ほれ、良く見て見ろ
畑仕事の合間を縫って、俺は絵を描くようになった。先日弾き語りをするサヨリさんを描いたところ、思いの外喜んでくれたのだ。そして「何か描いたらまた見せてくれ」と言ってくれた。あのカスミさんでさえも「人には何かしら特技があるものなのですね」と褒めてくれた。で、サヨリさんの絵をあげたところ、ご飯のお代わりをしても文句を言わなくなった。芸は身を助けるとは当にこのことだ。
サヨリさんの屋敷には、檜皮葺というちょっと変わった屋根が乗っている。木の皮を幾重にも重ねたものだという。実はこれに気が付いたのは最近で、それまでは茅葺屋根だとばかり思っていた。そう言われてみると、茅葺とはまた違った趣があり、絵の題材としてはとても魅力的である。光りの調子が同じになるよう、同じ時間帯に少しずつ描くことにした。
今日も定位置に腰を下ろし鉛筆をとる。視界の隅に人影が入った。沐浴を終えたサヨリさんだ。茉菜は最近、サヨリさんのことを姫巫女様ではなくサヨリヒメ様と呼んでいる。修行を通じて関係性が深まったのだろう。けど俺だってカスミさんからパインアメと、このスケッチブックを貰ったんだからな。お代わりだって2杯までオーケーだ。
「絵は進んだか?」
サヨリさんの声が近づいてくる。
「まだ下書きの途中ですけど見まっ……わっ」
顔を上げた俺は慌ててスケッチブックに視線を戻した。サヨリさんの浴衣の前が思いっきりはだけていたのだ。浴衣の下はもちろん……。
「さ、サヨリさん! ま、前!」
「まえ? まえとは何じゃ?」
「むね! 胸!」
「ひょっとして、乳のことか?」
「そうです!」
「見られて困るものでは無い。気にするな」
「いや。俺が困るんですって!」
「なんだと? わしの乳が迷惑とでもいうのか」
この人、本当にただの天然なのか?
俺をからかって楽しんでいるだけじゃないのか?
「我ながら良いカタチをしておると自負している。姉上もよく羨んでいた」
布が大きく擦れる音がした。
「ほれ、良く見て見ろ」
な、なに? 胸元を開いたのか?
今ちょっと顔を上げれば、超至近距離にサヨリさんのおっぱいが?
見たい。見たい見たい見たい!
けどガン見する勇気なんてない。それに見ているところをカスミさんや茉菜に知られたら、ここでの俺の生活は確実に終わる! なのに心の底からわき上がるこの衝動! どうしたら良いんだ? 誰か助けてぇ!
「サヨリヒメ様! 何をしているんですか!」
茉菜の声だ。助かった!
「茉菜か。彰人がな、わしの乳が迷惑だと言うのだ。無礼だとは思わんか?」
茉菜が走ってくる音が聞こえる。
「しまって下さい!」
また布の擦れる音がした。「乳」をしまってくれたらしい。
やっと顔を上げることができた。
「なぜだ?」
「なぜって……その、サヨリヒメ様の御胸は……」
茉菜は思案すると、何かを思いつき自信満々に言った。
「美しすぎて凡人には目の毒なんです! そう、神々しくて、目が潰れるのです!」
おお、茉菜さん、ナイスフォロー。けど面と向かって凡人と呼ばれてしまった。これはこれでへこむ。
「世迷い言を。前に彰人はわしの裸をしっかりと見たぞ。陰までな。なのに盲ておらん」
な、なんて余計なことを!
「ほと? ほとってなんですか?」
「女の一番大切なところ」
茉菜の顔色がサッと変わり、俺をゴキブリでも見るような目で見た。
「ま、茉菜……茉菜さん! おれ……僕は、あのとき気を失っていたので、何も見ていません! 誓って!」
「何を言っておる。気を失ったのは、わしを頭の天辺から爪先まで舐め回すように見てからではないか」
終わった。
「……露出狂って言っていた意味が今ようやくわかったわ。この変態! エッチ!」
「露出狂? きさまわしの事をそのように呼んでいたのか? 人の庭に勝手に上がり込んでおいて、その言いぐさはなんだ!」と言ってからふと思いつき茉菜に聞いた。
「茉菜、えっちとはなんだ?」
「変質者に対する罵倒用語です」
「そうか。彰人! おまえはとんでもないえっちだ!」
俺、ここでただ絵を描いていただけなのに。