11.上層会議②
50マイル=約80kmです。
会議から丸三日が経った。疲労困憊だった梟も何とか回復し昨晩、再び南へ向けて飛び立った。
もちろん件の使節団がどの辺りまで来ているかを探ってもらうためだ。
ハバラへ着いた頃か、それとももうすでに半分くらいの所まで来ているだろうか…?
レオナード達の朝の鍛錬を塀の上から眺めながら、俺は一人思考を巡らせる。
もし情報が正しければ、エルフやドワーフがやって来る。一体全体、聖神教会がどんな反応を示すのか…。
俺は数年前の闘いをぼんやりと思い出した。もはや遥か遠い昔の出来事のようだ。
その時、南の空にポツリと小さな点が見える。俺は嫌な予感がして体を起こした。あれは…。
『レオナード…、良くない報せが届きそうだぞ…。』
俺は眼下のレオナードへと念話を飛ばした。
『クロ殿!やはりこちらにおられたか!』
『アスール。どうしたそんなに慌てて。』
俺はなるべく平静を装ってアスールを出迎えた。
この冷静な鳩が慌てる事は少ない。それにかなり急いで飛んで来たようだ。羽は乱れ、少々ぐったりしている。
『使節団の事は梟殿から聞いていますね?』
『あぁ…。奴は昨夜、再び南へ向けて飛び立ったが…。』
『すれ違いましたか…。まぁ、そんな事は今は些細なこと。』
アスールが首を横に振るとこう続けた。
『使節団がすぐそこまで来ています。』
『やはりか…。予想より随分早いな…。今どの辺りだ?』
『明日には到着するでしょう…。』
『なっ!?』
俺は言葉を失った。幾ら何でも早過ぎる。馬車ではなく早馬でも使ったのだろうか?だがそこまでして急ぐ意味が分からない。
『彼らは自前の馬車で来ています。』
そんな俺の思考を読んだのだろう、アスールが話を続ける。
『我々の知っている馬車とは形も速度も違います。技術の発達が桁違いです。なるべく丁重にもてなす方が吉かと。これを急いでフォルテウス様へお渡し下さい。と、我が主人が…。』
そう言ってアスールは、自身の脚に付いている小さな書簡を器用に嘴でつつく。
小さく魔力が通るのが見え、書簡がぽろっと脚から外れた。
これはパズの結界魔法か?恐らくパズかアスールしか解けない仕組みになっているのだろう。
『ありがとう。本当に助かった。後はこちらでどうにか頑張ってみるよ…。』
それを聞くと、アスールはふう…とため息をつき、塀の上に座り込んだ。
少し寝かせて下さい。そう言って首をうずめて目を閉じた。
よっぽど疲れていたのだろう。俺はそっとその小さな書簡を咥えると、レオナードとアーノルドが待つ塀の下へと飛び降りる。
遠くでロメオが訝しげな顔をしているのが見えたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
*****
「なんだと!?明日にはもう到着するだと!?」
この報せにはさすがのフォルテウスも驚きを禁じ得なかったようだ。椅子から腰を浮かせかけている。
俺から事情を聞いたレオナードとアーノルドは、驚くロメオを引っ張って、鍛錬服のままフォルテウスの居室へ向かった。
その格好を見て渋い顔をしていたダラス隊長だが、更に渋い顔になっているのは言うまでも無いだろう。
「異国の高度な技術ですか…。どうやら私共はだいぶ相手を甘く見ていたようですな…。緊急会議の手配を致します。」
そう言ってやれやれと首を小さく振りながら、ダラス隊長が部屋から出て行く。
「《一日に100マイルを走る馬車。驚嘆すべき技術。敵に回す事無かれ。パズール・アクセルマン。》か…。」
小さな書簡に目を通して王子殿はため息をついた。
この国の技術で作られた馬車は、上質のもので大体一日に50マイル走ると言われている。
もちろん馬の質や、天候にも左右されるのでこの限りではないが、それにしても一日に100マイルとは、確かに驚嘆すべき速度だ。俺たちの予想の半分で王都に到着するのも頷ける。
「君たちはひとまず着替えてきたまえ。すぐに会議を行う。」
「畏まりました。」
険しい表情のフォルテウスに、同じく険しい表情でレオナード達が答えた…。
*****
緊急会議が紛糾したのは言うまでもないだろう。
「件の使節団だが…、明日には到着するそうだ。」
王子殿の一言で場が騒めきだす。
「また君達か…。情報の精査が必要だとあれほど言ったはず…。」
「そんな事を言っている場合ではないだろう、ブノワ殿。事実であれば早急に歓待の準備と迎を出すべきだ。ゴドール。」
レオナード達をなじろうとするブノワとか言った文官をグラート将軍が遮る。
ゴドールが後ろに立つ衛兵に何事か指示を出すと、その衛兵は慌てて部屋を出て行く。
「しかしいくらなんでも早過ぎますな。早馬でも飛ばしたのでしょうか?」
確かセルジオとかいう騎士の言葉に、王子殿は無言でパズからの書簡を回す。
「…100マイルですと…。そんな馬鹿な…。」
「明日になれば全て判明するだろう。」
瞠目するブノワに王子殿が静かに答えた。
「セルジオ殿、父上のお戻り予定は分かりますか?」
「早くてもあと三日はかかると思われます。」
「そうか…。仕方あるまい。父上が戻られるまでここは私が繋ぐとしよう。爺、服と晩餐会の用意を。」
「賜りました。」
円卓につく国の重鎮達は皆歳上だというのに気後れする事も無く、その後もテキパキと指示を出していく王子殿。
この辺りはさすが王の器というところか。
『パズのお陰で事なきを得る事は出来そうだな…。』
俺は独り言つ。
そしてついにその日がやって来た。