たわけぇ!
『怪しげな集団が御諸山の境内を占拠した』
『雲ひとつないのに雷が落ちた』
『巨大なアヒルが空を飛んでいる』
たったこれだけの通報で軍は動いたという。空飛ぶアヒルが天鳥船であることは各省庁間における共通の認識だったとはいえ、その機微には目を見張るものがある。いきなり武装ヘリを飛ばし、数発とはいえ市街地近くで実弾を発射する判断は俺の世界では考えられない。視点を変えると祭主様とサヨリさんがそれに値する存在ということなのだろう。
実際大久保駐屯地における祭主様とサヨリさんの扱いは別格で、団司令と呼ばれる偉い人の最敬礼を持って迎え入れられた。もっとも祭主様は気絶したままだったが。
俺と溝口と茉菜も、祭主様ほどではないが丁重に迎えられた。軍隊というと、もっとおっかないところを想像していただけに凄く意外だった。ボートの天井に頭をぶつけ結構な出血(頭はちょっと切っただけでも大量の血が出る)をした溝口などは、美人軍医に手当をされご満悦である。初めは心配していた茉菜も、溝口のにやけ顔に少しムッとしていた。個別に簡単な事情聴取を受けたあと、会議室のような部屋で待たされた。
「宮路。あれ、どうやって飛ばしたんだ?」
溝口が頭の絆創膏を気にしながら言った。
「うーん。よくわからないけど、視線を向けた方向に意識を集中して漕ぐと、そっちに飛んでいくみたい。自転車に乗る感覚に近いかも」
「そんなに簡単なの? けど初めて運転してあんな急降下ができるなんて凄いよ。カスミさん……いや、中尉もあのまま並行して飛んでいたら危なかったって言っていたぞ」
「あれはビックリして、集中がとぎれちゃっただけなんだけど……」
そこにカスミさんが現れ言った。
「宮路茉菜さん。ご家族がお見えです」
カスミさんの背後から現れた男を見て俺と茉菜は同時に叫んだ。
「お父さん!」
軍からそれぞれの家族に連絡を入れてくれたらしい。溝口の家族は放任主義らしく「無事であるなら問題ない。よしなに」と答えたという。それに対し茉菜のお父さんは、職場からここ大久保駐屯地までタクシーを飛ばしてやって来たのだ。
この世界における茉菜のお父さんも、お母さん同様見た目は俺の父さんと同じだった。県庁勤めであることも同じだったが、少し異なるのは地域振興部観光局の課長ではなく、教育委員会文化財保護課の課長であること。驚いたことに御諸山に姫巫女が住んでいることや、虚人の話も知っていた。つまり話が早い。
「そうか。茉菜が男だったら、君が生まれ育っていたのか」と俺の肩を抱き「さぞ不安だっただろう。何かあったら頼ってくれ。相談に乗るぞ」と言ってくれた。正直、嬉しくてちょっと泣きそうになった。その横から溝口が「僕もお父さんと呼ばせてください」と言ったが、お父さんは真顔で「ダメだ」と答えた。
「それにしても男女の同位体とは珍しい」
同位体とは同一人物のこと。よほど『隣り合った近い世界』でないと存在しないらしいが、俺と茉菜のように男女の同位体は特にレアだという。
「宮内省に問い合わせてみないとわからないが、日本ではおそらく初めてではないか。いずれにしても怪我がなくて本当に良かった」
「お父さん。ボク、怪我しているんですけど」
溝口が自身の額に貼られた絆創膏を指さす。父はそれを無視してカスミさんに言った。
「娘がこのような大ごとに巻き込まれているとは露と知らなかった。守ってくださった中尉には本当に感謝します」
「宮路課長。救われたのは私たちの方です。それよりも……茉菜さんについて、姫巫女様からお話があります」
「はなし?」
そこに「邪魔するぞ」と現れたのはサヨリさんだった。
「これはサヨリヒメ様」
父は背筋を伸ばし、腰を三十度ほど曲げ一礼した。
「拝謁恐縮至極に存じます。文化財保護課の宮路です。本来なら宮内省を通じ……」
「茉菜の父御であるか」
「はい。愚女がご迷惑をおかけ……」
「おまえの先祖の生業はなんじゃ?」
「明治中期まで九州北部において神職にあったと聞きます。しかし日露戦争の戦火で一族のほとんどが死に、唯一生き残った曾祖父がこの地の親戚に引き取られたそうです」
「……そうであったか。父御、そして茉菜。すこし話がしたい。他は席を外してくれ」
俺と溝口はカスミさんに食堂へ案内された。
途中、すれ違う兵隊さんたちが皆カスミさんに敬礼をしてゆく。
「好きなものを何でも頼んでください。団司令の驕りだそうです。保安上ふたりとも一晩ここに泊まって貰います。来客用宿泊室には後で別の者が案内します」
そのまま立ち去ろうとするカスミさんを慌てて引き留める。聞いたい事が山ほどあるのだ。カスミさんは渋々ながら腰をおろした。
「ヘリに乗っていたヴリル協会の人たちは?」
「不時着したヘリには誰も乗っていなかったそうです。発見に至っていません」
「安川さんは?」
宮内省警衛局顕現調査課安川めぐみ。
宮内省から電送されてきた履歴書の写真には、同じ眼鏡をかけているだけの別人が写っていたという。
「出向時、どこかの時点で入れ替わったらしい。今日まで誰も気が付かなかったのです」
「じゃ、本物の安川さんは?」
「おそらくはもう……」
ちょっとオドオドした人の良さそうな公務員。あれが全部演技だったというのか。ガタガタと震えながら流していた涙も……。
「背後にどんな組織があるのかは不明ですが、ニセ安川は遷宮に乗じ八咫鏡の奪取を狙っていたと考えられます。ところが偶然にも『安川の母親』が誘拐され、ヴリル協会も八咫鏡を狙っていることを知った。そこに発生したのが虚人の顕現。ヴリル協会を利用して天羽々斬を奪取することを思いついたのでしょう」
「これって俺のせいですか。俺が結界を壊してしまったから?」
「ニセ安川が神宮に来たのはそれよりも前です。彰人は関係ない」
珍しく俺を擁護する発言をしてくれたが「虚人の顕現によりニセ安川とヴリル協会の目標が八咫鏡から天羽々斬に変わったのは事実です。これは彰人のせいと言えます」と親切に付け加えてくれた。
「それでニセ安川さんの行方は?」
「逃走に使ったクルマは市内で見つかりましたが、行方は依然不明です。わたしの隙を突くような女です。まず捕まらないでしょう。今度遭ったら必ず……」と唇をかんだ。
「もういいですか? わたしは報告書を書かなければならない」
「すみません、あとひとつ! そもそもヴリル協会って何なんですか」
カスミさんはため息をつきながらも答えてくれた。
「二十世紀初めにドイツで作られた秘密結社です。当初はオカルト同好会的集まりでしたが、神器……聖遺物の力を物理的に取り出す研究を始めてから、その性質が変わったらしい。第二次欧州大戦が始まる前までにヨーロッパ中の聖遺物が姿を消したと言われています」
「その研究って成功したんですか?」
「不明ですが、ヴリル協会から派生したナチス党が政権を取り、第二次欧州大戦を経てヨーロッパを統一しました。これが果たして聖遺物の力に……」
頭がクラッとした。
「いま、なんて?」
「何がです?」
「ナチスって言いました?」
「ええ。ナチス党です。現在の神聖ドイツ帝国の基礎を作り上げました。ここ70年以上、神聖ドイツ帝国とソビエトユニオンは冷戦状態にあり、皮肉にも現在の戦争のない平和な時代はこれの上に成り立っています」
「ヴリルってナチスだったんですか……」
「……それがなにか?」
怪訝そうに俺を見るカスミさん。
戦争のない平和な時代が続いているだって?
冗談じゃない!
俺たちはアルカイダより遙かにヤバい連中を敵にまわしていたんだ……。
「ここしばらく大人しくしていたヴリル協会が、再び聖遺物の収集を始めた。ひょっとすると研究に何かしらの進展があったのかも知れません。天羽々斬のような強力な神剣を、誰もが使えるようになってはこの世界の理が壊れかねません」
「たわけぇ!」
大久保駐屯地で一晩お世話になった俺たちは、十六時間の睡眠を経てようやく目を覚ました祭主様に説教されていた。元気を取り戻したのは良いが、天羽々斬を奪われたことを知ると激怒したのである。
「お主がおりながら奪われたというのかぁ!」
朝食のトーストをサヨリさんに投げつける。バターの付いた側がサヨリさんの顔に当たって落ちた。
「食物を粗末に扱ってはなりません。そもそも姉上も、安川の不審に気付かなかったではありませんか」
「口答えするなぁ!」
今度は小さな瓶を手にとりサヨリさんに投げつけようとしたが、それがヨーグルトだと気付くとトレイの上に戻した。どうやら好物らしい。
「で、どうするつもりじゃ。あれは神国に残された神器の、数少ない銘ある武具のひとつぞ!」
「銘のある武具って言えば、三種の神器の草薙剣があるじゃないですか」
溝口がそれで充分でしょって顔で言った。
「あれは形代じゃ! 本物は八百年も昔に海の底に沈んだわ! 天羽々斬は現存する数少ない神剣の一振りなのじゃあ!」
溝口に三角パック牛乳を投げつけた。牛乳は嫌いらしい。
かつて神と呼ばれた虚人も、世代を重ねるごとその力は失われていった。だが神代に作られた神器だけは、未だ当時の力を保っているという。神器を操れるのは虚人だけで、昨日みた雷はその力の一端に過ぎない。もっとも虚人自身の力が弱まったため、迂闊に使うと神器の負荷に耐えられず、昨日の祭主様のように昏倒してしまうのだ。
「ニセ安川が何者かは未だ知れませんが、いずれにしても奪還を急がねばなりません。警察と軍が総力をあげ捜索しますが、我々もその捜索に加わりましょう」
「なに? どうやって探すというのじゃ」
「御諸山から持ち出した十種神宝がひとつ、辺津鏡にて千里視を行います」
「辺津鏡? あれはタキツがおらんと使えん。知っておろうが!」
サヨリさんが祭主様の耳元に口を寄せる。茉菜の方を見ながら数十秒ほど囁くと、あれほど激高していた祭主様が別人のように神妙な面持ちになっていた。祭主様は茉菜に向き直ると「手を貸ってたもれ」と言った。茉菜が前に出て手を差し出すと、祭主様は茉菜の手をとり頬にあて目を閉じた。
「さりくるしみたまいまぞきませり」
祭主様はそのまま茉菜を抱きしめると「すまなかった」と言った。
何が「すまなかった」のかは夕べサヨリさんから話を聞いた茉菜と父しか知らない。どんな話があったにせよ、この流れだとジュブナイルの主人公は俺ではなく茉菜のような気がする。おれは茉菜をサヨリさんたちに引き合わせるナビゲーター的存在? その為にこの世界に呼ばれたってこと?
祭主様が言った。
「鏡をもて! 禊の支度をせよ! 天羽々斬を探すぞ!」
駐屯地に禊の出来る場所がなかったので、近くの宇治上神社を借りることになった。単に駐屯地から近かったからという理由だけで借りたわけではない。宇治上神社は一千年近い歴史を誇る由緒正しい神社なのだ。
鳥居の前に軍用車が並び、兵隊が周囲を警戒するというシュールな光景。宮司さんの好意で鎌倉時代に建てられた国宝の本殿を提供して貰う。俺と溝口、そして父も本殿の隅で儀式(?)の見学を許された。香炉やら三方やら儀式で使われる道具が次々と運び込まれる。その様子を眺めていると溝口が言った。
「夕べから彰人くん、ちょっと変だね。どうしたの?」
「え? どこが?」
「ナチス党の話が出てから、すっかり大人しくなったじゃないか。初めはあれほどガツガツ質問していたのに」
俺の世界ではナチスドイツは敗れた。強制収容所が開放され大虐殺の事実も明らかになった。冷戦とかベルリンの壁とか紆余曲折あったけど、落ち着くところに落ち着いた。それももう何十年も昔の話。
ところがこの世界においてナチスドイツは、「神聖ドイツ帝国」として今もヨーロッパのど真ん中に存在するという。この世界の人達はナチスが何をしたかを知らない。何百万人もの人たちをガス室送りにしたことを知らない。果たしてこの事実を教えるべきなのだろうか。たとえ教えたとしても果たして信じるだろうか? 虐殺の数がハンパなく多く現実味がない。荒唐無稽な作り話として片付けられるのがオチじゃないか……昨日からそんなことを考えていたのだ。答えは出ていない。
「それにしても中尉は事情通すぎる」
「え、どう言う意味?」
「ヴリル協会のあんな話、ボクも初めて聞いた。いくら近衛師団とはいえ、尉官が知っているような事とは思えない」
「じゃ、カスミさんって何者なの?」
「中尉は情報将校なのかも知れない。となると、ますます話がおかしくなる」
「どうして?」
「大卒じゃないと情報将校にはなれないからだよ」
そこに禊を終えた三人が巫女衣装に身を包み現れた。衣装の提供は宇治上神社(C)。馬子にも衣装とはこのこと。茉菜の巫女姿もなかなか様になっている。娘の巫女姿をお父さんはどう見ているのだろう。チラッと表情を伺ったが、ただ神妙な顔をしていた。そう言えば茉菜もお父さんも朝からほとんど口を利いていない。夕べはよほどのことをサヨリさんから聞いたのかもしれない。
サヨリさんが古びた銅鏡を三方の上に備え、三人がそれを取り囲む。座ろうとする祭主様にサヨリさんが言った。
「……姉上、この場合、誰が年長なのでしょう」
「わらわに決まっておろう」
「肉体的にはわたし・茉菜・姉上の順となりますが」
「そうか。ならば円座が変わるな」
祭主様とサヨリさんが位置を入れ替わる。
「姉上、方角はこれで良かったのでしょうか」
「ぬ? 神宮が東だと……こうか?」
円陣が半周ほど回転した。
「姉上、これでは私が鬼門に……」
「神道に鬼門など存在せんわ!」
「陰陽道も捨てたものではありません。取り入れてゆくのも……」
「うるさい! お主には艮がお似合いじゃ!」
溝口が小声で「こんな行き当たりばったりで大丈夫なのか」と呟いた。
三人が座り香が焚かれる。やっぱりあの甘ったるい香りのする、ちょっとヤバげな香だ。祭主様が鈴をシャンと鳴らすと、茉菜が即席で覚えたという呪文……じゃなくて祝詞を唱えだした。
「ものあくまのおちることなく……」
同じ祝詞が何回となく繰り返された。三十分も過ぎた頃、鈴の音の間隔が短くなった。それに反し祝詞のスピードが落ちてゆく。茉菜の額には玉の汗。そして茉菜が沈黙した。
「終わったのかな?」
溝口がそう囁いたとき茉菜が前に突っ伏し、床に額をゴツンと打ち付けた。
「茉菜!」
お父さんが立ち上がり駈け寄る。
祭主様が静かに「医官を呼べ」と言った。
「極度の緊張と睡眠不足による疲労です。脱水症状を起こしていたので点滴しておきました。一晩休めば直ぐに回復するでしょう」
穏やかに説明する美人軍医。どうやら茉菜は夕べ、サヨリさんから聞いた話がショックで一睡も出来なかったらしい。
美人軍医が祭主様に向き険しい目で言った。
「祭主様。茉菜さんに付いているこの甘い香りはなんでしょう?」
「ただの香じゃ。香」
「瞳孔がやや散大し反射も鈍い。髭の男がどうのこうのと、意味不明な言動も見られました。関係があるのではありませんか」
「さてな。わからんな」
「育ち盛りの女子です。身体に差し障りのある成分の……」
「小娘。わらわに意見するか」
「はい。祭主様であっても申し上げます」
「はっ! 良い度胸だ。そこへならえ。手打ちにしてく……」
「姉上やめられよ」
サヨリさんが祭主様の口を塞いだ。
「医官殿、そして茉菜の父御。少し事を急いた。天鳥船を自在に操る力を見てもしやと思ったが、やはりある程度の修練を積まねば千里視は無理のようだ。すまなかった。それにけして危険なものは吸わせておらん。気の安定のため、鎮静作用のある薬草を香に混ぜただけだ。害の無いことはわしが保証する」
「なんか、悔しいな」
来客用の宿泊部屋に戻った俺は、つい溝口に本音を吐いた。
「なにが悔しいんだい?」
「なにも出来ない自分にだよ」
昏倒するほどきつい試練を茉菜が自ら買って出ているのに、俺はただそれを見ているだけなのだ。こんなジュブナイルの主人公があって良いはずがない。だが何をしたら良いのか見当すらつかない。
「彰人君はこれからどうするつもりだい? いや、どうしたいんだ?」
「どうしたい、とは?」
「キミの目的は元の世界に戻ることだったはず。キミのこの世界における役割が宮路を導く狂言回しなら、これで任務完了。今なら御諸山の沢に飛び込めば帰れるかもしれないぞ」
これでミッションコンプリートだって?
それはこの物語からの『退場』を意味する。
おれは本当にそれで良いのか?
部屋の戸がノックされた。開けるとスーツ姿の見知らぬ中年男が立っていた。後ろには案内してきた若い兵隊さんがひとり。
「私は宮内省警衛局顕現調査課の村上雄三と申します」
俺は戸を締めた。そうだ。忘れていた。宮内省からのお迎えだ。
「ちょっと! 開けてください! わたしは本物の宮内省職員です!」
村上ナントカが戸を叩く。
俺は呼吸を整え、再び戸を開けた。
宮内省の人は部屋の中で座る溝口と俺を見比べ言った。
「どちらが虚人ですか?」
「おれ……僕です」
「この度は当方の落ち度により、多大なご迷惑をおかけしました。今後のことについて改めてお話しさせて頂きたいのですが……」
「えっと、おれ……僕は施設とかそーゆーところに入る気はありません」
「あなたはこの世界においては戸籍を持たない身元不明者です。社会順応プログラムを受けていただかなければなりません。社会への順応が確認できれば戸籍を発行します。住まいや就学、就職の支援もさせて頂きます。奨学金制度もありますので、望むなら大学への進学も可能ですよ」
「強制ですか?」
「強制もなにも、現時点において日本国国民ですらないあなたが、今後どうやってこの世界で生きてゆくつもりです? ここで拒否しても、いずれは不法滞在者として逮捕され、私どものところに送られてくることになります」
現実を突き付けられショックを受けた。最もショックなのは俺が元の世界に帰れないことが前提であること。全てはこの人の言うとおりなのだ。しかしここで施設に入ってしまえばバッドエンド。物語から退場するだけではなく、元の世界にさえ戻れなくなるかも知れない。
そこにひょっこり現れたのはサヨリさんだった。
村上ナントカが背筋を伸ばし一礼する。
「これはサヨリヒメ様」
「お役人。彰人はわしが預かる」
「はい? ではこの虚人は甲種なのですか?」
「その通りだ」
虚人はその能力に応じカテゴリー分けされる。甲種とは何かしらの異能を有する虚人を言うが、俺は能力を持たない乙種であり、乙種の中でもなんの技能もないただの少年である。
「そうでしたか。しかしいずれにしても一度こちらでお預かりするのが決まりに……」
「意思の疎通ができる。社会常識、情緒に偏りは見られない。必要なかろう」
「しかし規定では……」
「これは姉上の思し召し(おぼしめし)だ。姉上の機嫌を損ねるとまた面倒なことになるぞ。今回のことで幾人飛ばされるのであろうな。これの収集がつかないうちに、また一騒動起こしたいのか」
「じょ……上司と相談いたしますのでしばしお待ちを!」と走り去った。
「サヨリさん。ありがとうございます。助かり……」
「おまえの為を思ったわけではない。茉菜が望んだからだ」
茉菜が望んだ?
やはり茉菜がこの物語の主人公なのだ。しかしその主人公が望んでいるなら、俺にもまだこの世界における役割があるはず! 脇役でも構わない。セリフのないエキストラでも構わない。このまま終わりたくはない。