だから誰が何をしたんです?
救命ボートは着水と同時に救難信号を発するよう設計されている。俺たちはそれを信じただ救助を待つしかない。パイロットさんが水と携帯食を配ってくれた。溝口が「どうしてエンジンが止まったんですか」と尋ねたが「電源が突如消失した。原因はわからない」と答えた。カスミさんは依然俺にしがみついたまま。なんか恋人みたい。遭難しているのにだんだん幸せな気持ちになって来た。
そして俺の手の中には天之尾羽張。天子様からの預かりもの。俺には「恐れ多い」って感覚はよく分からない。けど国宝級のお宝なのだろう。お宝鑑定団に出したらたきっと数千万円……いやひょっとすると億単位? けどせっかく持ってきたのに使わず仕舞いでこの状況。
でもこれのいったい何処が禍々しいのだろう。
「それは呪われた剣だ」
「はい?」
「カグツチを殺したのが天之尾羽張と伝わっている。それ以降神殺しの剣として忌み嫌われた。よもやこれが神宮にあったとは。きっと姉上が宝物庫に忍び込んで偶然見つけたのだろう。宮内省の役人も存在を知らなかったのではないか。でなければ天子様の許しを得たからと言って、容易に持ち出すことが出来るものではない」
カグツチって誰?
「カグツチノカミ。火の神だ。彰人のいた世界では、日本神話はどのように伝わっているのだ?」
「因幡の白ウサギと八岐大蛇退治ぐらいしか知りません。学校では全く教わらないし。だからサヨリさんがどんな神様なのかも知りません」
それを聞いていたカスミさんが呆れた顔をした。
「彰人が不敬で不遜で不作法な態度をとる理由がよくわかりました」
「俺、そんなに酷かったですか? 敬語使っているつもりなんですけど」
「敬語と丁寧語は似て非なるものです」
ああ、確かに! 目の前にお手本がいる!
小一時間も経過しウトウトして来た頃。
「船だ!」
パイロットさんが船を見つけ信号弾を撃った。
白波を立てプレジャーボートがこちらに向かってくるのが見える。金持ちが乗っていそうな流線型の格好いいやつ。いわゆるクルーザーってやつだ。溝口が「おーい!」と手を振った。良かった、助かった……と思うのと同時にわき上がる疑問。この海域って封鎖されているのでは? 助けに来るのは軍隊じゃないとおかしくない?
横付けされたクルーザーから顔を出した男を見て俺は吐きそうになった。
それは顔の半分に火傷痕のあるダークスーツの男。
渋沢だ。ヴリルだ。ナチだ。最悪だ。
俺たちの動きを追っていたんだ……。
「これで全員か?」
渋沢の問いに誰も答えなかった。恐怖のあまり答えられなかった。
「その袋はなんだ?」
渋沢が俺を見ている。「え?」と自身が手に持っている物を見た。言わずもがな神剣である。隠すのも忘れ、ただ馬鹿みたいに持っていた。ナチスの前で! 何やっているんだ俺!
「あの袋を回収し、サヨリヒメだけ連れて来い。あとは殺せ」
武装した男がふたりボートに降りてきた。
あとは殺せ。
これがこいつらの本音。これがナチスの正体。話し合う気なんて端から無いのだ。今俺に出来ることってなんだろう。神剣を海に投げ捨てることぐらいか。なんて情けない……。茉菜なら、主人公ならこう言うとき、どうするのだろう。伊武木戸に言ったみたいに啖呵切るのだろうか。「あなたみたいな人、大っ嫌い!」って。
武装した男のひとりが「立て」とサヨリさんに手を伸ばす。しかしその手がサヨリさんに触れることはなかった。ブナタロウが男の手をかみ砕いたのだ! 上がる悲鳴、飛び散る血飛沫。ブナタロウは男ふたりに次々飛びかかり、銃を持つ手を容赦なくかみ砕く。俺の太股に何かが飛んできて当たった。良く見るとそれは人の指だった。ブナタロウ強えぇ! エゾオオカミハンパねぇ……。てか怖えぇ。
上で見ていた渋沢が「ちっ」と舌打ちをし、自動小銃を構えブナタロウに向けた。だがその引き金も引かれることはなかった。カスミさんが後ろから手刀を食らわせたからだ。
カスミさんはクルーザーを目視した時点で俺の腕から離れ、音もなくスルリと海の中に身を隠した。そして救命ボートに横付けしている間に反対側からクルーザーにこっそりと乗船。ブナタロウが大暴れしている隙をついて船を制圧してしまったのだ。
「またお前か! またお前なのか! ニンジャめ!」
後ろ手に縛られた渋沢が毒づく。ナチスは全部で4人。うちふたりは両腕をブナタロウにかみ砕かれ重傷。まだまだ絶賛出血中。それらを冷ややかに見下ろすカスミさん。
「他に手勢は?」
誰も答えない。カスミさんはクナイを取り出すと、俺たちに向かって恐ろしいことを言った。
「皆さん、今から耳障りな音を立てます。一度船室に入り戸を締め、わたしが良いと言うまで耳を塞いでいて貰えませんか」
サヨリさんがやれやれと言った顔をした。
「止めておけカスミ。拷問程度で喋る連中ではないだろう」
「……しかし」
「せっかく良い船を手に入れたのだ。姉上たちを捜しに行こうではないか。白大神も茉菜に遭いたかろう」
傍らにいたブナタロウが「うおん」と吠えた。口の周りを中心に全身血まみれスプラッター状態。とりあえず茉菜がいなくて良かった。こんな姿はとてもじゃないけど見せられない。そのブナタロウをサヨリさんが愛おしそうに撫でた。手が血で汚れるのも構わず……。
しかしブナタロウさん、人を咬むんだ、思いっきり。これからは接し方に気を付けよう。
カスミさんがクナイを懐に仕舞い呟いた。
「あれが白いのは血の色を引き立たせ、相手に恐怖と絶望を与えるために違いない。やはり一寸も勝てる気がしない」
だからどうして戦うこと前提なんだろう。
このふたり(?)が組めば無敵じゃないか。
パイロットさんが船の操縦を買って出た。海軍だから操縦が出来る……のではなく、実家が漁師だからという理由だった。軍人さんの実家、何気に第一次産業率が高い。
クルーザーはレーダーを装備していたが、救命ボートのような小さな船は引っ掛からない。なので海図を開きにらめっこ。この付近は潮の満ち引きで海流の向きが大きく変わる。かなり複雑なので地元の漁師でも見極めは難しいという。
「あっちじゃないですかね?」
全員が俺を不思議そうに見た。
「彰人くん、何を根拠に『あっち』なんだ?」と溝口。
「え? 何が?」
「いま『あっちじゃないですかね?』って言ったじゃないか」
「俺が?」
そう言ったような気もする。けど、どうしてそう言ったのかはわからない。
「ゴメン。忘れて。ちょっと疲れたみたい」
パイロットさんが言った。
「いや、犬係くんの言う通り、南に流された可能性は高い。少し走らせてみよう」
クルーザーが波を切って進む。サヨリさんとブナタロウを除く全員で海面の監視。ブナタロウは船尾で括り付けられたナチス達の監視。サヨリさんはキャビンの中に煙草を見つけ一服。自前の煙草が海水に濡れてしまったのだ。不味いと文句を言いながら吸っていた。
「これは……」
パイロットさんが船の速度を落とす。正面に例の海洋調査船がいた。見る限り海洋調査船に大きな損傷はない。軍からの一斉攻撃を受けたはずなのに、どうかいくぐってここまで来たのだろう。パイロットさんが「犬係くん。君のカンは当たったようだ」と俺に双眼鏡を渡した。海洋調査船の側にオレンジ色の救命ボートがみえる。タラップを降ろし、乗員を「救助」しているらしい。
サヨリさんが煙草を燻らせながら双眼鏡を覗く。
「船頭、あれに連絡は取れるか」
ここにおける船頭とはもちろんパイロットさんのこと。
「船舶無線で呼びかけてみます」
肉眼で見る海洋調査船は梅干し程度の大きさ。なのに妙に目立つ。存在感がある。なんなんだろう。溝口に同意を求めたら「大丈夫か?」と言われた。
「サヨリヒメ様。伊武木戸氏です。お話しください」
サヨリさんがパイロットさんからマイクを受け取る。サヨリさんが喋る前にスピーカーから伊武木戸雅巳の声が聞こえてきた。
『やぁ、サヨリさん! さすがは神様だね。ヘリが不時着しても全員無傷って。ひとりふたり大怪我すると思ってたんだけどなぁ』
「……おまえが墜としたのか」
俺たちはこいつに墜落させられたのか。けどどうやって……。
『それよりその船どうしたの? 格好いいじゃん! 神通力で出したとか言わないでよ』
「姉上たちはどうしている」
『あいにくタキリちゃんの具合が悪くてね。船酔いで顔が黄緑色。吐くものが無くなって胃液吐いてたよ』
「茉菜は」
『自分で確かめにくれば? そんな遠いところにいないでさ。双眼鏡ではサヨリさんの美貌が拝めないよ』
サヨリさんはマイクを置くと船頭……パイロットさんに言った。
「あれに近づけてくれ」
「サヨリヒメ様。わたしの任務は乗員を無事呉に届けることです。あれに係わるのは……」
「民の命と財を守るのが軍人の役目ではないのか。姉上はともかくも、茉菜は取り戻さなければならん。茉菜の父御に合わす顔がない」
パイロットさんは少し考えてから、操縦席のスロットルを押し込んだ。
間近にみる海洋調査船「かいじん」はとても大きかった。船体中央にクレーンに懸架された黄色い潜水艇。後部には高雄より広いヘリポート。遠目には無傷に見えたが、近くで見ると弾痕と思われる穴や傷、塗装の剥がれが多数あった。そして側面には高雄の砲弾が命中した痕だろうか、大きな穴が開いている。しかし爆発や炎上した様子はない。やはり不発弾?
甲板からこちらを見下ろす男たちがいた。小さな自動小銃を手にこちらを見下ろしているが、その中に一際異彩を放つ男がひとり。伊武木戸雅巳、チャラ男である。アメラグのプロテクターのようなものを装着していた。華奢な身体に不釣り合い。手には天羽々斬。ボンヤリ光って見えるのは気のせい? そして……なんか音が聞こえる。天羽々斬の音? そのチャラ男が声を上げた。
「やっぱ実物のサヨリヒメは違うねぇ。背が高くてスタイルも抜群、チョーイケてる。ところで船尾にいる、そのむさ苦しい男達はだれ?」
「ヴリルだ」
「マジ? ってことはSDから船を乗っ取ったの? 忍者ってマジハンパねー! ゲリラ戦最強ってまんざらウソでもないんだな。カスミちゃんだっけ? ウチで働かない? 給料、今の三倍払うよ!」
「姉上たちを引き取りに来た」
「サヨリさーん。物事には順序ってものがあるんじゃないのかな。まずはすることがあるでしょ?」
「なんのことだ」
「軍隊使って攻撃させておいて、その態度は無いんじゃない? 砲弾……滑空砲って言うの? これが当たってウチにも被害が出てるの。ひとり重傷、ふたり大怪我。ボクの部下なんだよ。みんなボクを信じて無給で付いてきてくれている人たち。時間外労働。タキリちゃんは今グロッキー状態だから、代わりにサヨリさんが謝ってくれる?」
「謝る?」
「そう。ボクの前で頭下げて、ごめんなさいって。そうしたらお話し聞いてあげてもいいよ」
「断る」
「おっと。即答? 手札はこっちが圧倒的に有利なんだよ。わかってるの?」
「伊武木戸に下げる頭はない」
「かーっ。神様って言うヤツはホント、どうしようもないね。少し教育してあげよう。人にもの頼むときはね、頭を下げるんだよ! もう一度海水で頭冷やせよ!」
チャラ男が天羽々斬を振り上げる。チャラ男の身体がむわっと広がるように光った。なにこれ? ヤバくない? 「その力」をぶつけられたらクルーザーが壊れるかもしれない。乗っている俺たちも無事では済まないかもしれない。これはヤバいぞ……。「その力」ってなんだ?
音のない音が俺たちを包んだ。鼓膜が圧迫され頭の中を揺さぶられるのがわかった。目の奥が熱い。ちくしょう、やられたのか?
「……彰人。おまえ何をしている?」
「え? なんです? よく聞こえない」
顔を上げるとサヨリさんが俺を見ていた。サヨリさんだけじゃない。クルーザーに乗っていた全員が俺を見ていた。ブナタロウも、ナチスの連中さえも。船に異常はない。
「な、なに? どうしたんですか?」
俺は自分の右手に握られていた物を見て思わず「わっ」と言った。
それは天之尾羽張だった。袋から……箱から出し、むき出しの状態で持っていた。出した覚えがないのに! これって俺みたいな凡人が触っちゃいけないヤツだろ。指紋付けただけで怒られちゃう感じの。なにやってるんだよ俺……。
「あんたら、いったい何本神剣持っているんだよ? ずっるいなぁ。伊武木戸には武具なんてひとつも伝わっていないのに!」
見上げるとチャラ男が俺に向かって怒鳴っていた。
「それにその虚人は乙種無能じゃなかったのかよ!」
乙種無能。俺のことだ。無能で悪かったな。なんでわかっていることをいちいち口に出して言うんだ! チョーむかつく。怒りが身体の中をグルグル渦巻く。この怒りをあの男にぶつけたい。あんなチャラ男がなんだって言うんだ。
─ ぶっ殺す ─
「やめろ彰人!」
「え? 何を?」
「それを……天之尾羽張をこちらに渡せ」
「あ、はい。すみません」
神剣をサヨリさんに返した。返すとき、サヨリさんの目を見て驚いた。明らかに動揺していた。明らかに何かを恐れていた。ヘリの墜落にも全く動じることの無かったサヨリさんがである。サヨリさんは天之尾羽張を受け取るとチャラ男に言った。
「見ての通りだ伊武木戸雅巳。こちらには天羽々斬に対抗する手段がある。姉上たちを返すか、ここで一戦交えるか。選べ」
対抗する手段がある? 一戦交える? 何言ってるんだ? 手段がないから軍に任せたんでしょうが? なのに今さらハッタリ? 大丈夫かサヨリさん。
「ここに来て隠し球かよ。話が違うじゃないか、アヤネちゃん!」
伊武木戸が振り返る。そこに姿を見せたのはニセ安川さんだった。
「雅巳さま。タキリヒメは確かにあの虚人は無能だと言っていた。そして御諸山にある神剣は天羽々斬が唯一。間違いありません。これは全くの想定外です」
そして俺たちを無表情に見下ろした。俺はやっぱりカスミさんの表情を確認する勇気はなかった。
「こっちには叢雲があるんだぞ! わかっているのか!」
「ふん、それも機械的に力を引き出そうと言うのだろ? その醜い鎧の力を借りて」
そうか、チャラ男が身につけているプロテクターのようなものは増幅機なのか。おや? さっきまでボンヤリ光っていたのに今は普通だ。どうしたんだろう。音も止んでいる。
「しかしその調整には時間が必要なのだろう。でなければお前のことだ。早速この場で天叢雲剣振り回しているはず」
「……見返りは?」
「ん?」
「タキリヒメを返す見返りだ! タダで返すつもりはない」
「そちらで引き上げた6名一同の代わりに、わしがそちらに行こう」
カスミさんが顔色を変え何か訴えたがサヨリさんはそれを黙らせた。
「それって……サヨリさんがボクのお嫁さんになってくれるってこと?」
「わしに見合う男と思うのなら、してみせるが良い」
「よ、良し、のっ……いや、もう少しおまけしてよ。6対1はいくらなんでも不公平だ。その乙種虚人を付けて」
またまた全員の視線が俺に集まる。
俺? なんで俺?
「身の安全は約束できるか。客人として扱うと約束できるか」
「する。するよ。ボクは招かざる客には厳しいけど、招いたお客さんはとことん丁寧に扱うんだ。茉菜ちゃんにはだいぶん嫌われちゃったけどね」
「彰人。一緒に来てくれるか。虚人として」
よくわからないけど、俺切っ掛けで何かが動き始めている。ここで断ったら二度と俺にターンは廻ってこないだろう。
「行きます」
「よし! 決まり! それで手を打つ! ちょっと待ってて!」
チャラ男が船の中に消えた。
全員が俺を見ていた。
「な、なんですか?」
「自覚が無いのか?」
「なんの話です?」
「あれを見てみろ」
サヨリさんが海を指さす。海洋調査船の横にオレンジ色のボロ切れが浮いていた。祭主様たちが乗っていた救命ボートの残骸? タラップにも同じものが引っ掛かっており、そのタラップが少し歪んでいるように見えた。なんでバラバラなんだ?
「あれはおまえがやったものだ」
「は?」
「正確には天羽々斬の一太刀を防いだ結果があれだ。憶えていないのか?」
「え? いや、だから誰が何をしたんです?」
甲板に祭主様以下6名が出て来た。全員がライトグレーのツナギを着ていた。調査船で支給されたものだろう。祭主様は本当に黄緑色の顔をしており、御付きのひとりに背負われグッタリしている。他には怪我は無いようだ。
伊武木戸がイライラしながら言った。
「いつまで揉めているつもりだい?」
揉めているのはサヨリさんとカスミさん。カスミさんにとってサヨリさんの意向は絶対だ。意見することはあっても最終的には従う。しかしそれはサヨリさんの安全が担保されている範囲でのこと。伊武木戸のもとに行くなど論外だ。結局「わたしも同行します」と言いだした。忍者と解って乗せる馬鹿が何処にいるんだよとツッコミを入れそうになったが、チャラ男は意外にも「いいよ」と答えた。
今度はニセ安川ことアヤネさんが慌ててチャラ男に耳打ちをする。
「え? それってアヤネちゃんがカスミちゃんより弱いってこと?」
アヤネさんがあからさまにムッとした表情を浮かべ、再びチャラ男に耳打ち。チャラ男は頷き、カスミさんに言った。
「ただし身体検査のうえ拘束させて貰う。カスミちゃん、それでもいい?」
カスミさんは無言でチャラ男に頷いた。
「じゃ、アヤネちゃん、頼むわ」
アヤネさんがタラップを降りてくる。途中まで降りたところでクルーザーに向かって跳んだ。3メートル近い距離を飛び甲板に音もなく着地。まるで猫。この人も忍者……。
そしてゆっくりとカスミさんに近づいてゆく。カスミさんの顔が能面のように白くなっていた。きっと爆発寸前の感情を抑え込んでいるのだろう。アヤネさんが右手を上げ傷跡をカスミさんに見せ笑った。
「手の傷、まだ痛むんだ」
カスミさんは何も答えなかった。
「とりあえず持っているもの、全部出して」
カスミさんが拳銃を渡す。サバイバルナイフを渡す。手裏剣を渡す。トゲトゲの金属や、楔型、菱型、鍵型の金属を渡す。武器とも道具とも判別の付かない謎のアイテムが次々と出てくる。よくもまぁ、こんなにいっぱい持っていたものだ。アヤネさんはそれらを全て海に投げ捨てた。
「靴を脱いで。靴下と」
脱いだ靴もそのまま海に蹴落とした。
「次は服」
少し間があってカスミさんが脱ぎだした……ここで?
チャラ男が上から声をかけた。
「アヤネちゃん。それ以上は船にあがってからでもいいんじゃないの?」
「忍者を舐めてはいけません。忍者とは人の形をした兵器です。丸腰でも充分危険です。クリップひとつ船に持ち込ませるわけにはいきません」
上着を脱ぎタンクトップになった。その上着をアヤネさんが丹念に調べる。
「ほらね」と上着の裾から引っ張り出したのは細いワイヤー。上着ごと海に投げ捨てる。
「わたしも鬼じゃない。体内検査は医務室でしてあげる、だから……」
カスミさんはズボンを脱ぐとベルトと一緒に海に投げ捨てた。
「ありがとう。じゃ、手を後ろに」と手錠を出した。
「符牒名『カスミ』が何故欠番になっているのか。いろんな都市伝説がまことしやかに囁かれてきたけど、まさか生きていたっていう一番あり得ない答えが事実とは。いま業界騒然なの知っている?」
人質交換が始まった。
初めにカスミさん対トマト大尉&パイロット。アヤネさんに付き添われ、手錠をかけられたカスミさんがタラップを裸足で登る。
次は俺対祭主様&御付き。御付きに背負われていた祭主様から微かに酸っぱい匂い。かなり吐いたようだ。これからまたクルーザーに乗ることを考えるとあまりにも可哀想。御付きの人が「ご無事のお帰りを祈っています」と声をかけてくれた。
最後がサヨリさん対茉菜&御付き。サヨリさんは茉菜を抱きしめると何かを言い聞かせ天之尾羽張を渡した。茉菜はボロボロと涙を流していた。
クルーザーが遠ざかっていく。茉菜が泣きながら天之尾羽張を右手に甲板に立っていた。「いつでも神剣を使えるぞ」という演技をしろとでもサヨリさんに言われたのだろう。それはそれで良いんだけど、その茉菜の反対の手を握っているのは溝口である。なんか映画のヒロイン・ヒーローみたいなな絵面。今は俺のターンじゃねーのかよ。
船内に入ると三人はそれぞれ違う場所に連れて行かれた。俺が連れて来られたのはシャワー室。乾いた下着とツナギ、そしてデッキシューズが用意されていた。潮水を洗い流し着替えると小さな船室に案内された。やっぱり窓はない。閉められた部屋の扉を開けてみると普通に開き驚いた。てっきり監禁されるものと思っていたのでちょっと拍子抜けである。廊下にいた監視が「トイレなら突き当たり」と親切に教えてくれた。
今俺にできることをはただひとつ。それは破壊工作でも陽動作戦でもない。体力の温存だ。出された食事を全て平らげ、ベッドに寝転がり目を閉じる。
そう言えばアヤネさん、カスミさんの体内検査をするって言ってた。体内っていうのは……やっぱり体内なんだろうな。なんてエロい……じゃなくてカスミさんにとっては屈辱の極み。大丈夫なんだろうか。ブチ切れて暴れてないだろうか。心配。
それにしてもカスミさんのおっぱい、柔らかかったなぁ。柔らかかったけど冷たかった。サヨリさんの大きなおっぱいも冷えると同じように冷たいのだろうか。いや、サヨリさんのは温かいはず。そしてもっとフワフワ……てなことを考えているうち眠りに落ちた。




