弟の事を思い出したのだろう…。
「あれ?じゃあ緊急魔法障壁ってどうなってるの?」
僕はそこでまた一つの疑問にたどり着く。僕らが競技大会などで使用していた緊急魔法障壁は一体どういう仕組みなんだ?
「それよ!あれは数少ない魔法封入技術の成功例の一つなのよ!だからパズが使えるって言った時に驚いたのよ!だから本当に、無事で良かったわ…。」
最後のあたりはイネスの声も尻すぼみになっていった。
僕とアル、エレンに気を使ってくれたのだろう。
気遣わしげな様子のイネスに僕は強く頷いておく。
「えぇと…、話を戻すわね!つまり、あの緊急魔法障壁が込められた首飾りと同じで、この馬車に取り付けられた宝珠は、誰でも使える。それどころか、馬車に人が乗っただけで魔法を展開、維持できるように作られている。そう言う事ですよね?」
気を取り直したイネスは最後にシエロさんに話を戻した。
「素晴らしいですね!よく学ばれていらっしゃる!イネスさんのおっしゃる通りです!」
「我々の国ではこの技術は様々な分野で応用されています。皆さんも機会があれば是非、遊びにいらして下さい。」
手を叩きイネスを賞賛するシエロさんと、赤面しつつ、それにお礼を言っているイネス。そしてダリアさんがにっこりと僕に微笑みかけた。
『様々な分野、か…。』
クロがポツリと独り言ちるのが聞こえてきた。




