2.初日
頬を切るような冷たさの風はまさに真冬のそれだったが、空は抜けるように青く晴れていた。
そこら中に積もった雪が陽の光を反射してキラキラと光っている。
「いよいよだね、アル…。」
高い城門を見上げる金髪碧眼の青年の横に僕は並び立った。
「いよいよだな、レオ…。」
僕らは揃いの騎士服の上から、これまた揃いの分厚い冬用マントを羽織っていた。
吐く息は白く、朝の空気の中に溶けていく。
『すでに何度も来ているだろうに…。』
僕のマントの間からひょこっと黒猫が顔を出した。
「一応、王室親衛隊としては初登城だからね、感慨深いんだよ、クロ。」
僕は苦笑いをしながら答える。
クロは僕の使い魔で、パッと見はごく普通の黒猫だ。
だが本人曰く、百年以上の月日を生きていて、魔王軍を教育した経験もあるらしい。
『そんなもんか?しかし寒くて敵わん。さっさと中に入ろう。』
だがあながち嘘ではないのだろう。実際、彼?は僕らが知らない事もよく知っているし、聞いたこともない魔法を使える。
今だって実際にそうだ。クロの声は念話と呼ばれる魔法によって僕らの頭の中に直接聞こえてくる。
『昔、魔王…軍にいた時にな、言葉を話せない種族が結構いてな、それで開発したのがこの念話魔法だ。』
なんてさらっと言っていたが実際それって凄い事だと思う。
そう素直に伝えると、
『魔法なんてもんは、想像力や発想力があれば幾らでも応用が利く。いいか?自分の才能に足枷を掛ける必要なんて全くないぞ。』
ニヤッと笑いながらそう答えてくれた。
実際、僕とアルは、クロの指導の元に同年代の人達とはかけ離れた力を手にする事ができたのだ。
「まあ、確かに寒いよな…。北国育ちのレオはなんともないかもしれんが…。」
アルがクロに賛同した。確かに僕は雪深い北国の出身だ。対してアルは比較的温暖な西方の出身。寒いのは苦手だと言っていたが…。
その時、ぴゅうっと一陣の風が吹き抜ける。
「…寒いね!中入ろう!」
僕の一言をきっかけに、僕ら二人と一匹はいそいそと城門横の通用口を目指したのだった。
*****
高い城壁にぐるりと囲まれた王城は幾つかの区画に分かれている。僕らが向かうのはその中心に聳える王宮だ。
王都の中心は小高い丘、というよりは山に近いのだが、王宮はその中心に建っている。
その名前の通り、王の宮。王族の方々が住まわれる場所だ。
僕らの入った南門から王宮までは歩いて10分程。整備された通りを歩いていく。
左右には大小様々な建物が並んでいた。大通りは馬車が2台横並びでも通れそうなほど広い。
「しかし改めてみると凄いもんだな…。」
アルが左右を見渡してそう言う。
ちなみにアルの実家は西方公ラングラン家。この国の四方を守護し、治る大貴族の家柄だ。
そのアルが感嘆するのだから、その凄さは推して知るべし、だ。
ちなみに超がつく田舎者の僕は、未だに緊張しまくってガチガチに固まっている…。
「あれ?レオとアルじゃない?おっさきー!」
「あっ!エレン!」
徒歩で道を行く僕とアルを、乗合の馬車が追い越していく。
その馬車から赤毛の女性、一般的に見ればかなり美人だろう、が手を振っていた。
「遅刻するわよ…。」
「イネス!おはよう!」
エレンの手前に座る黒髪の女性、こちらもエレンと全く違う、鋭利さを感じさせるタイプの美人が、小さいが良く通る声でポツリと呟いた。
「そうか、あの2人は寮か!」
アルが合点がいったように声を上げた。僕らを追い越していった乗合馬車は、王城を巡る定期便だ。
様々な縁と紆余曲折を経て、僕ら二人とエレン、イネスは、王室親衛隊という新しい部隊の初期メンバーとして選ばれた。
正確にはもう一人いるのだけど…。
その関係で王宮勤めが決まってから、僕は王都にある西方公家の別宅、つまりアルの屋敷にお世話になっている。
「気にせず好きに使いなさい!儂と君の親父さんは兄弟みたいなもんなんだからな!」
アルのお父上である西方公は、僕の父さんの肩をがっしり抱いて、酒に酔った赤ら顔でそう言っていた。
あんなに呆れて疲れた顔をした父さんの顔を見たのは初めてだった。
『まるであの時のレオナードとアーノルドだな…。』
それを見たクロがぼそりと呟いた。
クロ曰く僕はザルで、アルは怒り上戸の笑い上戸らしい。
お酒に関する事らしいので僕にはよく分からないが、確かにアルはお父上にそっくりだ。
話を戻すと、僕とアルは王城の外に住んでいて、エレンとイネスは王城内の女子寮に居を構えている。
ちなみにイネスは東方公ロロット家の出身なので、王都に別宅があるばずなのだが、
「職場は限りなく近いに限るのよ。通勤に時間を掛けるのほど無駄な事はないわ。」
と言ってさっさと王城女子寮に入ってしまった。効率を重視するイネスらしい。
「じゃっ!私もイネちゃんと一緒に寮に入るわ!」
もともと王都住まいの貴族であるエレンは、もちろん実家が王都にある。ノリに乗ってそう言ったように見せているが、実際にそうでない事を僕らは良く知っていた…。
「…レオ、行くか…。」
言うが早いか、アルの背中が遠くに見えた。
エレンとイネスを乗せた馬車を追い越す勢いで道を駆け抜けていく。
その姿に驚いて、道端で書類をまき散らした人が見えた。
『本当にあいつは…。』
クロが大きなため息をつく。
「僕らも急ごうか。」
僕は苦笑いをしつつ、アルの背中を追うのだった。