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はじまりの島で君を待つ  作者: かじかけい
8/17

ちょっと乳がでかいからと偉そうに

 八月に入っても天羽々(あめのはばきり)の行方は(よう)として知れなかった。ニセ安川さんの正体も依然不明のままだ。捜査のとっかかりとしては、とりあえず日本に数多(あまた)あるヴリル協会の支部や事務所を強制捜査すればいいんじゃね? と思ったけど、実際にはそんな単純な話ではないらしい。状況証拠だけでは捜査令状は取れないのだ。それどころか任意の聴取さえ行えないという。日本政府は超大国である神聖ドイツ帝国に忖度しているのだ。この事実を知り俺はゾッとした。

 だが悪い話ばかりでもない。茉菜の修行が急速に進んだという。集中力が以前とは比べものにならないほど上がっているのだ。サヨリさん曰く、ブナタロウの存在が大きいらしい。さすがは白大神様。


 屋敷で食べる分の野菜を収穫する。鶏小屋の前ではカスミさんが兵隊さん相手に格闘戦の実技講習を行っていた。いつもは圧倒的実力差を見せつけるカスミさんだが、今日は攻防激しい乱取りを繰り広げていた。相手はトマト兵長さん。トマト兵長さん、すげぇ。やるじゃん、と思った瞬間足を払われバランスを崩した。カスミさんが一歩踏み込んだところ、トマト兵長さんがカスミさんの腕をとり、倒れる勢いを利用して投げを打った。

 カスミさんは(みずか)ら飛び込みワザと投げられると、そのままブリッジで立ち兵長さんを首投げした。ほぼジャッキーチェン。投げられたトマト兵長さんは尻餅をついたまま暫く唖然としていたが、突如大笑いした。

 野菜の泥を小川で粗方落とし井戸端へ運ぶ。台所に入れる前に、井戸水で今一度綺麗に洗うのだ。その井戸端に茉菜と溝口がいた。

「あ、彰人くん! 野菜洗うの? わたしやっておくよ。そこに置いておいて」

 不自然に大きな声を出す茉菜。

「えーっと、野菜洗うタライってこれでいいのかな」

 今までこの屋敷の手伝いなんかしたことのない溝口が、タライと亀の子束子(かめのこだわし)を手にする。俺は「じゃ、頼むわ」と野菜の入った籠を置き立ち去った。

 ……。

 いま、チューしてたよな、あのふたり。

 ぱっと離れたけど、絶対チューしてた。

 ここを何処だと思っているんだ、聖域だぞ!

 てか、まえに男の身体に触ると(けが)れるとか言ってなかったかサヨリさん?

 あれって全部嘘?

 マジありえねぇ!

 ……。

 ジュブナイルの脇役ってこんな扱いなのか。

 こんなに惨めで寂しいものなのか。

 俺もチューしてぇ。


 自分の部屋に戻り、カスミさんに買って貰ったスケッチブックを手に再び外に出る。畑のトマトを描いてみようと思った。上手く描けたらカスミさんに見て貰おう。そう思ったところ歌が聞こえてきた。

 エキゾチックで、日本ではあまり馴染みのないメロディ。歌詞も何語なのかよくわからない。だがその歌声は美麗で、ささくれだった俺の心がみるみる癒されゆく。まるでヒーリング魔法のよう。歌に導かれ縁側に回る。歌声の主はサヨリさんだった。マンドリンぽい楽器を抱え、ブナタロウ相手に弾き語りをしている。俺は一曲終わるまで、ただボーッと聞き入った。

「どうした彰人。呆けた顔をして」

 群雄割拠と書かれたTシャツのサヨリさんが顔を上げる。

「感動しました。歌、上手いですね。どこの歌ですか」

「さて、何処の国の歌だったか。歌詞の意味も忘れてしまったが、たしかこの琵琶(びわ)波斯(ペルシア)から伝わって間もない頃の古い歌だ」と遠い目をした。

 琵琶ってペルシアの楽器なんだ。けどたしか琵琶って三味線みたいに(ばち)で弾く楽器だったはず。なのに琵琶を縦に抱え指で直接弦を弾いている。音も濁りのない綺麗な音。俺の知る琵琶とはだいぶん違う。

「良いことを教えてやろうか」

「はい、是非」

「この琵琶は正倉院のものより遙かに古く、古代波斯(ペルシア)の原型に近い。それでいて状態も頗る良い。何と言ってもこの良き音色」

 この姉妹ってお宝自慢が好きらしい。

「今日のわしは機嫌が良い。もう何曲か聞かせてやろう。座れ」

 俺は素直に縁側に腰掛けた。

 そして歌うサヨリさんを描いた。


 サヨリさんの機嫌の良い理由がわかった。茉菜の修行が千里視に必要充分なレベルに達したのだ。井戸端でチューしているくせに? ブナタロウと戯れているくせに? ジュブナイルの読者はリア充主人公なんて望んでねぇーし!

 で、再び千里視が行われることになった。場所については神宮か御諸山かで意見が割れたが、神宮は数ヶ月後に遷宮を控えているため、御諸山神社祈祷殿(きとうでん)で行われることになった。

「どうしたんですかその恰好!」と思わず口にしたのは俺。

 カスミさんがバリバリの軍服に身を包んでいたからだ。ネクタイにスカート、ストッキングにピカピカの革靴。髪もポニーテールではなく、きちんと渦巻き状にまとめられている。左胸には小さな国旗みたいなバッチがいくつも並ぶが、俺にはその意味はわからない。溝口なら解説してくれるだろうけど、今日は一般参詣が中止されたため彼の姿はない。

 けど、これだけは言える。カスミさんチョーかっけー!

「正装をもって祭主様をお迎えします」

「まえ来たときは、みんな普段着だったじゃないですか」

「あれは私邸への非公式な訪問です。今回は神宮祭主の御諸山神社への公式訪問となります。彰人も学生服に着替えお出迎えの用意をなさい。今日の農作業はお休みです」

 いつもは参拝客で賑わう境内に静寂が広がっていた。聞こえるのはセミの声だけ。千里視が行われる祈祷殿横に巫女姿のサヨリさんと茉菜、そして宮司・禰宜が並び祭主様の到着を待つ。その祈祷殿の周りを正装した警備隊が取り囲み、俺とカスミさんはさらにその外に立っていた。

 俺がここにいる意味ってあるのかなと思いつつ、警備隊のひとりが持つ無線機の声に耳を傾ける。大鳥居の前に祭主様の乗るクルマが到着したらしい。

「カスミさん」

「なんです」

「サヨリさんって滅茶苦茶歌上手いですよね」

「……姫巫女様の歌を聴いたのですか」

「このあいだ三曲聴かせて貰いました。メッチャ癒されました。占いなんか止めて歌手デビューした方が良くな……」

「三曲も?」

 カスミさんの声に怒気があった。

 みると俺を殺意の籠もった目で睨みつけていた。

「わたしでさえ、今まで数えるほどしか聞かせて頂けていないのに、一回に三曲も?」

「あ、いえ、もともとブナタロウに聞かせていたところに、俺が便乗しただけですけど……」

「あのケモノに? ケモノに歌を?」

 なんかすごくショックを受けている。言わなきゃ良かったかな。そのブナタロウは登山口横のベンチ下に寝そべっていた。できるだけ側に欲しいという茉菜の希望によるものだ。

 無線機からまた声が聞こえた。大鳥居で何かトラブっている様子。ほんの数百メートルの参道を歩いてくるだけのことなのに、何をしているのやら。カスミさんがサヨリさんに呼ばれた。暫くすると戻ってきて、俺にとある指示をした。

「え? 俺がそれをやるんですか」

「他に誰がいるのです。早く用意なさい」

 社務所で控えていた巫女さんに手伝って貰い、大急ぎで支度した。

 参道を通りふたつの鳥居をくぐる。今まであまりしたことが無かったけど、くぐる度に一礼した。三つめの大鳥居の向こうに車列が見えた。中央に黒塗りのリムジン。その後部ドアの前に当惑したふたりの女性警護官がいた。そのひとりに声をかける。

「あの、すみません」

 警護官が俺を振り返り、一瞬ギクリとしたがすぐに道を空けてくれた。リムジンを覗くと祭主様が後部座席で手足を伸ばし、あられもない姿で「ぐでん」とひっくり返っていた。

「祭主様。久しぶりです」

「ん? (たれ)かと思えば……(たれ)だったかの?」

 忘れていやがる。

「俺……僕ですよ、あなたに視てもらった虚人(うつろびと)の宮路彰人です」

「あー。あの凡人か。凡人ごときがなぜわらわの前におる? 目障りじゃ。どこかへいね」

 このクソガキ、マジむかつく。

「みんな待っていますよ。行きましょう」

「クルマに酔った。気持ちが悪い。今日はもう千里視は無理じゃ。明日する。ラムネが飲みたい、アイスクリンが食べたい」

「本日は祭主様のために、特別な乗り物を用意しました」

「乗り物? 乗り物はもう良いと言うておろうが、この痴れ(しれもの)が」

「そう言わずに見てください」

 俺がどくと祭主様が「あ!」と叫びリムジンを飛び出した。

「なんじゃ、このでかいのは!」

 俺はブナタロウを紹介する。

「白大神様です。この白大神様が祈祷殿まで祭主様をご案内します」

 祭主様は大の動物好きらしい。ブナタロウを餌にすれば喜んでリムジンから出てくるはず……というサヨリさんの作戦である。首輪に即席で着けた注連飾り(しめかざり)と紙垂(しで)。もともと見栄えの良い犬なので、それなりに様になっている。が、若干闘犬ぽいのは否めない。

 目を輝かせ祭主様は言った。

「白大神だと? 初めて見たぞ。乗り物とはこれか? これに乗るのか? 乗って良いのか?」

「もちろんです。けど御具合が優れないとあれば仕方ありません、またの機会に……」

「乗る! ワンワン……じゃない、白大神に乗ってまかり通るぞ!」

 ブナタロウの首にギュッと抱きついた。ブナタロウはされるがままである。さすがは祭主様。腐っても神様だ。

「モフモフじゃ! 尻尾までモフモフじゃ! こいつ、名を何という?」

「ブナタロウです」

「ブナタロウ? 可愛くない。ぜんっぜん可愛くない! こいつは今日からククリじゃ!」

 

 ブナタロウのリードを引き参道を歩く。ブナタロウの背には満面笑顔の祭主様。その後ろから女性警護官が続く。第三者が見たら、いったい何の行列だと思うだろう。

 祭主様は意気揚々と境内に入ると、ブナタロウに(また)がったまま宮司さんらの挨拶を受けた。大の大人が雁首揃え礼を尽くしているのに、なんとも無礼なクソガキである。さらにはそのまま祈祷殿に上がろうとして、サヨリさんに怒られていた。犬好きに悪いやつはいないと言うが、絶対ウソだ。

 今回、祈祷殿に上がったのはサヨリさん・茉菜・祭主様の三人だけで、祈祷殿の雨戸が全て閉ざされた。前回いろいろ見せた失態を、沽券に関わる問題として反省したらしい。

 使命を終えた俺はとりあえずカスミさんの元へ戻る。

 俺を見たカスミさんが慌てて言った。

「ご、ご苦労様でした。その犬を屋敷に戻してきなさい」

「祈祷殿の近くに置いておくっていうのが、茉菜との約束です」

「では参道入りぐちゅうわっ……」と後ろに飛んだ。

 ふむふむ。やはり3メートルが限界ラインらしい。

「約束は守らないとダメだと思います」

「わ、わかった。わかったからそれ以上動くな!」

 警備していた兵隊さんのひとりがこれに気付き近づいてきた。

 トマト兵長さんである。

「中尉。どうされました?」

「な、なんでもない。持ち場に戻ってください」

「そうですか。ところでこれ、エゾオオカミというのは本当でありますか」

 動物園で見られるとはいえ、この世界の日本人にとってもオオカミは珍しい生き物のようだ。トマト兵長さんがブナタロウに手を伸ばそうとしたところ、ブナタロウが牙を剥き「グルルッ」と唸った。

「あ、ブナタロウは知らない人間を咬みます。犬嫌いの人間は特に咬みます。気を付けてください」

 俺はカスミさんに聞こえるように言った。ブナタロウは頭を触られるのを嫌うが、けして人を咬んだりはしない、たぶん。

「犬には好かれる自信があったんだけどなぁ。そう言えばオオカミは人に頭を触らせないとか。触れるのは、やはり神様だけなんですかね」

 俺もブナタロウの頭に触れるのに、凡人ってどう言うことだよ。

「中尉、中尉は犬は……あれ? 中尉は?」

 カスミさんの姿はなかった。


 1時間ほど経ったところで祈祷殿の雨戸が開け放たれた。

 銅鏡を囲んだ三人は疲れた顔をしていたものの、立ち上がると奥の間に消えた。千里視は成功したのだろうか。祈祷殿の外にいる俺には状況が全くわからない。片付けが始まり俺の名が呼ばれた。何かと思ったら再び祭主様をブナタロウに乗せ、大鳥居のリムジンまでお連れしろとのことだった。

 ブナタロウと共に祭主様を待つ。俺っていつから犬係になったんだろう。ブナタロウが「諦めな」って顔で俺を見た。

「ククリ!」

 祭主様が祈祷殿裏から走ってきた。

 滅茶苦茶元気じゃん。自分の足で歩けるじゃん。

「待っておったか。よい子じゃのぉ」

 ブナタロウにしがみつくと、ワサワサと毛を掻きむしった。

「よーし、よしよし。これから何処に遊びに行く? 街に繰り出すか? なにか食いに行くか? のう、ククリ?」

 これを聞いて驚いたのは女性警護官たちだった。

「祭主様。今からお伊勢様へお戻りいただきます。お車へ……」

「いーやーじゃー。わらわはククリと遊ぶのじゃー」

「お食事とお昼寝もとっていただかいないと」

「ククリと食べる。ククリとお昼寝する」

「予定がございます。何卒お車へ……」

「ならばククリを連れ帰る。一緒に帰る」

 他人(ひと)の犬を勝手に連れ帰ろうとは。実に見事な駄々っ子ぶりである。

 そこに現れたのは山紫水明と書かれたTシャツを着たサヨリさん。

「姉上。ワガママもいい加減になされませ。結果如何(けっかいかん)では船に乗らねばなりません。いちど神宮に戻り備えられよ」

 船に乗る? どう言う意味だ?

「ふん、ちょっと(ちち)がでかいからと偉そうに。引きこもりの根暗女に言われとうないわ。のう、ククリ?」

 サヨリさんの頬がヒクリと動いた。

「……いま、なんと?」

「引きこもり! 根暗! 亀の甲羅を(あぶ)るのがそんなに面白いか?」

「……わたしがどの様な想いで彼の地を離れ、ここに来たと……」

 そのとき「ブナタロウ!」と呼んだのは茉菜だった。

 ブナタロウがすっくと腰を上げ、しがみつく祭主様を振り切って茉菜の元に走った。

「ああ、ククリ!」

「ブナタロウはわたしの家族です。勝手に連れて行かないでください。タキリヒメ様でも許しませんよ」

「茉菜、わらわが悪かった。もっとモフモフさせてたもれー」

「ではまずサヨリヒメ様に謝ってください」

「えー? こやつにか?」

「出来ないというなら、ブナタロウには二度と触らせません」

「わ、わかった」

 祭主様はサヨリさんの前に立ち言った。

「少し言い過ぎた。お主の想いは充分知っておる。あのときの光景は転生した今も昨日のことのように覚えている。許せ」

「……憶えておられるのならそれで充分です。姉上」

「タキリヒメ様」

「なんじゃ茉菜。まだあるのか?」

「今日のところは一度お帰りください。その小さなお身体に障りましょう」

「……わかった。今日は帰る。帰るけど、今度きたとき、またモフモフして良いか」

「はい。その時はまたモフモフしてやってください」

 茉菜はブナタロウを連れ祭主様の元へ行く。

「では、お車までブナタロウがお送りしましょう」

「乗って良いのか?」

「もちろんです」

「おお! ククリー!」

 その様子をじっと見ていたサヨリさんが言った。

「茉菜のやつ。まるでタキツの生まれ変わりのようだ」

 茉菜のやつ、完全に主人公じゃん。

 

 俺が千里視の結果を教えて貰ったのは2日後だった。それも俺がサヨリさんや茉菜にしつこく食い下がった上でのこと。機密上の問題っていうのは理解できるけど、俺が脇役であることを再認識させられた。

「海、ですか?」

「船上だ」

「それは外国に持ち出されたってことですか」

「いや、内海にいる」

「内海っていうのは瀬戸内海のことだよ」

 茉菜が補足してくれた。

「瀬戸内海にある船?」

 いったい何千隻あるって言うんだ。

「その中からどうやって探すんですか」

「具体的には教えられないが、ある程度の目星はついている。空からも探しているので間もなく結果が出よう」

「空って言うのは人工衛星のこと。これは彰人くんの方が詳しいかな? 軍隊が一生懸命捜しているから、間もなくみつかると思うよ」

 とても漠然とした内容。なにを根拠に「間もなくみつかると思うよ」と言っているのか、まるでわからない。訳知り顔もなんか面白くない。だがいずれにしても待つしかない。



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