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はじまりの島で君を待つ  作者: かじかけい
14/17

そこにいるのは誰だ

 頭に黒い袋を被らされ、クルマで移動すること小一時間。歩くこと数分。ソファのようなものに座らされた。徐に袋をとられると、そこはビジネスホテルのダブルって感じの部屋のベッドの上。悪の秘密基地の割にはあまりにも普通。でも窓はない。となりにはカスミさん。俺たちを連れてきた男たちはそのまま部屋を出て行った。戸を締めたあとに施錠音。立ち上がりドアノブに手をかけたが今度は開かなかった。

 あれ? 男女同部屋ってこと? それはいくら何でも……。

「彰人」

「はい?」

「扉の上にキャメラがあります。それを踏まえたうえで行動するように」

 白い半球状の突起がある。エレベーターで良く見るタイプのやつ。アナログ人間のくせに、こう言うことには目が利くようだ。

「テレヴィジョンを点けてみてください」

 部屋にテレビがあった。テレビは4対3比率の小さなブラウン管テレビ。リモコンのスイッチを押してみる。普通に点いた。取り立てて情報を遮断するつもりは無いらしい。

 番組はワイドショーだった。よくよく考えるとこの世界に来て初めて見るテレビ。出演者に知る顔はいなかったが、話題になっていた不倫当事者の俳優には見覚えがある。えーっと、名前、なんだったっけ……。

「報道番組はやっていませんか?」

 そうだ。ニュース番組!

 ザッピングする。番組の間に入る短いニュース番組をみつけた。ちょうど関門海峡のニュースだ。だがその内容を見て愕然とした。

「事故処理」が終わり、海峡の封鎖がまもなく解かれるという。しかし不通になっている関門海峡大橋の復旧は目途が立っていない。その不通の理由は炎上していた駆逐艦が橋桁に衝突したというもの。海軍大臣が対応に追われている様子が紹介されていた。

 俺たちが体験してきたものとまるで違う状況が報道されている。

「カスミさん、これって」

「政府の思惑なのか、伊武木戸の政治力なのか。いずれにせよ我々は伊武木戸の力を見誤ったのかも知れません」

「俺たちの負けってことですか」

「今は様子を見ましょう」

 部屋に昼食が運ばれてきた。ハンバーガーセットだった。武器になるフォーク・スプーン・箸を使わない食事ってことなのだろう。

「食べさせてください」

「自分で食べればいいじゃ……」

「見て分からないのですか。後ろ手に手錠され手が使えません。だから食べさせてください」と語気を強めた。

 そうだった。ここには監視カメラがある。盗聴器もあって当たり前。カスミさんは大人しい囚人を演じるのだ。ハンバーガーをひとつ取り、包みを開く。カスミさんが不思議そうな顔をした。

麺麭(パン)にツクネ?」

 マジか、この人。

「ハンバーガー。食べるのは初めてですか?」

「はんばーぐ! 総菜屋で売っているのを見たことがあります。でも麺麭(パン)に挟んで食べるものとは知らなかった」

 マジだ、この人。

 顔の前に包みを出すと、ナチスたちに襲いかかったブナタロウのようにガツガツ食べ始めた。手を咬まれそうでちょっと怖い。

「どうです? 初めてのハンバーガーは?」

「不味くはないが、毎日食べようとは、思いません」

 食欲を露わにする女子ってなんかエロい。はみ出したケチャップが口の周りを汚す。紙ナプキンで拭ってあげた。ちょっとドキドキした。

「ひょっとして食事をとるのは……」

「昨日、救命艇で飲んだ水以来です」

 俺は自分の分もカスミさんに提供した。

「この揚げた馬鈴薯(いも)は、なかなか美味しい。短冊切(たんざくぎり)を油で揚げ、塩しただけなのに。馬鈴薯(いも)の品種が違うのだろうか」

 フライドポテトがお気に入りの様子。

「ところで、符牒名(コードネーム)ってなんです?」

「……つまらないことを憶えているんですね。免許皆伝と共に与えられる、忍びの屋号みたいなものです」

「じゃ、カスミって本名じゃない?」

「本名を教えるつもりは無いので聞いても無駄です」

 食べ終えたカスミさんがスクッと立ち上がった。

(かわや)を使いたい。手伝ってください」

「かわやってなんです?」

「便所のことです」

「……」

「このツナギを下げるのを手伝ってください」

 後ろ手に拘束されたカスミさんの状態と、ツナギの構造から必要な対処方法を考察する。どう考えても後ろから全部降ろさないと用を足せない。つまり下半身スッポンポン。

「無理無理無理! 無理ですって! これこそ自分で何とかしてください!」

「わたしの面倒を見ると、伊武木戸の前で約束したでしょう?」

「……カスミさん、俺をからかっていますね」

「サラシを巻く程度であんなに狼狽えていては、この先が思いやられます」

 そう言ってトイレに消えた。


 昼過ぎ、俺だけ部屋の外に連れ出された。建物内のレイアウトを丹念に観察する。廊下の長さ、ドアの数、階段の位置……。詳細に記憶するようカスミさんから仰せつかったのだ。エレベーターに乗り、ここがB2であることを知った。ちなみにカードキーを差さないと動かないタイプ。

 エレベーターは階下のB4で止まった。扉が開くとそこはSF映画で見るような研究施設。ガラスの間仕切りで仕切られた部屋が幾つも続く。中に白衣を着た男女が十数人確認できた。

 忘れていた。俺はモルモットとしてここに連れて来られたんだ。

 このまま頭を開かれて脳みそを(いじ)られて……。

「ようこそ宮路くん! 待っていたよ! 生身で神剣使ったんだって?」

 そう言って出迎えた白衣の男はちょっと小太りのオタクっぽい感じの男。二十代って言われれば二十代に見えるし、四十代って言われれば四十代に見える年齢不詳な感じ。首からぶら下がったIDカードには「理学研究所主任・三村祥生」とあった。

「おいおい、そんな死刑囚みたいな顔しないでくれ、別にキミを獲って食おうというわけじゃない。今日は雅巳会長から神器について説明するよう言われただけだ。そのあとでちょっと脳波と心電図をとらせてくれないか。雅巳会長と比較してみたい」

 神器の力は何処からもたらされるのか。どのように引き出されるのか。伊武木戸はこの仕組みの解明を古くから試みてきた。しかし従来の古典力学では仮説さえ立てることは出来なかった。

 日露戦争と時期を同じくする頃、物理学は劇的な転機を迎える。相対論や量子論といった最新理論の登場は、神器の解釈を大きく進歩させた。伊武木戸に伝わるいくつかの神器がその理論の裏付けに大きく貢献したが、それにも限度があった。伊武木戸の神器は比較的時代の新しいものであり、また実際にこれを使える者がいなかったからだ。

 そこに現れたのが伊武木戸雅巳だった。神器のもつ固有振動が伊武木戸の固有振動と脳波に共鳴することが確認されたのだ。神器の研究は加速度的に進み、この共鳴が空間を歪めることがわかった。もっともその歪曲は極めて微細で、笹舟さえ揺らすことは出来なかった。

「ボクたちはこれを機械的に増幅することに成功した」

 ガラスの間仕切りの部屋のひとつに、三村さんがIDカードをかざし中に入る。配線や基盤が剥きだしの得体の知れない機械があった。

「見てくれは悪いけど、これが三柏電子工業理学研究所英知の結晶、核磁気共鳴増幅器・月華6号だ」

 良く見ると機械の中央に、千里視で使った辺津鏡(へつかがみ)そっくりな銅鏡がはめ込まれている。

「宮路くん。論より証拠、ちょっと試してみないかい? キミならきっとこの銅鏡と共振できるはずだ」

 三村さんの手には電極と電線のいっぱい付いた、いかにもって感じのヘッドギア。これと同じようなものを昔のニュース映像で見たことがある。サリン事件を起こしたあの連中の……。やっぱりこいつら!

「それで俺の頭の中をかき回そうっていうのか」

「とんでもない。いたって安全な装置だよ。ボクも何回か被った。もちろん何も起きなかったけどね。まぁ、少し目眩(めまい)を感じることはあるかな」

「人殺しの言うことが信じられるか!」

「人殺し?」

「巡視艇や駆逐艦に乗っていた人達のことだよ!」

「宮路くん。キミは誤解している。あれは海上保安庁と海軍内の親ナチス派分子だ。警告なしに攻撃してきたので、やむを得ず会長自ら反撃した」

「親ナチス派分子?」

「ソビエトの潜在的脅威に対抗するというお題目のもと、神聖ドイツ帝国との軍事同盟を目指す亡国の徒だ。たしかに駆逐艦の乗員の中には、親ナチス派と関わりのない人もいただろう。だが神器を連中に渡すことは出来ない。会長は全て背負う覚悟で反撃したんだ。これは既に戦争なんだよ」

 全て背負う覚悟?

 ここまで思い描いていた構図とまるで違う。

 伊武木戸はクーデターを企てている反逆者じゃないのか。

「これに対し巡洋艦高雄はキチンと最後通告を行ってきた。皮肉にもこれで高雄が親ナチス派ではないことがわかった。神剣ごと船を沈めようって言うんだからね。だから被害が最小限に留まるよう会長は攻撃をセーブしたんだ。その結果、滑空砲を食らってこちらにも怪我人が出てしまった」

「だったらなんで最初から言わないんです? ナチスが危険だって!」

「ナチスのプロパガンダは実に巧妙だ。いま世界中の人達が神聖ドイツ帝国を世界で最も進んだ国家と信じて疑わない。当然日本も例外ではない。ボクたちは『今日(こんにち)までにヨーロッパ全土で5千万人以上の人々が虐殺された』と主張してきたが誰も信じなかった」

 5千万人だって? 戦後も延々と虐殺が続いたってことなのか。

「また残念なことにボクたちと宮内省は犬猿でね。彼らは伊武木戸を虫けらのように嫌う。そしてこの危機に全くの無頓着ときた。だから八咫鏡(やたのかがみ)を……いや、結果的には天羽々斬の奪取という強硬手段に出たんだ」

「それで殺したんですか、安川さんを」

「おいおい、どんだけボクたちのことを非道だと思っているんだい? 安川さんはウチで保護しているよ。安否不明のお母さんには心を痛めている」

 安川さんが生きている……。

「しかし情勢は大きく変わった。今ボクたちのもとにサヨリヒメノミコトがおわす。遙か昔にお隠れになったはずの、神話の時代を知る本物の女神様がだ。まさに錦の御旗。ボクたちの志気は今最高潮にある」

 頭が真っ白になった。

 三村さんの言っていることが本当なら……日本はナチスに取り込まれ、気が付けば国体どころか日本民族そのものが浄化されていた……となりかねない。これを阻止できるのは……ナチスを知る伊武木戸雅巳? チャラ男なのか?

「三村さん、この機械は千里視が出来るんですか」

「当初はこれに八咫鏡(やたのかがみ)を繋ぎ、天叢雲剣を捜すつもりだった。現在繋がっているこの無銘の鏡では、会長でも千里視は困難だった。ちなみに会長は小さい頃に遊んだ近所の女の子を見たそうだよ。単に記憶を呼び起こされただけのか、それとも時間を遡り過去の世界を覗き見たのか、まだ解明できていない。宮路くんならまた違ったヴィジョンを得られるかもしれない」

 この人たちは何を目指しているのか。

 こうなったら自分で確認する以外方法がない。

「それ、貸してください。被ってみます」


「いま電源を入れた。めまいは? 頭痛は?」

「大丈夫です。なんともありません」

「よし。それじゃあ銅鏡に集中して。心を無にして見るんだ。気分が悪くなったら言ってくれ。直ぐ電源を切る。けして無理はしないように」

 心を無にする? みんな簡単に言ってくれる。でも俺は滝行で体得した。煩悩こそが無に到達する近道であることを! 前回はサヨリさんの裸を思い浮かべ成功した。今度は……カスミさんの裸を思い浮かべよう。

 アスリート然としたしなやかな肢体。小振りだけど形の良い胸。その間には悲しいぐらい大きな傷跡。砲弾の破片が刺さったのだという。一体何時(いったいいつ)の話なのか……。

 カスミさんが見たことのない黒い軍服を着ている。肩や衿には赤いライン。まわりも軍人だらけ。何かを報告しているようだ。それを受け皆絶望的な表情を浮かべている。そこに閃光・爆風・白煙。景色がグルリとまわり空が見えた。その空をボロ切れのようなものが横切る。良く見ると腕が付いていた。バラバラに砕けた人の身体だ。巻き上げられた土砂とともに地面に降り注ぐ……。

「宮路くん!」

 目の前にむさ苦しい三村さんの顔。

「電源を落とした。大丈夫かい? 顔が真っ青だぞ」

 少しも大丈夫じゃない。とんでもないグロ画像を見てしまった。

 これは多分カスミさんが見たもの……。

「何が見えた? 太古の神々の姿? それとも……」

 今見たことは黙っておこう。

「いえ、何も。ちょっと目眩(めまい)がしただけです」

 このあと奥の部屋で脳波と心電図を取った。安静な状態と自転車を漕いでいる状態の二種類。深視力検査聴覚検査等を受け採血もされた。頬の内側の粘膜も取られた。最後に心理テストを受け、解放されたのは夕方だった。

 なにが「ちょっと脳波と心電図をとらせてくれないか」だ。

 部屋に戻ると……カスミさんがベッドに座りのんびりとテレビを見ていた。余裕だな、この人。

「顔色が良くない。拷問でもされましたか?」

「いえ。でもいろいろ調べられました」

「指は全部揃っているようですね。耳も鼻もある」

 きっと忍者なりのジョーク。でも少しも笑えない。

「カスミさんは過去に黒い軍服を着ていた事がありますか? 肩や衿に赤いラインの入った」

 カスミさんの目が細くなった。

「何があったのです?」

「あの場所ってひょっとして……」

「一体何を言っているのです? 何を聞いたのですか」

「いえ、なんでもないです」

 盗聴器があるかもしれないこの部屋で、千里視の話はしたくない。また別の機会に聞くことにしよう。俺は話題を変え、三村さんから聞いた話をそのままカスミさんに伝えた。カスミさんは何か思い当たったように言った。

「そう言えば朝、遠くでアヤネの声が聞こえました。ヴリルたちを拷問していたようです。随分楽しそうな声でした」

 え、なに、そのイヤな話。

「安川の母親のことも聞いていたようです。安川を保護しているというのは本当かも知れません」

 意外なところで三村さんの証言の裏が取れた。

「違和感を覚えるのは渋沢を初めとするヴリルたちと、政府内にいるという、その親ナチス派に連携が見えないことです。もともと別行動なのか、姫巫女様と天羽々斬の想定外の出現に双方混乱しているのか。いずれにしても事は伊武木戸に有利に運んでいる」

「伊武木戸は敵なんでしょうか。わからなくなってきました」

「彰人。わたしにとって敵味方は関係ありません。姫巫女様がこれをどうお考えになるか。それが全てです」

「サヨリさんが伊武木側に着いたら、カスミさんも伊武木戸に着くってことですか」

「その通りです」

「伊武木戸に着いたらアヤネさんと同僚になりますよ。下手すると部下とか」

「あり得ることです」

「我慢できるんですか」

「我慢出来なくなったら、彰人を拷問して気を晴らすことにしましょう。きっと爪に針を刺しただけで、ピーピー泣いてくれるに違いありません」

 忍者ジョーク、やっぱり少しも笑えない。


 夕食はオニギリと漬物。やはり手で食べることが前提のメニュー。再びカスミさんに食べさせて上げる。

「日本人は白米に限る」と美味しそうに頬張った。俺も食べようと思ったけど、さっきのグロ画像が脳裏に残っていて食欲が湧かない。空から降ってきた肉片の中に、耳と髪の毛が付いているものがあった。カスミさんはあれが日常の世界から来たのだろうか。まるで地獄じゃないか。

 俺は味のしないオニギリを無理矢理詰め込んだ。

 食事のあと、ふたり並んでテレビ鑑賞。ニュース番組目的だが、それだけではない。ローカルニュースや天気予報を見れば、ここが何処なのかある程度特定できると思ったからだ。

「天気図が関東だ。ここって東京じゃないですか」

「あの船はもともと遅いうえに損傷していました。一時(いっとき)で三十海里進めたかどうか。一晩では浦賀まで到達できないでしょう」

 やっぱり単位がわからない。

「でも天気予報は……」

「有線とか、いろんな視聴方法があるのでは?」

 テレビはほとんど見たことがないって言ってたくせに、意外と詳しい。

 とにかく情報を得たくてテレビを点けっぱなしにした。番組表がないのでザッピングしながらの視聴。なので自然とドラマやバラエティーも見ることになる。知っている芸人、知らない司会者、様々だった。やっていることは俺の世界と余り変わらないように思える。流れるJ-POPはどこか懐メロっぽい。アーティストに知る顔もあったけど、歌っている曲は微妙に雰囲気が違った。

 聞き覚えのあるテーマソングと共に時代劇が始まった。なんと再放送ではない新作の水戸黄門。ご老公・助さん・格さんの役者さんに見覚え無し。冒頭から派手な恰好をした女忍者が殺陣を演じる。胸元が大きく開き太股も露わ。演じる女優さんにはなんとなく見覚えがある。

「プロから見てあーゆー恰好はどう思います?」

 カスミさんがムッツリと答えた。

「忍びが目立ってどうするのか。それに……日本刀を逆手に持つなど愚の骨頂。そもそも背中に背負う時点で間違い。腕・胴・脚まで鎖帷子を着込んでいるが、あれでは重くて動けない。泳げばたちまち力尽きて溺れる。十字手裏剣は汎用性が低く実用的ではない。両手を振って歩く走る行為は幕末において西洋式の……」

 カスミさんって案外良く喋る人なんだな。

 結局有益な情報を得ることは出来なかった。

 夜もそこそこ更けた頃。いつ言うか迷っていた言葉を口にする。

「ベッドはカスミさんが使ってください。俺は床で良いです」

 そう。この部屋はダブルベッドがひとつ置いてあるだけなのだ。

「ベッドはカスミさんが使ってください」

 これに対する、俺がささやかに希望するカスミさんの答えは。

「そんなことは言わずに一緒に寝ましょう」

 お互いベッドの端と端でドキドキしながら寝るのだ。脚が当たって「ゴメン!」とか、朝起きたらとんでも無いシチュエーションになっていたとか、その上を行くもっと大人な感じになっちゃうとか!

 だが、実際のカスミさんの答えはこうだった。

「彰人が何処で寝るかは勝手ですが、わたしは床に寝ます。この寝台は柔らかすぎて、いざという時跳ね起きることが出来ない」

 ふたり揃って床で寝るのも馬鹿馬鹿しいので、俺はベッドで寝た。

 

 翌日。

 今度は会議室に呼ばれた。研究員らしき5人の男女が並ぶ。その中には三村さんの姿もあった。少し待たされたあとチャラ男が入ってきた。全員が起立する。俺は立たなかったけど、チャラ男に続き入ってきた人物を見て思わず腰が浮いた。

 普段サヨリさんはほぼスッピンだ。着ている服もTシャツか浴衣。リップ((べに))を引くのは巫女装束の時ぐらい。それでもサヨリさんは充分すぎるほど美しい。背が高くスタイルも抜群。古今東西老若男女誰が見たって文句の付けようのない美形である。そのサヨリさんがブランド物と思われるスーツに身を包み、しかもガッツリメイクで現れたのだ。

「こちらにおわすは道主貴(みちぬしのむち)の三女神が一柱、サヨリヒメノミコトにあらせられる。今日はこの会議を傍聴賜ることに……」

 放たれるオーラがその場にいた全員を圧倒した。その美しさは壮麗の域に達し畏怖さえ覚えた。宗教画に描かれる光背(こうはい)後光(ごこう)と言った表現が、いかに神の表現に適切なものであるかを知った。三村さんが後ろによろめき椅子に座り込んだ。

「そーなるよねぇ……。いや、ちょっとプロにメイクとスタイリング頼んだら、こんなになっちって。ボクもマジびびった。彼女に比べたらキャバ嬢なんて生ゴミ。ミスユニバースも一般人と大差なくね? 安易にお嫁さんになってって言った自分がチョーハズいよ」

 一瞬の沈黙のあと、三村さんが椅子を鳴らし立ち上がり、腰をくの字に曲げ頭を下げた。他の研究員もそれに倣い頭を下げる。サヨリさんがひとつだけ用意されたちょっと高級そうな椅子に腰掛けると、全員が頭を上げ着席した。ただひとり座ったままの俺は……なるほど自分でも不敬で不遜な不作法者だと思った。サヨリさんはやっぱり神様なのだ。

「始めてくれ」

 初めに報告を始めたのは天叢雲剣をスキャンした技師だった。天叢雲剣の断面画像がモニターにが幾つも映し出される。その画像を見て全員が失望の表情を浮かべた。天叢雲剣とされる瓦礫の中に影があったが、それは剣の形を留めていなかったのだ。

「堆積物を分析したところ、酸化鉄を検出しました。画像の影は青銅ではなく鉄と思われます。かねてよりの推論に合致する結果と言えます」

「それって取り出すことできる?」とチャラ男。

「周りに付着堆積している貝、サンゴ等がこの形を保持している状態です。除去すると崩壊する可能性があるので、樹脂で固めながらの作業が必要です。しばらく時間がかかるかと」

 チャラ男はボールペンの端を噛んだ。

「それでも少し削ってみてくれないか。月華8号を(じか)づけするのに必要な最低限の面積が露出するように。三村くん、どのぐらいの大きさが必要だい?」

「あ、はい、1センチ四方の接点が2カ所。表面の状態にもよりますが」

「2人で相談してやってみて」

「わかりました」

 次に報告を始めたのは女性。俺の採血などをした人。モニターにグラフや数値が映し出される。良く見るとそれは俺の検査結果だった。勝手に人の個人情報公開してるんじゃねーよ!

「宮路彰人、十六才男性。脳電図に異常なし、体質に異常なし、固有振動数に特徴なし。宮路茉菜と血縁関係にあることに間違いありませんが、DNAに共鳴因子は確認できませんでした」

「つまりどういうこと?」

「体力的には中の上程度の、いたって普通の健康な高校生男子ということです。とても神器を使ったとは思えません」

 3日目にして化けの皮がずる()け。こんなに早くばれるとは! 

「でも天之尾羽張(あめのおはばり)を使った瞬間をこの目で見たぞ?」

「その少年が使ったのではなく、その場にいた誰かが使わせた、もしくは力の投影があったのではないでしょうか」

「力の投影ねぇ。なんかアニメっぽいなぁ。三村くん、月華6号は試したんだろ?」

「はい。しかし何も見なかったようで」

「それは本当か、彰人くん?」

 どう答えよう。答え方ひとつで俺の運命が決まるような気がする。サヨリさんと目があった。既に何回も見ているのに切ないほど美しい。そして心に突き刺さるような真っ直ぐな眼差し。

 よし。ここは本当の事を言おう!……と思ったとき、電灯が消え予備灯に変わった。

「何だ? 停電か?」

「確認します」

 三村さんが会議室隅の電話に手を伸ばす。受話器に触れる前に電話が鳴った。三村さんが受話器を耳に当てると、顔からみるみる血の気が引いてゆくのがわかった。

「ここが……襲撃されている……」

 受話器を置きパソコンを叩いて会議室のモニターを切り替えた。画面に映ったのは監視カメラの画像。パラパラと画面が切り替わる。だがほとんどが砂嵐状態だった。

「くそ、ホントに壊されているぞ……」

 それでも地下駐車場らしき場所を写すカメラがひとつ生きていた。遠景で暗かったが、武装した集団が扉をこじ開けようとしている様子が映っていた。

「ここは表向きただのテナントビルだぞ、なんでバレたんだ?」

「ヴリルの連中、発信器をインプラントしてたんじゃないか?」

「いや、あの装備は正規軍並の……」

「みんな静かに! 勝手に喋るな!」

 パニックに陥りかけた研究員たちを一喝したのはチャラ男だった。

「三村くん、状況報告」

「武装集団は地下駐車場の搬入口から進入。警備員ふたりを制圧し、ここ理学研究所別館に繋がる階段口をこじ開けようとしています。外部配線を切られたようで、研究所内は現在自家発電中。内線は使えますが外線は全て遮断されています」

「他の出口は?」

「エレベーターは停電で使用不可。もう一つの階段はビル1F内非常口に繋がっていますが、監視カメラが壊されているので状況がわかりません」

「ってことは使えないな。秘密の脱出用トンネルとか作らなかったの?」

「ないです」

「作っておけよぉ、秘密研究所だろ? 自家発電はどのぐらい持つ?」

「最大3時間。警備員3人が応戦準備を……」

「馬鹿! 応戦なんかさせるな。相手はアサルトライフルだぞ。拳銃じゃ話にならない。天羽々斬と月華8号を持ってきてくれ。ボクが出る」

「……それが会長、月華8号はメンテナンスでバラしていて、充電も出来ていません」

「マジか! とりあえず天羽々斬だけでも持ってきてくれ。チームリーダー以外は全員B3のセーフルームに退避させるんだ。天叢雲剣は?」

「まだCTS室に……」

「CTS室ってB2の階段横じゃないか!」

「すぐに回収させセーフルームに……」

「社員を行かせるな! アヤネちゃんは?」

「……出入記録によると……外にいるようです」

「そうだった。サヨリさんのデザート買いに行かせたんだった」

「会長、それは不幸中の幸いですよ、アヤネさんがこの事態に気が付いてくれれば応援を……あ?」

「どうした?」

「見てください、武装集団が何かに応戦しています」

「……本当だ、応援が来たのか? それにしては速すぎるような……」

「これは陽動です。分身(わかれみ)の術、空蝉(うつせみ)の術を駆使して敵を複数人に見せかけている。自分の行動範囲に武器を隠し置いていたのでしょう。あの女、私を出し抜いただけのことはあります」

「あの女?」と振り返ったチャラ男が「わ!」と言った。サヨリさんを除く全員も「わ!」と言った。カスミさんが当たり前のように俺たちと一緒にモニターを見ていたのだ。そして当たり前のように手枷足枷(てかせあしかせ)は無い。

「カスミ、ちゃん? いつの間に!」

「伊武木戸雅巳。ここは共闘を提案する。また彰人の指を切るのはこれで勘弁して貰えないだろうか」

 ジュラルミン製ケースをテーブルの上に置いた。

「天叢雲剣! 取ってきてくれたのか。忍者、やっぱハンパねーな。リアルナルトじゃん」

 カスミさんが首を傾げる。

「なると?」


 警備責任者が会議室に呼ばれた。四十前後の、まるで熊のような男だった。研究室内にいる警備員はこの人を含めて3人。

「アヤネの目的は賊の侵入を少しでも遅らせることです。応援はどのぐらいで到着しますか?」

「15分はかかります」

 カスミさんに淡々と答える熊男。

「アヤネがいくら優秀でも15分稼ぐのは無理です。アヤネが賊を引きつけている間にここを脱出するか、それとも緊急避難室(セーフルーム)に入り応援を待つか。ここの緊急避難室(セーフルーム)はどういった目的で作られたのでしょう?」

「生物学的汚染、化学的汚染に備えたものです」

「ならば対破壊活動用としては機能しない。脱出するのであれば今この瞬間を逃してはいけません」

「カスミちゃん、ここには30人の研究員が働いている。とてもじゃないが全員での脱出は無理だ」

「では迎え撃ちましょう」

 迎え撃つ? 武装集団を?

 今まではカスミさんの奇襲でなんとか凌いできた。だが今回は正面切っての戦いだ。画面で確認できるだけで6人はいる。これの2倍3倍いたっておかしくない。なのに迎え撃つ? それにさっきから感じる不穏な気配。謎の武装集団のせいではない。たぶんジュラルミン製ケースの中身のせい。落ち着かない。居たたまれない。気になって仕方がない。

「徹甲弾相手は少々やっかいですが、アヤネのように時間を稼ぐことは出来ます。失礼ですが警備員3人の練度は?」

 熊男がやはり淡々と答えた。

「自分は退役軍曹であります、中尉。第三次湾岸戦争に多国籍軍として従軍しました。他の2人に実戦経験はありませんが、三柏の警備部門は全員軍事訓練を受けています」

「充分です」

 研究室内にあった全ての武器が集められた。拳銃3丁とその弾丸が75発、テーザー銃2丁、警棒型スタンガン3丁、そしてアヤネさんの私物と思われるサブマシンガン1丁と弾丸200発、怪しげな小さな球体が若干数。カスミさんは研究室内の薬剤在庫リストにも目を通す。

「バケツと水を用意してください。生石灰とアルミ粉で煙幕が作れます。熱線暗視装置も無力化出来る。癇癪玉と合わせれば同士討ちも期待できます。短機関銃は軍曹が装備してください。死角から狙撃するとっておきの裏技を教えます」

 てきぱきと指示を出すカスミさん。なんかこの状況を楽しんでいるような。しょうがない人だなぁ……と思ったとき、耳障りな音が聞こえてきた。それは段々こちらに近づいてくる。とても不快でムカつく。こんなにムカつくのに、どうしてみんな平然としていられるのだろう?

 会議室の戸が開き、その不快さはマックスに達した。

「会長、天羽々斬を持ってきました」

「よし。サヨリさん……いやサヨリヒメ」

 ここまで黙って経緯を眺めていたサヨリさんがチャラ男を見た。

「ここは文字通りの神頼み! ひとつお願い!」

「なんのことだ?」

「正面はカスミちゃんと軍曹に任せて、裏口はサヨリヒメにお出まし願いたい! ひと()ぎで事足りるでしょ?」

「……ああ、そう言う意味か」

「そう言う意味だよサヨリヒメノミコト!」

「わしに天羽々斬は使えん。すまんな」

「は?」

「全く使えないわけではないが、かつてのように振り回せば、たちまち干からびてしまうだろう」

「干からびる?」

「命が尽きると言うことだ。今のわしは神とは名ばかりの、霊力を使い果たした出がらしに過ぎん」

「え? ちょ、ちょっと! なにそれ? マジ?」

「『マジ』だ」

「そんな話、聞いてないぞ!」

「言っておらんからな」

「……じゃ、ボクは何のためにタキリヒメと茉菜を……」

「おまえは『ハズレ』を引いたのだ。残念だったな」

「そんな!」

 こいつら何をやっているんだろう。

 くだらないことをウジウジと。

 どうしてこうも呑気に話していられるのだ?

 しかもこんな不快な音の中で!

 頭おかしいんじゃね?

「おい、宮路くん! 御神剣に勝手に触るな!」

 三村さんが血相を変えて俺の腕に掴みかかった。ウザかったので、その手を払いのけた。三村さんがすっ飛び、長椅子にぶつかり床に転んだ。なんて大げさな。ちょっと振り払っただけなのに。

 会議室にいる全員が俺を見ていた。チャラ男が言った。

「……彰人くん、何やってるんだ?」

 何をやっているかだって?

「みんな、これが気にならないのか?」

 俺は天羽々斬を振り上げる。

「剣が泣いているぞ!」

 剣が泣いている? なにそれ? だっさ! チョーハズい!

 三村さんが床でひっくり返ったまま言った。

「……それは共振を言っているのか? 不可聴域だから聞こえるはずが……」

 あれ? ひょっとして俺が言ったのか? 剣が泣いているって。

「共振だかなんだか知らねーし! やっぱそれが原因なんだろ?!」

 そう。カスミさんが持ってきたジュラルミン製のケース。

 心がざわつく、ささくれ立つ。あれが全ての元凶。

 叩き壊さなければ!

「ウザぇんだよ!」

 天羽々斬を振り降ろそうとしたとき、心の中に何かが刺さった。これは……サヨリさん? みると椅子に座ったサヨリさんが俺を凝視していた。心どころか身体をも射貫くような強烈な眼差し。俺の中にグイグイと土足で入ってくる! これが神通力ってヤツか? まるでサヨリさんの前に素っ裸で立っているような恥ずかしさ! ちくしょう! 俺の中に入ってくるな! 標的をサヨリさんに変更しようとしたとき、頭の中に声が響いた。


 ─ そこにいるのは誰だ ─ 


「だれ? 誰って……」

 軍艦が海原を進む。晴れているが波が高い。波頭が艦首を濡らす。

 二連回転砲頭の上に巫女姿の女性があった。手には天羽々斬。サヨリさんに勝るとも劣らない美形だが、性格はちょっときつそう。これはきっと転生する前の祭主様、タキリヒメに違いない。こんなに綺麗だけど、きっと性格はあのクソガキまんまなんだろうな。

 天に天羽々斬をかざすと、前方上空にたちまちわき上がるどす黒い曇。急激な気圧の低下が起き、目の前で台風に匹敵する嵐が起きようとしていた。

 今なら分かる。伊武木戸がどうやって船を沈めたのか。どうやってヘリコプターを墜落させたのか。ほんの少し空間を切り開き、地球磁場の外に吹く太陽風を取り出したのだ。気象を操ることはもちろん、電子機器だけを破壊したり、逆に生命だけを殺したりと自由自在。その力は(まさ)に神の御業……。

 水平線から現れた黒い艦影がどんどん大きくなる。その艦影を覆い隠すように黒煙が次々と起こった。バルチック艦隊がこちらに向け砲撃を開始したのだ。艦の周りに巨大な水柱が立つ。タキリヒメが頭から海水を被った。

「おのれ!」

 天羽々斬を振り下ろす。

 文字通り海が裂け、その先にいたロシア戦艦に水柱が上がった。

 まるで魚型水雷(ぎょらい)のよう。

 けど……使い方があまいよ祭主様。

 もっと遠くを、もっと太陽に近いところを切り取るんだ。

 爪の先ほどの欠片で構わない。

 そうすればコンクリートの壁だってこの通り! チーズケーキのように切ることができる。鉄筋も鉄骨もまるで茹でたパスタのようじゃないか。超音速で飛行する徹甲弾も蒸発。立ちはだかるものは全て蹴散らす。

 何人(なんぴと)たりも俺を止めることは出来ない!

 恍惚とも言える全能感が俺を包んだ。

 くそ! みんな何処に行った! まだ始まったばかりじゃないか!

 あそこにいるのは……クソ女だ。よくもカスミさんを虐めてくれな! 同じ目に遭わせてやる。裸にひん剥いてその首を……!

「彰人! そこまでだ! 手を離せ!」

 サヨリさんの声でふと辺りを見回す。

 いつの間にか屋外にいた。

 左手に違和感。

 みると血だらけの女の人の髪の毛を掴んでいた。

「わ!」

 離すと女の人はその場に崩れ落ちた。

「だ、大丈夫ですか!」

「な、なにが、大丈夫だ、この、バケモノめ……」

 虫の息で答えた女性はアヤネさんだった。俺の左手には抜けたアヤネさんの髪の毛がビッシリ。俺は天羽々斬でアヤネさんの首を割切(かっき)ろうとしていたのだ……。

 さっきまでの全能感が瞬時に恐怖へと変わった。

 俺は耐えられず、胃の中のものを全てぶちまけた。


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