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恋だけがそれを知っている  作者: 羽田宇佐
彼女と秘密
19/41

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 廊下で鈴を見た。

 それは、二学期最後のクラス委員会へ行く前だった。そして、いつもよりも早めに終わった委員会の後、昇降口で鈴に会った。


 帰ったはずの彼女がまだ学校にいる理由。

 それは、考えなくてもわかる。

 先輩の顔が浮かんで、もう少し早く委員会が終われば良かったのにだとか、もっとゆっくり廊下を歩けば良かっただとか考えていると、鈴が言った。


「駅、行くんでしょ」


 偶然でも必然でも、あとはもう帰るしかないという場面で出会ってしまったら、次の行動は決まっている。教室へ引き返すわけにもいかず、一人で走って帰るなんて馬鹿げた真似も出来ない私は、鈴と一緒に駅へ向かう以外なかった。

 気まずい雰囲気を背負いながらの会話は、空白だらけで酷いものだったけれど仕方がない。鈴の口は重かったし、私の気持ちも重かった。


 初詣に誘ったところで、劇的に関係がかわるわけじゃない。離れかけた距離をもう一度詰めることは、私にとって難しいことだ。作り上げたパズルをバラバラにして、最初から作り直すくらいの労力が必要だった。

 私たちは壊れたパズルを前にため息をついているだけで、ピースを手に取ってすらいない。スタート地点でしゃがみ込み、立ち上がることを放棄している。


 停滞したままの私と鈴はそれから一緒に帰ることはなく、二学期最後の日も一人で駅へ向かった。

 何も言わなかったけれど、言いたいことはある。それを抱えたまま突入した冬休みは、少し憂鬱で心が晴れることがなかった。

 それでも、終業式が終わってすぐにやってきたクリスマスは楽しかったと思う。


 藤原さんの家で、平野さんと私の三人。久しぶりでもないのに久しぶりと言い合って、丸いケーキを切り分けて食べた。クリスマスにありがちなありふれた過ごし方だったけれど、随分と長いことぶりに心から笑った気がした。

 おかげで、その日の夜はぐっすり眠れた。でも、天秤の片方に一つ楽しいことを乗せたくらいで釣り合いが取れるわけではない。灰色に染まった気持ちに白が僅かに混じったくらいで、翌日には黒に近づいていた。


 気がつけば、今年ももう終わる。

 机に向かっていた私は宿題を投げ出し、伸びをする。天井に向かって上げた手を下ろして時計を見ると、午後十時過ぎ。私は、教科書の隣に置いてあったスマートフォンを手に取る。

 年末恒例の歌番組まで、あと三日しかない。

 と言うことは、手にしたスマートフォンを活躍させる必要がある。


 初詣自体は元旦か、二日。三日になってからでもいいかもしれないけれど、そろそろ鈴にいつ行くのかを知らせなければ、お正月の予定が立たないはずだ。

 私は意を決して、スマートフォンに文字を打ち込む。


『一月一日、朝九時。鷲緒神社の坂の下でいい?』


 鈴から「初詣?」という短いメールがやってきて、そうだと返す。「わかった」というメールを確認してから、スマートフォンを机に置いた。

 折り重なっていく記憶で封をしていた初詣には、良い思い出がない。だから、ずっと失敗したなと考えていた。気が重くなるような思い出を、良いものに書き換えてやるという気概もない。どちらかと言えば、悪い思い出の方に引き寄せられている。


 私は、ぱちんと両手で頬を叩く。

 鈴とは、約束を交わしてしまった。なかったことにすることは簡単だけれど、スタート地点くらいには立ちたい。

 引き出しの中から赤いマジックを取り出す。ノートをびりびりと一枚破って、真ん中に「元旦 九時集合!」と大きく書いて正面のコルクボードにピンで留めた。


 忘れるはずがない約束をわざわざ紙に書いたのは、逃げ出さないための決意表明みたいなものだ。

 今も、先輩が言ったように私が何かすることで鈴が楽しい気分になるとは思えない。初詣に誘っても、鈴の態度はそれほど変わらなかった。


 だけど、知りたいことがある。

 先輩に出来なくて、私に出来ることはなんなのか。

 鈴の気持ちがどこにあるのか。

 気乗りはしないけれど、会って確かめなければいけないと思う。


『好きなのは晶だよ。先輩じゃない』


 私は、鈴にキスをしようとして、拒まれたあの日に聞いた言葉を信じられずにいる。だから、先輩と自分の違いもわからない。私に出来ることがあるかどうかも、わからないままだ。

 もちろん、鈴が出した答えを信じられるとは限らない。彼女が口にした気持ちを踏みにじってしまうかもしれない。

 踏み込めば、昔のように拒絶される可能性だってある。初詣で話すようなものではないけれど、それでも鈴に聞きたかった。


 私は、小さな部屋をぐるりと見渡す。

 当たり前だけれど、どこにも鈴を感じさせるものはない。

 恋人が出来たら写真を一枚くらい飾ったり、お揃いの小物の一つでも置くことがあったりするのだと思っていた。それはただの想像で、現実には当てはまらない。私たちは恋人同士という関係だったけれど、そういったことをするような仲ではなかった。そのせいか、今は鈴という存在が朧気なものに感じられる。


 教科書とノートにあるいくつかの落書き。

 そして、スマートフォンの中にあるメール。

 鈴の痕跡は、とても少ない。


 私は不確かな鈴を確かめるように、さっき彼女から来たばかりのメールを開く。まだ眠るつもりはないけれど、「わかった」という短い文章に、今まで送ったことのない「おやすみ」という言葉を返す。

 声が聞きたいという気持ちは、コルクボードに貼り付けておく。電話をしたところで何を話していいかわからないから、かけないほうがいい。


 会いたくないのに会いたいし、話したくないのに話したい。

 鈴のことを考えると胸の辺りがざわざわして、落ち着かない。煩わしくて面倒な気持ちに大きく息を吐き出すと、スマートフォンが短い音を鳴らす。

 それは鈴からのメールで、「おやすみ」と一言だけ書いてあった。

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