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はじまりの島で君を待つ  作者: かじかけい
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俺は誰も殺さないよ

 海軍大臣が政府の承認なく軍を動かした事実が明るみとなった。しかも民間船を攻撃させた上に駆逐艦一隻とその乗員を失い、電子巡洋艦一隻を大破させたのだ。海軍と海上保安庁に国家公安警察の家宅捜査が入るという前代未聞の異常事態に、政府は大混乱に陥った。衆議院において事件の真相究明と首相の任命責任が追究され、貴族院においては三柏コンツェルン会長が参考人招致された。

 参考人招致のテレビ中継を見ていた俺は、登壇した伊武木戸雅巳の姿に驚いた。黒髪にダークスーツと少しもチャラくないのだ。それもそのはず、彼はチャラ男ではなく元々この世界に存在していた「オリジナルの伊武木戸雅巳」その人だった。なんのことはない、フツーに生きていたのだ。しかもオリジナルは三柏コンツェルンの代表として、虚人のチャラ男は伊武木戸一族の当主として、それぞれの仕事を分担し、同一人物として活動していたのである。

 伊武木戸雅巳オリジナルは政府内における親ナチス派の暗躍を告発した。しかし貴族院議員たちの反応は惨憺たるもので、荒唐無稽な陰謀論との見方が大勢を占めた。「むしろ伊武木戸の陰謀じゃないのか」と野次る議員さえもいた。と言うのもここ貴族院は伊武木戸のアウェイだった。

 かつて天子様が国政を執り行っていた時代、伊武木戸は影となり天子様を支えてきた。しかし天子様が執政から離れて以降、その対象は時の政権へと移った。為政者が国体を脅かすことのないよう監視するのが目的だったが、一部宮家や華族の目にはこれが権力におもねる日和見主義と映った。特に日露戦争以降の緊縮財政において、大幅に予算を削られた華族(貴族院の主要構成者)たちは面白くなかった。坂本龍馬と共に立ち上げた三柏商会が成功し、伊武木戸は大財閥として成り上がったからだ。

 そんなアウェイにあっても伊武木戸雅巳には勝算があった。神器とサヨリヒメノミコトの存在を明かし、伊武木戸の正当性を訴えるのだ。ところが直前になってこれを断念せざるをえなかった。海軍大臣の「自殺」と、海上保安庁長官の「事故死」の報が飛び込んできたからだ。国家公安警察による追究が頓挫するかもしれない。親ナチス派のあぶり出しが叶わないのであれば、今はまだ切り札を使うべき時ではない。伊武木戸はそう考えた。

 参考人招致は伊武木戸側にとって不本意な形で終わり、その直後伊武木戸雅巳オリジナルは事情聴取のため国家公安警察に拘束された。


 目の前にカスミさんが立っている。これからジョギングでもするような、ちょっとスポーティーな今どき女子の恰好。三柏女子社員の見立てという。とても可愛い。でも右手には竹刀(しない)。俺の手にも竹刀。

「打ってきなさい」

 防具無しで? 当たったら怪我するじゃないか。

「当てられると思うのなら当ててご覧なさい」

 ここは壱岐島(いきのしま)にある伊武木戸の隠れ家。

 壱岐島(いきのしま)は表向き漁業と農業の盛んな、何の変哲もないのどかな島だ。しかしここが伊武木戸一族発祥の地であり、先祖の祀られた月詠神社元宮のある言わば本拠地なのだ。隠れ家はその月詠神社元宮近くの古民家。

 危うく人を殺すところだった。

 それも斬首という極めて残虐な手段で。

 微かに覚えているのは恍惚とも言える開放感。自分自身がまるでコントロール出来なかった。あれが俺の本性かと思うと恐怖のあまり気が狂いそうだった。最悪なんて言葉ではとても片付けられない。なのにチャラ男は言った。

「キミは充分自分をコントロール出来ていたよ。その証拠に誰一人死んでいない。そりゃ海兵隊12人中7名が重傷、残る5人が重篤ではあるけど、少なくとも今のところ誰も死んでいない。アヤネちゃんも右上腕の螺旋骨折(らせんこっせつ)だけで済んでいる」

 実際にはその螺旋骨折(らせんこっせつ)に加え右肩脱臼、左頬骨陥没骨折、左眼眼球破裂(失明は免れた)、肋骨5本骨折、脾臓損傷、裂傷打撲無数の全治三ヶ月の重傷。いわゆる半殺し。これでも重篤の5人よりは「軽傷」だという。

「それに正規軍相手にあんな精密な攻撃が可能だなんて、驚異としか言いようがない。これはコントロールできていた証拠だよ」

 コントロール出来ていただって?

 自分の腕に残る傷を見る。アヤネさんが俺を引っ掻いた傷だ。カスミさんと同レベルの戦闘能力を持つはずのアヤネさんが、「最後の抵抗」としてしたことが「ただ引っ掻くこと」だったのだ。まるで子供のように!

 その時の感情を覚えている。

「ざまぁあ」

 俺には潜在的な殺人願望がある。そうとしか思えなかった。寝れば悪夢にうなされ、起きればその現実に苛まされた。この世界における俺の役割なんて知ったことじゃない。今はとにかくこの苦しみから逃げ出したかった。忘れたかった。カスミさんはそんな俺の首根っこを掴むと外にひきずり出し、竹刀を投げて寄越すと言った。

「今日は彰人がどれほどの男なのか見せて貰います」

 あの事件以降、三柏の人たちの俺を見る目が変わった。「彰人くん・宮路くん」の呼称が「宮路さん」に変わった。サヨリさんさえも俺と少し距離を置くような口調に変わった。その中にあって唯一変わらない人がカスミさんだった。

 俺は竹刀を手にボーっとカスミさんを眺める。この人はどうして俺を恐れないのだろう。死線をくぐってきたから? 大怪我で死にかけたから? それとも……今まで実際に幾人もの人を殺してきたから? 同じ人殺し同士だから?

「姫巫女様は明日、彰人を検分します」

「え?」

 俺はいったい何者なのか。

 祭主様の判定は凡人だったが、どう考えても「あれ」が普通であるはずがない。今度はサヨリさんが視てくれるという。だがサヨリさんにそんな力は残っていないはず。だからこそ御諸山では祭主様を呼んだのではないか。

「姫巫女様は命を削る覚悟です」

「俺みたいな人間のために命を削るなんて……」

 パーン!

 脳天に衝撃が走り、頭がクラッとした。そして激痛。カスミさんの面がモロ入ったのだ。「痛て」と言う前に今度は籠手が入った。

「あっつうっ!」

 持っていた竹刀を投げだし腕を押さえる。痛いなんてものじゃない。まるで火箸でも押しつけられたようだ! ちょうどアヤネさんに引っかかれた場所……。

「他人のために命を削ろうとする人がいる。この意味がわからないとは。所詮はこの程度の男なのか」

「けど……」

 パーンとまた面。脳震盪を起こしそうな衝撃。

 サヨリさんが俺のために命を削る。俺が本当にそれに値する男なのか。カスミさんはそれを確かめようとしているらしい。しかも俺をフルボッコにする方向性で。きっと野球部の千本ノック的なあれ。それも良いかもしれない。身体の痛みの方がまだ楽に思える。けどただボコられるのは嫌だ。竹刀を拾うと青眼(せいがん)に構えた。

「さぁ。打ってきなさい」

 振りかぶり一歩踏み出し面に向かって振り下ろす。当たり前のように(かわ)され胴を払われた。激痛。棒で殴られたと言うより鞭で打たれた感じ。

「これは剣道ではありません。腕でも足でも好きに打って良し。わたしは面・籠手・胴の攻撃に限定します」

 振り下ろす前に躱されたような気がする。俺の挙動……予備動作って言うのを見ているのだろう。

 ふと中学の授業でした剣道を思い出した。中の上ぐらいの運動神経の俺が珍しく「筋が良い」と褒められた。特に褒められたのが抜き技。ボクシングでいうところのカウンターだ。そのタイミングが絶妙だという。これがカスミさんに通じるだろうか。単調な攻撃で油断させればひょっとして……。単調と言っても、もちろん必死の打ち込みだ。手抜きなんて直ぐに見破られてしまうはず。

「脇を締めて! アゴを引いて!」

 怒られながら幾度となく打ち込む。次第にカスミさんの回避パターンが読めるようになってきた。実際初めはただ躱すだけだったカスミさんが、俺の攻撃を竹刀で払ったり受けたりするようになったのだ。そして……真正面からの「分かりやすい面」が来た。チャンス!

 頭頂部への直撃を避けながら思いっきり踏み込み、手首を返して左胴を払う。我ながら見事な面抜き胴! カスミさんの竹刀が俺の肩を「パン」と打ち、俺の竹刀がカスミさんの左胴に「カン」と当たった。

 カン?

 カスミさんの左手には逆手に持ったクナイ。

 いつの間に! さっきまで両手で竹刀を持っていたはずなのに!

 しかもこんな小さなもので竹刀を受け止めるとは。当たったら怪我だなんて、やはり百万年早かった。怪我をするのはやはり俺だけ。

「剣道の抜き技ですね」

「はい」

「悪くない。だが胴を入れたのと同時に彰人は肩を切られました。剣道ではこれを有効打に数えないが、真剣であれば充分な致命傷です」とカスミさんは俺の胸ぐらを掴み体を崩すと足を払った。俺はその場に背中から転がった。

「い、今の反則!」

「これは剣道では無いと言ったでしょう。武芸における剣術は組み技、投げ技、打撃技を複合的に使うのが基本です」

 聞いてないし! てかさっき「わたしは面・籠手・胴の攻撃に限定します」って言ったじゃん!

「いつまで寝ているつもりですか。早く立ちなさい」と今度は俺の足を思いっきり蹴った。ひでぇ。

 このあと腕が上がらなくなるまでボコら……しごかれた。もちろん一本も取ることが出来なかった。おかげで全身傷だらけのアザだらけ。風呂に入るのが大変だったけど、この日は泥のように眠った。


 翌朝、カスミさんに顔を踏まれ目覚めた。なんかちょっと懐かしい感触。しかし身体中痛くて思うように動けない。しかもちょっと熱っぽい。カスミさんは再び俺の首根っこを掴むと井戸端まで引きずり、いきなり頭から冷水をぶっかけた。冷たいのと痛いのとが同時に押し寄せ、思わず悲鳴を上げる。

「身を清めたら着替え座敷まで来なさい。口もきちんと濯ぐように」

 少なくとも検分を許して貰えたよう。立ち去ろうとするカスミさんに声をかけた。

「ほ、本当に、神剣は使わないんですね、検分には!」

「少なくとも今、御神剣はこの島にはありません」

 神剣は神戸の理研に預けられているという。ならば安心。とにかく神剣には二度と係わりたくない。

 握力が無く水の入った桶を持つことさえままならなかった。それでもなんとか身を清め、白装束に着替え検分が行われる座敷にたどり着いた。そんな俺の有様を見てサヨリさんが言った。

「カスミよ。少しは手加減出来ないのか? ボロボロではないか」

 カスミさんが顔色ひとつ変えず答える。

「まだ自力で歩けます。検分には支障ないでしょう」

 アヤネさんと比べれば確かにかすり傷だが、正直正座はしんどい。

「あの、あ、足崩していいですか?」

「ああ、かまわん。そもそも正座など江戸時代に出来た新しい風習だ。そんなもの礼儀の内には入らん」

 そうですか。江戸時代が「新しい」ですか……。

 床の間のある座敷の上座に巫女姿のサヨリさんが座る。その正面に半ば崩れ落ちそうな俺。部屋の隅っこにカスミさん。例の甘ったるい香が焚かれているが、検分が始まる様子はない。聞けばチャラ男待ちとのこと。

 伊武木戸雅巳がふたりいることは、三柏グループ伊武木戸派のごく限られた側近と、伊武木戸一族の一部のみが知る秘密である。オリジナルが拘束されたため、表に出ることが出来なくなったチャラ男もここ壱岐島に身を隠している。今日の俺の検分に同席する予定だが、時間になっても一向に現れない。座っているだけでも結構しんどいのに。

 待っているあいだ、前々から疑問に思っていたことを思い出した。御諸山で祭主様に検分して貰ったとき、俺が見たのはカスミさんの姿だった。月華6号を被ったときもカスミさんを見た。なぜカスミさんなのだろう。

 サヨリさんがポツリと答えた。

「この世界に来て、もっとも肉体的接触の大きかった人間がカスミだったからではないか?」

 川辺で気を失った俺を屋敷まで運び、服を脱がせ、身体を隅々まで拭いたのがカスミさんだった。この影響ではないかと言うのだ。

「無意識下でカスミの思念を取り込んだのだろう。服を脱がすとき、色々悪戯しておったからのう……」

「え?」とカスミさんを見る。 

 カスミさんがムスッとした顔で抗議した。

「悪戯などしていません」

「そうか? でも肌着を脱がすとき、まじまじと観察していたような……」

 再びカスミさんを見ると、カスミさんが俺から目を逸らした。

 ……マジか。冷水に浸かって縮こまっていたはず。そんなものをじっくり観察されてしまったのか。最悪だ。なんか、軽ーく死にたくなってきた。話題を変えよう。

「と、ところでサヨリさん、神剣無しでどうやって検分するのですか」

 サヨリさんが不思議そうな顔で俺をみた。何言ってるんだこいつって顔。そしてカスミさんに視線を移す。カスミさんが目配せすると何か思いつき、再び俺を見て言った。

「肌を合わせる」

「はい?」

「触れることで初めて神器から力を得たように見える。カスミを見たのもおそらくそのせい。直接的な接触が鍵なのだろう。ならばわし自らがお前と肌を合わせてみるしかあるまい。出がらしとは言え一応わしも神の端くれなのでな」

「……えーっと、肌を合わせるって言う表現、あれっぽいですけど、握手とか、ハグとか、そーゆー意味ですよね?」

「いや。まぐわいのことだ。ハグが何かは知らんが、手は既に一度触れたであろう」

「え!」

 心臓がドクンと音を立てた。きっとサヨリさんにも聞こえるぐらいの大きな音。血圧があがり血液が全身を駆け巡る。掌にうっすらと汗がにじんだ。

 まぐわいって……エッチの事だよな。

 俺とサヨリさんが?

 俺とサヨリさんがまぐわう?!

「そ、それは、ちょっと……。こ、こころの準備が……。体調も良くないし……」

 サヨリさんが俺をじっとりと見つめ言った。

「……真に受けるな、冗談だ。その顔、ちょっと怖いぞ」

 ですよねぇ……。

 我に返るのと同時に冷ややかな視線を感じた。カスミさんである。視線が「鼻の下を伸ばしやがって」と俺を責めている。ああ、そうですよ、ちょっとだけ期待しましたよ。だって仕方ないじゃないか! 童貞なんだもの!

「やぁ、遅れてゴメン!」

 チャラ男が現れた。俺を見て「宮路くん(彰人くんから昇格)、相当しごかれたようだな」と笑った。え? しごかれた事を知っている? どうしてだ? チャラ男に続きもう一人入ってきた。理学研究所の三村さんである。三村さんが手にしたものを見て全身の血が凍るのを感じた。

「これが神戸から届くのを待っていてね。いま空港からクルマ飛ばしてきたところ」

 それは天羽々斬だった。

 俺は反射的に立ち上がった。神剣は使わないって言ったじゃないか! 約束が違うぞ! 座敷の外に出ようとしたが、襖に手をかける前に畳の上に叩きつけられた。カスミさんが俺を組み伏せたのだ。

 まさか、これは、罠?

「実はボクとサヨリさんとで話し合ってね。今日はキミの正体をとことん暴くため、天羽々斬を取り寄せたんだ」

 カスミさんが「少なくとも今、御神剣はこの島にはありません」と言っていたのを思い出す。くそ、騙しじゃないか! 

「イヤだ! 絶対にイヤだ! 今度こそ本当に誰かを殺してしまうかも知れない!」

「なぁ、宮路くん。今ここで逃げたら一生元の世界には戻れないぞ」

「人を殺してまで元の世界に戻ろうなんて思わない!」

「やっぱ、つまらない人間だなぁ、キミは。ところで宮路くん。天羽々斬の『泣き声』は聞こえるかい?」

 泣き声? ……そう言えば何も聞こえない、感じない。でも天之尾羽張(あめのおはばり)のときだって初めは何も感じなかった。箱に入っていたとはいえ普通に持っていた。それなのに気が付いたら……。

「神剣の力を引き出せたのは、天羽々斬への直接的な接触が要因のひとつと考えられる。けど、あの狂戦士(バーサーカー)ぶりは、それとはまた別の現象だと思うよ」

「『思うよ』程度の根拠で危険な実験はしたくない!」

 サヨリさんが言った。

「宮路彰人よ(フルネームに昇格)。お前がこの世界に来たのには、やはり何かしらの意味がある。それを自ら閉ざしてどうするのだ」

「また暴れ出したらどうするんです!」

「その時はわたしが止めましょう」と言ったのは俺を組み伏せているカスミさん。

「無理だ、あのアヤネさんだってボロボロになったじゃないか!」

「わたしをアヤネと一緒にしないで貰いたい。まぁ、場合によっては両手両足を折らせて貰いますが」

「て、手足を折られるのもイヤだ!」

「なんとも往生際の悪い男ですね。伊武木戸氏。ここは私が押さえていますから、彰人に御神剣を持たせてください。昨日一日中竹刀を振り回し、握力が無くなっているはずです。コブシは簡単に開くでしょう」

 やっぱカスミさんもグル!

 チャラ男と三村さんが俺の右手の掌をいとも簡単に開く。

「やめろ! 卑怯だぞ! 離せ! このドS女!」

「『どえす女』が何かは知りませんが、悪口というのだけははわかります」

 カスミさんは俺の髪の毛を掴むと、頭を畳に思いっきり擦りつけた。

「痛ぇえ!」

 その「痛ぇえ」の間に俺の右手に天羽々斬が握らされた。

 ヤバ……あれ?

「どうだい、宮路くん。何を感じる?」

「……何も」

「何も、とは?」

 天叢雲剣に対して感じた不安、苛立ち、怒りはない。天羽々斬を振り回したときの全能感もない。代わりに気が付いたのは……俺を組み伏せているカスミさんのしなやかな身体の感触と体温、そして体臭。筋肉の動きや呼吸まで細やかに伝わってくる。なんてエロい……じゃない、その中に何か異質なものを感じる。なんだろう。いちど触れたような。

「カスミさん」

「なんです?」

「本名はなんて言うんですか?」

「は?」

「教えてください」

「……今はわたしの名前など、どうでもいいでしょう」

「カスミちゃん。もう、放してあげたら? 暴れそうにないから」

 チャラ男に言われカスミさんが離れた。

 身体を起こし畳の上に胡座をかく。天羽々斬を両手で持ち、改めて観察した。どうして俺はこんな物を怖がっていたのだろう。ちょっと刃が欠けているブロンズ製の骨董品ではないか。でも、これを手にしていると不思議と心が落ち着く。また感覚が研ぎ澄まされる気がする。サヨリさん、カスミさん、チャラ男、そして三村さん4人からそれぞれ独特な気配を感じるのだ。気配を憶えれば、目を瞑っていても誰が誰か分かるのではないか。

「彰人、大丈夫ですか?」

 カスミさんが心配そうに俺を見ている。いや、俺を心配しているのではない。俺が暴れてサヨリさんに危害を加えないか心配しているのだ。「なんとか」と答え手首を返し天羽々斬を振ってみる。剣の切っ先をカスミさんの喉もとでピタリと止めてみた。

「ほら、この通り」

 自信を持って言える。

 俺は冷静だ。誰も傷付けないし誰も殺さない。

 よし、大丈夫!

 なのにカスミさんが顔面蒼白になっていた。

「どうしたんです?」

「……き、切っ先を無闇に人に向けるな。もし姫巫女様に向けていたら、問答無用で殺していたところだぞ」

「あ、ごめんなさい」

 確かに。骨董品とは言えこれは立派な武器。部屋の中で振り回して良いものではない。切っ先を天井に向けた。

「宮路彰人」とサヨリさん。

「はい?」

「検分を行うが良いか」

「はい」

「では前へ。近う寄れ」

 サヨリさんの真ん前に座り直す。天羽々斬をサヨリさんとの間に置いた。

 やっぱ超絶綺麗。間近に見つめると瞳に魂を吸い込まれそう。そのサヨリさんが徐に俺の顔を両手でガッツリ掴み引き寄せた。

 か、顔が近い! 恥ずかしい! いい匂いがする!

「始めるぞ」

「は、はい!」

 額同士をくっつけた。サヨリさんが俺の中に入ってくるのがわかる。前回とは比べものにならないほど強く、熱く、滑らかに。あのときは拒絶したが、今度は素直に受け入れよう。俺は力を抜いた。


 どこかの島。

 校倉造風(あぜくらづくりふう)の建物の周りに老若男女大勢の人が集まっていた。皆変わったデザインの服で着飾っている。強いて言えば教科書に載っている弥生時代のものに近い。何かを待ちわびている様子で、異様にテンションが高かった。興奮のあまり大声で叫ぶ男たちもいた。どうやらこれからお祭りが始まるらしい。しかしなんだろう、この既視感は。……そうだ、アイドルのコンサートが始まる直前の熱気にそっくりなのだ。

 開始の合図だろうか、ちょっと耳障りな金属音が響くと、人々がしんと静まりかえった。そして引き戸が音もなくゆっくりと開く。現れた三つの人影に、群衆から大きな歓声があがった。それは道主貴(みちぬしのむち)の三女神、タキリヒメ・サヨリヒメ・タキツヒメの三柱だった。

 三女神が舞台にあがり、群衆が落ち着くのを待ってからひとりが口上を述べだした。ああ、あれは転生前の祭主様。こうしてみると本当に美人だ。サヨリさんは今より若干若く見える。タキツさんは……茉菜に少し似ていなくもない。典型的平均顔の茉菜も、化粧をすればこのぐらい綺麗になるのだろうか。群衆から「タキリヒメノミコト、話が長い!」と野次が飛んだ。

「たれじゃ今のは! 出て来い! その舌、引っこ抜いてやる!」

 一同大爆笑。

 どうやら「お約束の下り」らしい。まさにアイドルのステージ……。

 儀式が始まった。収穫された農作物、獲られたばかりの新鮮な魚、キジやイノシシ、そして御神酒の入った樽。これらが供物として捧げられ、五穀豊穣と安全な漁に対する感謝が神官から述べられる。それを受けて再び祭主様の口上。またまた野次が飛んだ。

「貴様! 無礼打ちにしてくれるぅ!」

 祭壇に祀られていた天羽々斬を振りまわす祭主様を、サヨリさんが羽交い締めにした。

 一通りの儀式が終わると、返礼としてサヨリさんが琵琶の弾き語りをし、タキツさんがそれに合わせて舞った。その美麗な歌声と踊りは集まった全ての人々を魅了した。感極まって泣き出す人も続出する文字通りの神がかりステージ。そして始まる大宴会。飲めや歌えの大騒ぎ。サプライズゲストにアマノウズメが現れ、肌も露わな踊りを披露し(うたげ)は沸きに沸いた。

 祭りのメインイベントである相撲大会が始まると、一際大きな声を上げたのは祭主様だった。ベロンベロンに酔っ払って顔が真っ赤である。

「よし! そこにゃ! ぬっ殺せ!」

 なんとも物騒な声援である。でも実際この相撲はパンチ・キック有りの総合格闘技状態。ボクシングよろしく殴り合う力士もいて実に荒々しい。

「ええーい! たぎってきたにょ! わらわも取る!」

 ワッと歓声が上がった。祭主様が諸肌脱いだのだ。プルンと弾けるピンク色に染まった胸。とても美しいけど、確かにサヨリさんの方が大きくてカタチが良いかも……。そのサヨリさんが冷ややかに言った。

「姉上。おなごは土俵に上がれませぬ」

「うるひゃい! 禁忌など破るためにあるのにゃ!」

「我らが決まり事を破っては民に示しがつきません。それに姉上は(ふんどし)をお召しではないでしょう」

「らったらフンロシを持ってこひぃ!」と腰巻きを投げ捨てた。

 再び歓声が上がる中、タキツさんが慌てて腰巻きを拾いあげ、祭主様の腰にあてがった。アマノウズメが腹を抱えて笑っている……。

 この三女神は地元の人々に心から愛されている。三女神も民を心から愛している。彼女たちが近代まで古代神々の力を保ったまま存在し続けたのは、古代より伝わる儀式を人々の変わらぬ信仰をもって継続してきた結果なのだ……。


 検分が終わり少し疲れた顔のサヨリさんが言った。

「お前は依り代のようだ」

「よりしろ?」

「憑依体質。男では珍しい巫女(シャーマン)だ。タキツの性質を茉菜とは違う形で受け継いだのだろう」

 全くもって意味が分からない。男なのに巫女って。

 サヨリさんは検分で消耗したらしく「少し休む」と寝所に下がってしまった。そのサヨリさんに代わって解説してくれたのは三村さんだった。

「宮路さん(宮路くんから昇格)は接触型の共感能力者と考えられます。しかもサイコメトリとエンパスの両方の性質を同時に持つ珍しいタイプです」

「あの、ますます意味がわかんないんですけど」

「神器にはその制作者、所有者の来歴・記憶が蓄積されます。いわゆる残留思念と言うものです。宮路さんはこれに過剰共感するものと思われます。研究所の一件は『天叢雲剣に遭遇し、パニックを起こした天羽々斬に振り回された』のではないでしょうか」

 無機物に宿った思念がパニックを起こした? やっぱり何を言っているのかさっぱり分からない。

「で、俺にどうしろと? どうすれば良いのです?」

「それをしばらく預けるよ」とチャラ男。

「え?」

 それとはもちろん天羽々斬。

「剣と寝食を共にし馴染むんだ。そうすれば剣に振り回されることも無くなるだろう」

 まるで剣が人格を持っているような言い分。仮にそれが正しいとして……二千年におよぶ残留思念の塊など、俺には少々荷が重すぎないか。

「またまた、そーゆー事を言う。正直なところ、ボクはキミには嫉妬しているんだぜ」

「嫉妬?」

「キミはこの事象におけるキーマン、主人公なんだよ」


 外の空気を吸いたかった。あの怪しげな香りの香はどうも馴染めない。考えがまとまらなくなるのだ。少しだけ歩いてみるつもが、気が付けば海を眺めることが出来る高台にまで来ていた。身体の痛みがいつの間にか和らいでいる。手には天羽々斬。なんとなくそのまま持ってきてしまったけど、これの効用なのだろうか。

 遠くに島がいくつか見えた。検分で見たサヨリさんの島は、この中のどれかに違いない。根拠はないがそんな確信がある。これも天羽々斬の影響? 後ろから誰かが近づいてくるのを感じた。少し違和感のあるこの不思議な気配は。

「カスミさん?」

「よく歩けましたね、こんな高台まで。御神剣の霊験ですか? それとも伊武木戸氏から物語の主人公と呼ばれ、頭の(たが)でも外れましたか」

 みると右手には竹刀。後ろから襲うつもりだった?

「サヨリさんの具合はどうですか」

「回復には二三日かかるでしょう」

「やっぱり神通力を使ったせい?」

「ええ。彰人、あなたのせいです」

 そう言いながら間合いを縮めてくる。

「サヨリさんが力を失ったのは地元を離れたため?」

「いろいろです。わたしのせいでもある」

「前にサヨリさんに助けられたと言っていたのは……」

 カスミさんが地面を蹴った。俺に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。まるでブナタロウの突進のよう。だが躱せない程ではない。剣で防御しながら後ろに飛んだが。

 ビシッ。

 あっさりと籠手を取られた。俺が後ろに飛ぶことを予想し、さらに深く踏み込んだのだ。激痛に天羽々斬を落としそうになったが耐えた。カスミさんの中に感じる不思議な気配はサヨリさんのもの。この人間離れした運動神経もおそらく……。

「彰人」

「はい」

「座敷で御神剣の切っ先を向けられたとき、全く反応出来ませんでした。敵なら殺されていたかも知れない。そのぐらいの恐怖を感じた」

 え? マジで?

「なのに今の凡庸な反応はなんです? 昨日に比べればかなりマシではあるけど」

「そう言われても。意識すると身体が強ばると言うか……」

「まぁ、いいです。今日からわたしが徹底的に鍛えてあげましょう。御神剣を自在に使えるように」

 げ。

「そのまえにひとつ聞きたいことがあります」

「なんでしょう」

「あなたは姫巫女様の敵ですか、味方ですか」

 敵か味方かだって? 今さらなんでそんなことを聞くのだろう。

「味方のつもりでいましたが」

「姫巫女様が伊武木戸に着いてもですか」

「チャラ男はあまり好きじゃ無いけど、ナチスから日本を守りたいという気持ちは俺も同じです」

「祭主様や茉菜と敵対することになっても?」

 え?

「……どう言うことです?」

「祭主様は宮内省寄りのお方です。宮内省同様伊武木戸をあまり良く思っていない。ましてや国体を危険に晒しかねない現政府の転覆画策など論外です。この状況下で企てをしくじり捕まれば、国家反逆罪で処刑されるでしょう。それでも姫巫女様の味方になりますか」

 この世界に来て学んだことがひとつある。正義とは道理ではない、勝者の論理だ。どんなに伊武木戸が正しくても、勝たなければ意味がない。この世界におけるナチスがそれを証明している。

「彰人はタキツヒメノミコトの末裔、茉菜を姫巫女様に巡り合わせた。これが事の始まりではあるが、これまで彰人の存在そのものに大きな意味はありませんでした」

 うわ。本人を前にハッキリと言ってくれる。

「だが神器を使えるとなると話は別。その存在は大局に影響する。彰人は茉菜が敵となったとき、茉菜を殺せますか」

「カスミさん。俺は誰も殺さないよ」

「わたしは彰人の覚悟を聞いているのです」

 カスミさんにとっての第一はあくまでサヨリさん。状況によって変化する正義などに価値はない。とどのつまりは覚悟なのだ。でもなぜ直ぐ「殺す」になるんだろう。しかも茉菜を? こう言う考え方をするカスミさんが悲しい。

「すぐに答えなんか出せないよ。そもそもサヨリさんだって、チャラ男に付くと決めたわけじゃないんでしょう?」

「わかりました。ここで答えを出せとは言いません。よく考えてください」

 オリジナルの伊武木戸雅巳があのまま逮捕されるかもしれない。逮捕されれば伊武木戸一族そのものが潰される可能性もある。でもそうなったら……誰がナチスを止めるんだ?

「では、さっそく始めましょうか」

「え? 何を?」

「御神剣を自在に使えるよう、鍛えると言ったでしょう」

「いやいやいや!」

「なんです?」

「敵味方を表明していないのに鍛えるんですか?」

「御神剣を使いこなせないなら敵味方以前の問題です。そんな彰人にはなんの価値もない。鍛える気がないのなら今ここで御神剣を返し、宮内省でも何処でも行ってください。最低限の生活が保障されるはずです。この世界で慎ましく一生を終えるのもひとつの選択でしょう」

「いや、そーゆー事を言っているんじゃなくて、結果として敵を育ててしまったらどうするんですかって聞いているんです」

「心配いりません。その時は私が責任を持って彰人の寝首をかきます。どんなに強くても所詮は人間。必ず殺してみせる」

 そう言って微かな笑みを浮かべた。

 これは忍者ジョーク……じゃないな、マジのやつだな。

「さぁ、どうします? これはここで答えを出して貰いますよ」

 言わずもがな。

 俺は天羽々斬を青眼(せいがん)に構えた。


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