20.潜入②
『上の階に人が多いようだ。極力物音を立てるなよ。』
そう言って俺は三人を先導して歩き出した。
俺の後ろから、そろりそろりと三人が付いてくる気配がした。
『その角を曲がった所に人がいるな。』
オンブルの言葉に俺たちは一度立ち止まると、壁からそっと顔を覗かせる。
『見張りが二人。その奥は…階段か…。』
「あの奥にパズが…。」
小さく呟くレオナードの声。誰かが小さく唾を飲み込む気配がする。
何やら二人は小さな声で話をしながら下卑びた笑い声を時々上げている。話の内容が聞き取れない事がせめてもの救いかもしれない。
だがそのせいで二人は眠気とは無縁のようだ。これでは先ほどの手を使う事が出来ない。
『これは突破するしか無いな。俺が奴らの注意を引き付ける。その間にレオナードとアーノルドであいつらをどうにか気絶させてくれ。』
「分かったよ。」
「任せろ。」
まったく、頼もしくなったものだ。と思いつつ、俺はそっと物陰を伝って見張りへと近づいていく。
二人の見張りの会話が途切れたタイミングでみゃあ、と一声鳴いてみた。
「な、なんだ…?」
「いや、猫だろ?」
あからさまにビクつく一人にもう一人が答えた。
「猫なぁ…、嫌いなんだよ。昔にばぁちゃんに、猫は悪魔の使いだ!なんで良く脅かされてたからよ…。」
「なんだそりゃ??お前、意外に肝っ玉ちっせぇな。」
キョロキョロと辺りを見回す男。その様子を見てもう一人がゲラゲラと笑っている。
これは好都合だ…。
俺はそう思いつつ、そっと物陰から姿を見せた。
「げぇ!しかも黒猫!真っ黒じゃねぇか!?」
仰け反る男にそれを見て更に大笑いする男。
俺は素知らぬ顔で猫が苦手だと言った男へと近づいて行く。
「くんなって!あっち行けって!」
「こいつ、案外人懐っこいな!」
俺を蹴ろうと必死な足を、俺はひょいひょいと避ける。
そんな俺をもう一人の男が笑いつつ覗き込むと、急に俺を蹴る足がバタつき出した。
「…どうし…た…?」
笑っていた男が訝しげに顔を上げると言葉を言葉を失った。
猫嫌いの男が首を押さえて中に浮き、足をバタバタさせていたからだ。
「な!なんだ…!?」
そして次の瞬間には、笑っていた男の側頭部が見えない何かに横殴りにされ、昏倒する。
猫嫌いの男も気を失ったか、程なくして動きを止めた。
姿が見えないが、察するにアーノルドが一人の首を絞め上げ、レオナードがもう一人の頭を、軽い振動魔法で殴りつけた。そんな所だろう。
『さぁ、ここからは時間との勝負だ。』
「…行こう。」
レオナードの小さな同意の声を受け、俺たちは階段にそっと足をかけた。
黴臭い臭いが漂ってくる。水の流れる音が聞こえてくるあたり、王都の地下に張り巡らされていると言われる下水道に繋がっているのかもしれない。
そこから逃げる事も可能だな。と思いつつ、俺は階段を下って行った。
一度、折り返しを挟み、階段を下りきった先に、灯りが漏れる部屋が見える。
三人を待たせて、俺はそっと部屋を覗き込んだ。
『…大丈夫だ。見張りは居ないようだ。だが声を出さずに部屋に入れよ…。』
俺の言葉に三人はそっと部屋へと足を踏み入れた。
「…っつ!!」
誰かは分からないが声を噛み殺す気配がして、風が動いた。三人がパズへと駆け寄ったのだろう。
「パズ…。パズ…。」
声からするとエレンのようだ。パズがうっ…、と声を出す。どうやら目を覚ましたらしい。
「…あれ?エレンの顔が見える。夢かな?それとも僕、死んじゃった?」
「馬鹿っ…。死んでなんかないわよ。もう大丈夫。レオもアルもいるわ。」
涙声のエレンがそっとフードを外す。それに合わせてレオナードとアーノルドもフードを取った。
「えぇ?やっぱり夢だよ。三人とも頭だけ浮いてるもん。」
気が抜けたのか、それとも本当に夢だと思っているのか、パズが小さく笑う。
「これはね、クロの魔法よ。姿を隠す魔法。東方公様を助ける時に使ってたって、ティアから聞いたでしょ?」
『ようパズ。元気…なわけないか…。大丈夫か?』
俺はそっとパズをその足元から見上げた。
一言でいうと酷い有様だった。椅子に縛り付けられて自由が効かない状態になっている。片目は腫れ上がっていて、もしかしたら見えていないのかもしれない。
そして一番酷いのは二十の爪が全て剥がされていた。血が赤黒く乾いてこびりついている。
これでは激痛で歩く事も、何かに捕まる事もままならないだろう。
「…くそ、金具に鍵がついてやがる…。」
アーノルドが小さく舌打ちをする。見るとパズの手足を椅子に拘束している金具に、それぞれ鍵が付いている。
「アル、僕に任せて…。」
レオナードはそういうと、左手でパズの右手を拘束する金具を掴んだ。その左手は漆黒に染まっている。
パキン
乾いた音と共に金具が弾け飛んだ。レオナードが引きちぎったのだ。
「本当に…、本当に三人とも、助けに来てくれたんだね…。」
それを見て、そして自由に動くようになった自分の右手を持ち上げて、パズが呟いた。そしてその右手を顔に当てると、嗚咽を漏らし出す。
「もう…、もう大丈夫。本当に…もう大丈夫よ…。何があっても私たちが助けるわ…。」
涙声のエレンが、見えないその両腕で、パズの頭を優しく抱きしめているのが分かった。
「おやおや、飛んで火にいる夏の虫。いや、まだ夏には早いですかねぇ。」
その時、部屋にしわがれた声が響いた。




